[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

有機レドックスフロー電池 (ORFB)の新展開:高分子を活物質に使う

[スポンサーリンク]

高分子活物質を用いた有機レドックスフロー電池についての最近の動向について,2014-2016年の代表的な論文 4 報を紹介します.

背景

近年,エネルギー需要の高まりを受け,風力や太陽光といった自然エネルギーの有効利用が求められている[1].そのためには自然エネルギーの供給と我々の需要を時間と量の側面から同時に満たす必要がある.つまり風のある時,日射のある時にエネルギーを蓄え,使用したい時に使いたい分だけ利用できる大規模なエネルギーの貯蔵システムが必要だ.そこで注目されているのがレドックスフロー電池 (RFB) と呼ばれる蓄電池だ[2].これはエネルギー貯めとなる電解液をセルと分けて設計できるため,スケールの設定が自由で長期利用に適しており,すでに実証実験もされている[3].しかしその多くはバナジウムのような金属を活物質に用いたものが多く,価格や安全性,利便性の観点から,近年有機物質を用いた有機レドックスフロー電池 (ORFB) が広く研究されている[4].本記事では,安価で長寿命な ORFB を目指した,高分子を用いた ORFB の開発に焦点を当てて,2014年-2016年の研究 4 報を紹介する.

課題設定:ORFB の長寿命化

レドックスフロー電池 (Redox-Flow Battery, RFB) は,活物質 (R1, O1; R2, O2)と電解質 (Mn+Xn–) が電池セル外のタンクに貯蔵され,ポンプによってセルへと循環供給される構造となっている.セルの中の活物質は電極 (electrode)で酸化もしくは還元され,この反応によって生じた電子が流れて放電する.逆に電圧をかければ逆反応が起こり,充電できる.

このセルの中でセパレーター (点線で示した) は活物質同士を隔離する一方で,電荷を中立に保つために電解質はスムーズに透過させなければいけない.しかしセパレーターと活物質の組み合わせによっては正極 (負極) 活物質がセパレーターを透過して負極 (正極) へと入り込んでしまうことがあり,これをクロスオーバー現象と呼ぶ.この現象は容量の低下を引き起こし,電池の寿命を縮めてしまう.

理想的な状態(左)とクロスオーバー(右).R1, O1 = 正極側にある活物質,R2, O2 = 負極側にある活物質, Mn+, Xn– = 電解質

そのため一般的な RFB ではセパレーターにイオン交換膜を用いることで電解質のみを透過させている.ただイオン交換膜は高価で反応セルの 40 % の価格に相当すると言われている.その一方で多孔質膜は安価だが,膜の孔径が大きいためにクロスオーバー現象が生じやすい.そこでより安価で寿命が長い ORFB を開発すべく,多孔質膜を利用してもクロスオーバー現象を伴わない活物質として,可逆的な酸化や還元が可能な有機分子の構造を組み込んだ高分子が開発された.

2014 年:高分子を活物質としたORFBの開発

2014 年 Rodríguez- López,Moore らは viologen 骨格を組み込むことで活物質として働く高分子 P1 を報告した.

“Impact of Redox-Active Polymer Molecular Weight on the Electrochemical Properties and Transport Across Porous Separators in Nonaqueous Solvents” Nagarjuna, G.; Hui, J.; Cheng, K. J.; Lichtenstein, T.; Shen, M.; Moore, J. S.; Rodríguez-López, J. J. Am. Chem. Soc. 2014, 136, 16309-16316. DOI: 10.1021/ja508482e

分子量 21, 104, 158, 233, 318 kDa,直径 8–14 nm のサイズの異なる高分子 5 種類を合成し評価している.P1 の還元電位は単分子のそれと同じで –0.7 V と –1.2 V (vs Ag/Ag+, 10 mM P1 in acetonitrile with 0.1 M LiBF4) に観測され,分子量による差異もなかった.孔直径が 28 nm のメソ多孔質膜 (Celgard 2325) を用いて電解質 (Li+BF4) との透過性の比較を行ったところ,電解質に比べ viologen 単量体 (0.56 kDa) はおよそ 9 倍,P1 は最大 70 倍,膜を透過しにくくなっていた.

ほぼ同時期に西出,小柳津らは TEMPO 骨格の組み込まれた高分子 P2 を報告した.

“Expanding the Dimensionality of Polymers Populated with Organic Robust Radicals toward Flow Cell Application: Synthesis of TEMPO-Crowded Bottlebrush Polymers Using Anionic Polymerization and ROMP” Sukegawa, T.; Masuko, I, Oyaizu, K. Nishide, H. Macromolecules 2014, 47, 8611–8617. doi: 10.1021/ma501632t

P2 の還元電位は 0.8 V (vs Ag/AgCl, 1.0 mM P2 in acetonitrile with 0.1 M tetrabutylammonium perchlorate) で可逆的な還元反応が起こる.アニオン重合と開環メタセシス重合を組み合わせることで,粘性が低くサイズ制御が可能なボトルブラッシュタイプの高分子を合成した.Mn = 2.2 × 105 g/mol,溶液中で 41 nm の大きさの P2 を活物質としてハーフフローセルの検討を行っている.セパレーターに孔直径が 27 nm のメソ多孔質膜 (Celgard 2320) を用いて P2の膜透過性を調べたところ,24 時間フローし終えても透過は 1 % 未満であった.さらに 1.0 V (vs Ag/AgCl) の電位を観測し,充電容量はおよそ102 mAh/g であり,これは論理値の95% に相当した.

