さて、少し時間が飽きましたが、第一回目、第二回目に続いて最終回の第三回目。
修士でファイザーに就職→閉鎖→イギリスの研究所に渡る→閉鎖→29歳で博士課程に進む→途中でスイスに留学。ここまでが第二回目です。元々至って普通の修士卒研究者であった向山くん、すでにかなりの経験をしています。
その後、さらに博士課程中にアメリカに留学し、最終的に3年で無事に博士を取得しました(32歳)。次はどうするのでしょうか?日本の会社での就職を選ぶのでしょうか。
いや目的はアメリカでの就職です。アメリカで働きたい理由は、実は他にもあったのですが、ここでは述べません。とにかくアメリカで働きたい一心で今度は博士研究員として渡米することとなりました。最終回の今回はアメリカでの就職活動について詳細に語ってくれます。ご覧あれ。
スクリプス研究所
博士号を取得した後、2年間スクリプス研究所のBoger研究室でポスドクをしました。
東北大学在学時に、Boger研究室に3ヶ月間短期留学し、その際にポスドクの受け入れがきまりました。数ヶ月後に再渡米して、抗生物質バンコマイシン関連の研究を行いました。
基本的には週1回のディスカッションで研究の方向を調整していきます。勤務時間、休みの取り方は完全に自由ですが、研究の進捗を管理するのは 自己責任です。建物がだいぶ古くなってきており設備面では他大学に劣るかもしれません。
しかしそれでも多くの結果がでていることが、この研究所の生産性の高さを表していると思います。ちなみにスクリプスがあるサンディエゴは、年中温暖で晴れが多く湿気が少ないので快適です。
なお、スクリプス留学経験者は数え切れないほどたくさんいるので、このくらいにして、ここからは自分にしか伝えられないアメリカでの就職活動やバイエルポスドクワークショップの体験を中心に書きます。
アメリカの企業への就職活動
アメリカでは募集は通年行われています。募集のタイミングはポジションが空き次第、誰かを採用したら終了です。製薬の有機合成分野の研究職は夏に募集が増える傾向があります。基本的な流れは、書類作成、応募、電話面接、研究所面接です。
応募準備
スクリプスでは夏にリクルーターが来るので、それに合わせて応募書類(CV, Research Summary, Cover letter)の作成を始めました。
CV
履歴書のようなもので、自分は何者でどんな経験をしてきて、いかに募集職種に最適な人材かを伝えるもの。書式自由、年齢や顔写真は必要ない。
Research summary
自分が何を考えて、どんなアイデアをだしてどうプロジェクトに貢献したかを説明したもの。学会用の研究概要とは異なる。
Cover letter
採用担当者への手紙。CVやResearch Summaryの内容を掘り下げ、自分のどういう経験が募集要項にマッチしていて、さらになにができるかなどをアピールする。
これは企業への応募書類の書き方の簡単な要点です。
アカデミアへ応募するには全く別の書き方をして、今後行う研究のプロポーザル、教育理念なども用意する必要があるようです。
実際に選考が進んだ時のことを考え、研究のプレゼンも作成していきました。念のため、40分、20分、10分の3つを用意しました。「自分が何をしたか」に焦点をあてたかったので、学会等で発表したものとはストーリーを大幅に変えました。
推薦状をお願いする方々に、数ヶ月後に必要になる旨を伝えておくこともしました。これらの準備とプレゼンの練習にかなり時間がかかるので、アメリカのみならず就職活動を考えている人はかなり早めにとりかかることをおすすめします。早めから少しずつ準備することで、研究をストップすることなく就活ができるはずです。
応募
6月に入ると募集が増え始めたので、片っ端からウェブで応募していきました。
スクリプスのリクルーティングシーズンも始まり、何人もの採用担当との面接を行ったものの、何の進展もないまま日々がすぎてゆきました。やはり研究所に呼ばれるのは大活躍のBaran研の一部に集中している感じでした。
「こんなことで本当に就職先がきまるのか」などと思っていたのですが、意外にもウェブで応募した会社から連絡がきはじめました。これには驚きました。なぜなら、ウェブで応募しても採用担当の目に留まらずに埋もれてゆく、応募するなら人を介せ、ということを幾度となく聞いてきたからです。
運が良かっただけかもしれませんが、採用担当が見ていないということはないようです。メガファーマだと1ヶ月くらい、バイオベンチャーは数日、最速で応募後15分で連絡が来ました。気がつくと2、3日に一度電話面接がある、という日が1ヶ月近く続きました。
電話面接
募集ポジションの説明、こちらの自己紹介、提出した研究概要をもとにしたディスカッションを行う、というのが大まかな流れでした。
言葉を考慮すると電話面接は抵抗があるかもしれませんが、質問対策をプリントアウトして読めるので案外やりやすいです。結局8月に4社、9 月に3社の研究所面接が設定されました。バイオベンチャーとメガファーマが半々でした。
研究所面接
面接は一人の候補者に丸一日かけます。研究発表が1時間くらい、あとは一緒に働くことになるかもしれない人たちと会っていきます。
チームメンバーとしてうまくやっていけそうか、部署の方針にフィットするか、などを確かめられたような気がします。合成や創薬化学に関する技術面接を行う会社もありました。前日か面接後にディナーもあります。
本当に盛りだくさんで正直言って疲れます。面接は実務に即したことがほとんどで、これだけ面接してもらえると、結果がどうあれ納得できます。交通費、宿泊費は全額負担してくれます。とある会社の面接スケジュールを紹介します。会社によって時間は前後しますが、たいていこんな感じです。
9:30am Pick-up from Hotel
9:45am – 10:00am Scientist A
10:00am – 10:30am Scientist B
10:30am – 10:45am Tour of Lab Space and Seminar Preparation
10:45am – 11:45am Seminar
11:45am – 1:00pm Lunch with Scientist C & Scientist D
1:00pm – 1:30pm Scientist E & Scientist F
1:30pm – 2:00pm Scientist G
2:00pm – 2:30pm Scientist H & Scientist I
2:30pm – 3:00pm Vice President
3:00pm – 3:30pm Scientist J & Scientist K
3:30pm – 4:00pm Scientist L & Scientist M
4:00pm – 4:30pm Scientist N
4:30pm – 4:45pm Scientist O
Dinner and return to San Diego
幸い2社からオファーをもらうことができ、今働いているエフェクターに決めました。
9月の3社は辞退しました。一連の選考過程で感じたことは、 バイオベンチャーは選考が早い( 2社とも応募後2週間くらいでオファーがでた)が、研究インフラが弱い(論文へのアクセス権が極端に少ない、NMR,MS,HPLC等はある)、メガファーマは研究設備が抜群(立派な建物と設備、世界規模の研究開発体制、何一つ不自由のない環境)だが、選考が遅い(応募、電話面接、研究所面接、結果通知の間がそれぞれ1ヶ月くらいある)といったことです。
もしかしたら選考期間は、組織における意思決定の早さを反映しているのかもしれません。なるべく多くの会社の選考を、同じ期間にうまくスケジュール調整することも重要になってきます。オファーがでたら、受けるか受けないかの返事の期限は通常1週間だということ、オファーをだした会社どうしで条件を競わせることができるからです。
バイオベンチャーはストックオプション、メガファーマは年金積立補助が魅力的で、基本給は私の知る限りでは両者ともほぼ同じです。
バイエルポスドクワークショップ (有機合成化学)2016
就職活動が本格的に始まる前に参加しました。本年の同ワークショップは記事がありますのでこちらも御覧ください。ポスター発表やグループワークなどを通じて4日間かけて採用候補者を選別してゆく、という集まりです。採用されれば勤務地はドイツのバイエルの研究所です。
2016年はニューヨーク郊外のホテルで開催され、30人の候補者と22人のバイエル社員が参加しました。参加者の半数以上がヨーロッパから来ており、一体いくらかけてるんだと思うようなワークショップでした。
とても楽しかったのですが、たえず気をはっている必要があるため「ラグジュアリープリズン」といっても過言ではないです。
会社紹介のプレゼン、ポスター発表、グループワーク、レクリエーション、ディナー、飲み、というスケジュールです。参加者どうしでコミュニケーションをとる時間が長いので、ネットワーキングには最適です。
残念ながら次の選考に進むことはできませんでしたが、知り合いが増えたので参加できてよかったです。日本から呼ばれていた参加者もいたので、応募すれば 参加できる可能性は皆にあると思います。応募はCV, Research Summary, Cover letterを提出するだけです。面白い集まりなので、ぜひ応募してみてはいかがでしょうか。このリンクから2013年の様子を見ることができます。
長々といろいろ書いてきましたが、化学をすることでなんだか可能性が広がりそうだ、と思っていただけたのならば幸いです。最後に、このような機会を与えてくれた山口潤一郎さん、今まで支えてくれた全ての方々に、この場を借りて感謝いたします。
いかがでしたでしょうか?最後に少しコメントを
ケムステ代表です。3回に渡り向山くんの海外研究歴についてお話いただきましたがいかがでしたでしょうか?第一回目の冒頭で彼自身も述べていますが、まさか彼がこのような人生を送るとは思ってもいませんでした。学生時、曲がりなりにも研究に勤しんで、成長した向山くん。しかし、日本のファイザー中央研究所に就職した時は、5時に家に帰り、ビールを飲みながらテレビ見て夕食食べて寝る生活と話していて、ああこうやって人って普通になっていくんだなとすこし寂しく思いました。
しかし、彼は変わりました。いくつかの研究所の閉鎖と移動を経験して、化学者として全く別人のように成長しました(性格は変わってないですが)。初めの研究所が閉鎖しなかったら、おそらく僕は彼のことを研究者としてはみれていないと思います。
日本の大学教員という敷かれたレールに乗ってしまった凡人としては、レールの敷かれていない人生を歩んでいる彼を、羨ましく感じるとともに尊敬しています。今後もまだまだなにか起こりそうな予感がしますが苦笑、彼の活躍に大いに期待しています。
ある化学者ー向山貴祐さんの略歴
2016 – present eFFECTOR Therapeutics, Research Scientist I
2014 – 2016 The Scripps Research Institute (Prof. Dale L. Boger), Research Associate
2012 – 2014, Ph. D. Tohoku University (Prof. Yujiro Hayashi)
2012 (Aug – Oct) ETH Zurich (Prof. Dieter Seebach), Visiting student
2011 – 2012 Tokyo University of Science (Prof. Yujiro Hayashi)
2007 – 2011 Pfizer, Worldwide Medicinal Chemistry, Sandwich, UK, Scientist
2005 – 2007 Pfizer, Discovery Chemistry, Nagoya, Senior Associate Scientist
2003 – 2005, MS Tokyo University of Science (Prof. Yujiro Hayashi)
1999 – 2003, BS Tokyo University of Science (Prof. Yujiro Hayashi)