第134回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院 工学研究科 合成·生物化学専攻 浜地研究室の重光孟博士(現在は大阪大学大学院 工学研究科 応用化学専攻 木田研究室の助教としてご勤務されています)にお願いしました。
浜地研究室は既にChem-Stationでも取り上げられているように、タンパク質ラベル化(細胞表面受容体の機能解析の新手法、リガンド指向性化学を用いたGABAA受容体の新規創薬探索法の開発)や神経伝達物質受容体の選択的活性化など、幅広い研究をおこなっています。今回は浜地研で行われている研究のうち、もう一つの柱である超分子ヒドロゲルの開発についての成果がNature Nanotechnologyに報告され、またプレスリリースでも取り上げられていましたのでインタビューさせていただきました。
An adaptive supramolecular hydrogel comprising self-sorting double nanofibre networks
Shigemitsu, H.; Fujisaku, T.; Tanaka, W.; Kubota, R.; Minami, S.; Urayama, K.; Hamachi, I. Nat. Nanotechnol. 2018. DOI:10.1038/s41565-017-0026-6
また研究室の主催者である浜地先生から、重光博士についてコメントをいただきました。
重光君は、阪大工学部で修士課程修了後、一度企業に就職したのち阪大宮田研に戻って博士号を取得し、その頃うちから出た『流動性超分子ファイバー」論文(Nature Communications(2010):田丸君(現崇城大教授)と池田君(現岐阜大教授)の合作)を読んで面白く思ったらしく、浜地研にポスドクとしてやってきました。その後ほぼ4年に渡って活躍し、昨年6月から阪大に戻って助教です。
浜地研の後半では4年生の指導を任せましたが、この論文は彼が初めて面倒を見た藤咲君(現M2)を苦労して指導しながら二人三脚で見つけた現象を基にしたものです。阪大からやってきた後、環境の違いに戸惑いながら、CLSMイメージングやレオロジーなど色んな技術を身につけて、自分の色を組み込んだ超分子マテリアルの新展開に繋げました。浜地研での経験を活かして、阪大での活躍を祈ります。
Q1. 今回のプレスリリース対象となったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
本研究では、低分子ゲル化剤のSelf-sorting現象(自己認識・他者排除)によって、タンパク質放出速度を双方向に制御できるダブルネットワーク型超分子ヒドロゲルの創出に成功しました。
自然界における究極のソフトマテリアルである細胞の内部では、膨大な数の超分子が独立かつ精密に機能しています。それら超分子の多様性が優れた細胞機能の根幹の一つであると言え、細胞のように自律応答性や多機能性を有する新たなマテリアルを創出するためには、独立した超分子・分子システムを複数内在させることが鍵であると考えられます。しかしながら、『各超分子間の相互作用や構造変化による独立性の消失』や『多成分系の解析の難しさ』などが大きな課題として立ちはだかり、『人工超分子の複合による新奇マテリアルの創出』はシンプルな戦略でありながらも大きな困難を伴うため、現在でもほとんど未開拓の領域です。本研究では、2種類の異なる刺激応答性を有する超分子ネットワークを独立させたまま複合し、ユニークな物性(双方向のレオロジー特性制御・刺激の順序認識)を示すヒドロゲルが創出できることを実証しました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
本研究では、超分子ダブルネットワークの独立した刺激応答挙動が鍵となります。様々な分析方法を駆使することで、分子レベルからメゾ・マクロスケールで刺激応答挙動を詳細に明らかにすることができた点に思い入れがあります。特に、メゾスコピック領域での超分子ネットワークの挙動解析には浜地研独自の手法である『共焦点レーザー顕微鏡によるin situイメージング(その場観察)』が威力を発揮しました1。これによってダブルネットワークの刺激応答性や物性をリアルタイムで正確に把握することができ、従来よりも格段に深い議論が可能になりました。
ダブルネットワークを可視化できるプローブの探索は一筋縄ではいきませんでしたが、実験を重ねるごとに徐々に洗練され、最終的に可視化に成功した瞬間は本当にホッとしました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
ダブルネットワーク型超分子ヒドロゲル中で、標的ではないネットワークに干渉しない適切な刺激を探し出すまでには多くの困難がありました。ダブルネットワーク型超分子ヒドロゲル中では、次々と予想外のことが起き、原因を特定しようにも解析困難であることが多く、多成分系の難しさを改めて実感しました。
これがダメだったら、もうこの研究テーマは終わりかも。。。という段階で、ゲルの崩壊を狙って酵素を刺激として使用したところ、ゲルは崩れるどころか強固になってしまいました。(詳細は論文に記載されている『Phos-cycC6ネットワークの刺激応答性』をご参照いただければ幸いです。)その実験を行っていた藤咲貴大くん(当時 浜地研B4)は、心を折られながらもすぐにデータをまとめて議論しに来てくれました。その議論の最中に『この現象は使えるかもしれない!』と発想を転換させることができ、そのまま研究を展開して『双方向に強度を制御可能なヒドロゲルの創出』に繋がりました。
膨大な実験量をこなし、ネガティブ(と思っていた)データを迅速かつ丁寧にまとめてくれた藤咲くん、鬱と躁を繰り返す気持ち悪い私と議論してくださった窪田 助教のおかげで壁を突破することができました。また、論文のリバイズでは難しい要求をされましたが、田中航くん(現 浜地研M2)の努力と工夫によって乗り越えることができました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
自分の生み出した分子・超分子もしくは分子システムでエネルギーや医療の課題を解決したい、と思っています。私自身がそこにたどり着けなくとも、課題解決・科学発展の一助となれるように全力で研究に取り組んでいくつもりです。また、共に化学という学問と向き合い、未来を切り拓くことのできる最高のチームを作りたいと願っています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
私の稚拙な文章を最後まで読んでいただきありがとうございます。化学への熱い想いを共有したい、という方がいらっしゃいましたらお気軽にお声かけください。是非とも議論させていただければ幸いです。
本研究を遂行するにあたり多くの助言を与えていただきました浜地 格 教授、清中 茂樹 准教授、窪田 亮 助教、田村 朋則 助教に心より感謝申し上げます。研究で苦楽を共にした藤咲 貴大くん、田中 航くんに深く感謝申し上げます。動的粘弾性測定では、京都工芸繊維大学の浦山 健治 教授、南 沙央理さんには、測定方法・実験結果に関して素晴らしい助言を数多くいただきました。また、円二色性スペクトル測定では、京都大学の長田 裕也 助教、廣瀬 崇至 助教に測定方法のご指導からアドバイスまで、本当にお世話になりました。皆様に深く感謝申し上げます。最後になりましたが、OB・OGを含めた浜地研全メンバーに心より感謝いたします。
参考文献
- Onogi, S.; Shigemitsu, H.; Yoshii, T.; Tanida, T.; Ikeda, M.; Kubota, R.; Hamachi, I. Nat Chem 2016, 8, 743. DOI:10.1038/nchem.2526
関連リンク
研究者の略歴
重光 孟
所属:大阪大学大学院工学研究科 応用化学専攻 木田研究室
略歴:2013年9月 大阪大学大学院工学研究科 生命先端工学専攻 博士後期課程修了(宮田幹二教授)
2013年10月-2017年6月 京都大学大学院工学研究科 合成・生物化学専攻 博士研究員(浜地格教授)
2017年7月- 大阪大学大学院工学研究科 応用化学専攻 助教
研究テーマ:超分子化学を基盤とした新規マテリアルの創製