2015 年:正極と負極の両方の活物質に高分子を利用したORFB

2015 年 Schubert らは,正極活物質に TEMPO 骨格が組み込まれた高分子 P3 を,負極活物質に viologen 骨格の組み込まれた高分子 P4 を用いた ORFB を報告した.

“An Aqueous, Polymer-based Redox-flow Battery Using Non-corrosive, Safe, and Low-cost materials” Janoschka, T.; Martin, N.; Martin, U.; Friebe, C.; Morgenstern, S.; Hiller, H.; Hanger, M. D.; Schubert, U. S. Nature 2015, 527, 78. DOI:10.1038/nature15746

水溶液中で用いるためにそれぞれの高分子に溶解性を強めるユニットを組み込んでおり,溶液中のサイズはおよそ 2 nm,Mn = 2.0 × 104,3.1 × 104 g/mol であった.高分子の還元電位はそれぞれ 0.7 V と –0.4 V (vs Ag/AgCl, 2.5 mM P3+ and 5.2 mM P4++ in water with 2 M NaCl) で,酸化還元は可逆であった.セパレーターに比較的手に入りやすく,孔直径が 1 nm 以下のセルロース系透析膜を用いて透過性を検討したところ,電解質 (Na+Cl) に比べて P3 は約 300 倍,P4 は約 2800 倍透過しにくいことがわかった.実際に,理論容量が 10 Ah/L になるように調整した P3P4 を含む 1 M NaCl 水溶液を炭素電極とセルロース系透析膜からなる ORFB を作成し,性能を評価したところフローさせた電池において,活物質利用率は 75%,充放電 90 サイクルでも初期容量の 80% 程度が保持でき,クーロン効率は95% 以上を達成している.この ORFB では充放電の様子を色の変化でみることができる.

クロスオーバー現象の抑制だけでなく,電解質が塩化ナトリウムである点やセルロース系透析膜を用いる点から腐食性や安全性,さらには価格の観点で非常に優れた ORFB と評価できる.

2016 年:コロイド状高分子活物質を利用したORFB

2016 年 Rodríguez- López,Moore らは P1 での研究を基盤に,80 から 800 nm の大きさを持つレドックス活性コロイド P5, P6 を合成し,ORFB に応用した.

“Redox Active Colloids as Discrete Energy Storage Carriers” Montoto, E. C.; Nagarjuna, G.; Hui, J.; Burgess, M.; Sekerak, N. M.; Hernàndez-Burgos, K.; Wei, T-S.; Kneer, M.; Grolman, J.; Cheng, K. J.; Lewis, J. A.; Moore, J. S.; Rodríguez-López, J. J. Am. Chem. Soc. 2016, 138, 13230–13237. DOI: 10.1021/jacs.6b06365

ethyl viologen が組み込まれた大きさの異なる3 種類のコロイド P5 を負極側の活物質として用いている.大きなサイズのコロイド (溶液中では乾燥状態の 1.7 から 2.2 倍のサイズとなる) であるため,電解質 (Li+BF4) に比べ P5 はおよそ 1400 から 2500 倍と高い非透過性を示した.孔直径が 28 nm (Celgard 2325) のメソ多孔質膜では 99% 以上の非透過性を達成した.さらに還元状態の P5 は少なくとも 7 日間ほぼ安定に存在することや,50 サイクル充放電を繰り返してもそのサイズと形が維持された.さらに彼らは正極活物質としてフェロセンを組み込んだコロイド P6 を合成し,P5 (負極活物質)と組み合わせた ORFB を作成した.10 mM の P5P6 を含む 0.1 M LiBF4 アセトニトリル溶液を炭素電極とメソ多孔質膜 (Celgard 2325) からなるセルへとフローしている.

このシステムではおよそ 1.1 V の起電力が期待できる.11 回の充放電の繰り返しでクーロン効率 94% を達成した.容量は 55 ± 1 mAh/L を保ち続け,非常に安定で頑丈な電池であることが示された.しかしこの容量は理論値の 21 % でしかなく,これは活物質の濃度が低いことと P6 が沈殿してしまったためだと筆者らは述べている.以上のアプローチでは,一般的な Celgard をセパレーターとして利用できること,高分子の安定性が高いことが特徴で,組み込む酸化還元官能基の工夫などによるさらなる改良が期待される.

まとめ

以上紹介してきた活物質と用いたセパレーター,さらに電池としての性能について表に簡単にまとめた.

活物質とセパレーターの孔径を適切に組み合わせればクロスオーバー現象が抑制できているのが分かる.しかし高分子活物質はフロー装置内で目詰まりを起こす可能性や,粘性が高いため効率的なフローが行えないことが懸念され,電池としての性能を上げられるかが今後の課題といえそうだ.

参考文献

  1. Dunn, B.; Kamath, H.; Tarascon, J.-M. Science 2011, 334, 928–935. DOI: 10.1126/science.1212741
  2. (a) Noack, J.; Roznyatovskaya, N.; Herr, T.; Fischer, P. Angew. Chem. Int. Ed. 2015, 54, 9776–9809. DOI: 10.1002/anie.201410823 (b) 徳丸亀鶴 “我が国における蓄電技術の活用事例 ~レドックスフロー電池技術~” (2015) http://www.nedo.go.jp/nedoforum2015/program/pdf/ts9/2/kikaku_tokumaru.pdf accessed on Jan 2018.
  3. Arenas, L. F.; Ponce de León, C.; Walsh, F. C. J. Energy Storage 2017, 11, 119–153. DOI:10.1016/j.est.2017.02.007
  4. (a) Winsberg, J.; Hagemann, T.; Janoschka, T.; Hanger, M. D.; Schubert, U. S. Angew. Chem. Int. Ed. 2017, 56, 686–711. DOI:10.1002/anie.201604925 (b) Wei, X.; Pan, W.; Duan, W.; Hollas, A.; Yang, Z.; Li, B.; Nie, Z.; Liu, J.; Reed, D.; Wang, W.; Sprenkle, V. ACS Energy Lett. 2017, 2, 2187–2204. DOI: 10.1021/acsenergylett.7b00650

ケムステ関連記事

関連書籍

[amazonjs asin=”4901496565″ locale=”JP” title=”化学電池の材料化学”] [amazonjs asin=”4274210537″ locale=”JP” title=”電池がわかる 電気化学入門”] [amazonjs asin=”4320044142″ locale=”JP” title=”電池 (化学の要点シリーズ 9)”]
Avatar photo

Naka Research Group

投稿者の記事一覧

研究グループで話題となった内容を紹介します

関連記事

  1. 低分子化合物の新しい合成法 コンビナトリアル生合成 生合成遺伝子…
  2. 高温焼成&乾燥プロセスの課題を解決! マイクロ波がもたらす脱炭素…
  3. いま企業がアカデミア出身者に期待していること
  4. 最近の有機化学注目論文3
  5. 既存の農薬で乾燥耐性のある植物を育てる
  6. 【ナード研究所】新卒採用情報(2025年卒)
  7. プラスマイナスエーテル!?
  8. 実験メガネを15種類試してみた

注目情報

ピックアップ記事

  1. 祝100周年!ー同位体ー
  2. 第28回 錯体合成から人工イオンチャンネルへ – Peter Cragg教授
  3. カルボン酸だけを触媒的にエノラート化する
  4. ウィルゲロット反応 Willgerodt Reaction
  5. 触媒がいざなう加速世界へのバックドア
  6. 向山アルドール反応40周年記念シンポジウムに参加してきました
  7. 研究者×Sigma-Aldrichコラボ試薬 のポータルサイト
  8. シロアリに強い基礎用断熱材が登場
  9. 【読者特典】第92回日本化学会付設展示会を楽しもう!PartII
  10. 大学入試のあれこれ ①

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2018年1月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031  

注目情報

最新記事

城﨑 由紀 Yuki SHIROSAKI

城﨑 由紀(Yuki SHIROSAKI)は、生体無機材料を専門とする日本の化学者である。2025年…

中村 真紀 Maki NAKAMURA

中村真紀(Maki NAKAMURA 産業技術総合研究所)は、日本の化学者である。産業技術総合研究所…

フッ素が実現する高効率なレアメタルフリー水電解酸素生成触媒

第638回のスポットライトリサーチは、東京工業大学(現 東京科学大学) 理学院化学系 (前田研究室)…

【四国化成ホールディングス】新卒採用情報(2026卒)

◆求める人財像:『使命感にあふれ、自ら考え挑戦する人財』私たちが社員に求めるのは、「独創力」…

マイクロ波に少しでもご興味のある方へ まるっとマイクロ波セミナー 〜マイクロ波技術の基本からできることまで〜

プロセスの脱炭素化及び効率化のキーテクノロジーとして注目されている、電子レンジでおなじみの”マイクロ…

世界の技術進歩を支える四国化成の「独創力」

「独創力」を体現する四国化成の研究開発四国化成の開発部隊は、長年蓄積してきた有機…

四国化成ってどんな会社?

私たち四国化成ホールディングス株式会社は、企業理念「独創力」を掲げ、「有機合成技術」…

アザボリンはニ度異性化するっ!

1,2-アザボリンの光異性化により、ホウ素・窒素原子を含むベンズバレンの合成が達成された。本異性化は…

マティアス・クリストマン Mathias Christmann

マティアス・クリストマン(Mathias Christmann, 1972年10…

ケムステイブニングミキサー2025に参加しよう!

化学の研究者が1年に一度、一斉に集まる日本化学会春季年会。第105回となる今年は、3月26日(水…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー