[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

5-ヒドロキシトリプトファン選択的な生体共役反応

[スポンサーリンク]

2017年、ボストンカレッジのAbhishek Chatterjeeらは、5-ヒドロキシトリプトファン(5-HTP)と芳香族ジアゾニウムとの高い反応性を、化学選択的なタンパク質修飾法に応用した。形成されるアゾ(N=N)結合は、亜ジチアン酸塩で効率的に開裂できるため、必要に応じて脱修飾を行なうことも可能である。

“A Chemoselective rapid Azo-Coupling Reaction (CARCR) for Unclickable Bioconjugation”
Addy, P. S.; Erickson, S. B.; Italia, J. S.; Chatterjee, A.* J. Am. Chem. Soc. 2017, 139, 11670-11673. DOI: 10.1021/jacs.7b05125


問題設定

芳香族ジアゾニウムイオンを利用したタンパク質修飾法は、チロシンを標的としたFrancisらの報告[1]を代表例としていくつか報告がなされている。しかしながらチロシン残基はタンパク表面にそれなりの数が存在するために選択性が出しづらいこと、またジアゾニウム試薬は強力な電子求引基(ニトロ基など)を備えていないと反応しないため、試薬構造に大きな制限がかかることが問題となっていた。

技術や手法のキモ

著者らはより電子豊富な側鎖を有する5-ヒドロキシトリプトファン(5-HTP)を反応相手とすることで、従来よりマイルドな条件でのタンパク質修飾法を達成している。5-HTPはセロトニンやメラトニンの原料となるアミノ酸であり、チロシン以上に側鎖が電子豊富であり、ジアゾニウム試薬との反応性も高い。たとえば4-ニトロフェニルジアゾニウムとの反応では、チロシンの4500倍の反応速度を示している。
しかし、チロシンに対しても遅いながらも反応が進んでしまうため、よりマイルドな試薬である4-カルボキシフェニルジアゾニウム及び4-メトキシフェニルジアゾニウム塩を用いることで、5-HTP選択的に反応を進めている。

主張の有効性検証

①生体条件での交差反応性のチェック

4-カルボキシフェニルジアゾニウム試薬は、チロシン及びヒスチジン、トリプトファン、リジンといった他の天然アミノ酸残基とは一切反応しない。

②タンパク質への応用

著者は最近、大腸菌のtryptophanyl-tRNA synthetase/tRNA対を改変することで、真核細胞内で効率的に5-HTPを導入可能な系を確立することに成功した[2]。これを用いてsupefolder GFPの5-HTP導入体を合成し、反応を行った。5-HTP未導入のNative体と比較したところ、5-HTP導入体のみから修飾体が得られた。

③蛍光性ジアゾニウム化合物による修飾

リンカーを介して繋げるのではなく、試薬相当の部分構造を有するフルオレセインジアゾニウム置換体を用いることで、タンパク質を修飾して蛍光性を付与できることも示している。


④抗体の修飾

ハーセプチンFab断片に5-HTPを導入した抗体断片に対しても、反応は良好に進行する。LC-MS解析で修飾分の分子量が増えていること、SDS-PAGEで調べると蛍光性が付与されていること、抗原であるHER2過剰発現細胞(SK-BR-3)に対し作用させると細胞が光ることから、抗体機能を損ねずに修飾できることが実証されている。

⑤還元による脱修飾

生成物のアゾ構造は亜ジチオン酸塩(Na2S2O4)還元によって、切断(unclick)することができる。このことは低分子モデル化合物のLC-MS解析、および光駆動型ビオチン化試薬[3]を用いるタンパク質修飾→unclickの様子をウェスタンブロッティング(ストレプトアビジン-HRPプローブ)で追跡して確かめている。しかし反応後の4-アミノ-5-HTPは酸化に弱く、MS解析では追跡できていない。

議論すべき点

  • 反応は非常に速い。タンパク質相手であっても4-ニトロ型試薬は1~2分、4-カルボキシ型試薬でも20分ほどで反応が完了する。
  • 5-HTPは体内にもともと存在するアミノ酸であり、安定で安価という利点はある。また従来法と直交性があるので複数種類の修飾も可能にする。

次に読むべき論文は?

  • 本反応+クリック反応などで複数種類の修飾を導入するためは、追加で天然アミノ酸残基を狙うか、もう一種類の非天然アミノ酸を導入する必要がある。動物細胞で行なうには技術的ハードルがあるが、著者らはそのための手法を最近報告している[4]。
  • また著者らは、動物細胞での非天然アミノ酸の導入についてのレビュー[5]も書いている。抗体ほどの巨大分子は大腸菌で作るのが厳しいため、ADCなどへの応用も考えると重要な技術である。

参考文献

  1. Hooker, J. M.; Kovacs, E. W.; Francis, M. B. J. Am. Chem. Soc. 2004, 126, 3718. DOI: 10.1021/ja031790q
  2. Italia, J. S.; Addy, P. S.; Wrobel, C. J.; Crawford, L. A.; Lajoie, M. J.; Zheng, Y.; Chatterjee, A. Nat. Chem. Biol. 2017, 13, 446. doi:10.1038/nchembio.2312
  3. (a) He, J.; Kimani, F. W.; Jewett, J. C. J. Am. Chem. Soc. 2015, 137, 9764. DOI: 10.1021/jacs.5b04367 (b) Jensen, S. M.; Kimani, F. W.; Jewett, J. C. ChemBioChem 2016, 17, 2216. DOI: 10.1002/cbic.201600508 (c) Kimani, F. W.; Jewett, J. C. Angew. Chem., Int. Ed. 2015, 54, 4051. DOI: 10.1002/anie.201411277
  4. Zheng, Y.; Addy, P. S.; Mukherjee, R.; Chatterjee, A. Chem. Sci. 2017, 8, 7211. DOI: 10.1039/C7SC02560B
  5. Italia, J. S.; Zheng, Y.; Kelemen, R. E.; Erickson, S. B.; Addy, P. S.; Chatterjee, A. Biochem. Soc. Trans. 2017, 45, 555. DOI: 10.1042/BST20160336
Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. “かぼちゃ分子”内で分子内Diels–Alder反応
  2. 外部の大学院に進学するメリット3選
  3. 嵩高い非天然α,α-二置換アミノ酸をさらに嵩高くしてみた
  4. 定型抗精神病薬 「ピモジド」の化学修飾により新規難治性疼痛治療薬…
  5. 「リチウムイオン電池用3D炭素電極の開発」–Caltech・Gr…
  6. 化学工場災害事例 ~爆発事故に学ぶ~
  7. 2017年始めに100年前を振り返ってみた
  8. ケミストリ・ソングス【Part1】

注目情報

ピックアップ記事

  1. 世界の化学企業ーグローバル企業21者の強みを探る
  2. タルセバ、すい臓がんではリスクが利点を上回る可能性 =FDA
  3. 「誰がそのシャツを縫うんだい」~新材料・新製品と廃棄物のはざま~ 2
  4. 長谷川 美貴 Miki Hasegawa
  5. 第8回 学生のためのセミナー(企業の若手研究者との交流会)
  6. 宮沢賢治の元素図鑑
  7. 知られざる法科学技術の世界
  8. アニオン重合 Anionic Polymerization
  9. ビュッヒ・フラッシュクロマト用カートリッジもれなくプレゼント!
  10. 流れる電子ッ!壊れるピリジンッ!含窒素多環式骨格構築!

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2018年3月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031  

注目情報

最新記事

CO2 の排出はどのように削減できるか?【その1: CO2 の排出源について】

大気中の二酸化炭素を減らす取り組みとして、二酸化炭素回収·貯留 (CCS; Carbon dioxi…

モータータンパク質に匹敵する性能の人工分子モーターをつくる

第640回のスポットライトリサーチは、分子科学研究所・総合研究大学院大学(飯野グループ)原島崇徳さん…

マーフィー試薬 Marfey reagent

概要Marfey試薬(1-フルオロ-2,4-ジニトロフェニル-5-L-アラニンアミド、略称:FD…

UC Berkeley と Baker Hughes が提携して脱炭素材料研究所を設立

ポイント 今回新たに設立される研究所 Baker Hughes Institute for…

メトキシ基で転位をコントロール!Niduterpenoid Bの全合成

ナザロフ環化に続く二度の環拡大というカスケード反応により、多環式複雑天然物niduterpenoid…

金属酸化物ナノ粒子触媒の「水の酸化反応に対する駆動力」の実験的観測

第639回のスポットライトリサーチは、東京科学大学理学院化学系(前田研究室)の岡崎 めぐみ 助教にお…

【無料ウェビナー】粒子分散の最前線~評価法から処理技術まで徹底解説~(三洋貿易株式会社)

1.ウェビナー概要2025年2月26日から28日までの3日間にわたり開催される三…

第18回日本化学連合シンポジウム「社会実装を実現する化学人材創出における新たな視点」

日本化学連合ではシンポジウムを毎年2回開催しています。そのうち2025年3月4日開催のシンポジウムで…

理研の一般公開に参加してみた

bergです。去る2024年11月16日(土)、横浜市鶴見区にある、理化学研究所横浜キャンパスの一般…

ツルツルアミノ酸にオレフィンを!脂肪族アミノ酸の脱水素化反応

脂肪族アミノ酸側鎖の脱水素化反応が報告された。本反応で得られるデヒドロアミノ酸は多様な非標準アミノ酸…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー