前回の記事で、ヘリウムをアルカリ土類金属の上に置いた、斬新な周期表があることを紹介しました。本記事では、現在の周期表のいびつな点について指摘し、より 21 世紀的な周期表を提案いたします。(本記事は、文献 1 にインスパイアされて執筆した記事です。)
前回の復習. ヘリウムをアルカリ土類金属の上に置くと、s ブロック元素が左端に集まります.
s ブロックを p ブロックの右に置くと、方位量子数の規則性が読みやすい
さて、前回記事で紹介したように、ヘリウムをアルカリ土類金属の上に置くことで、s ブロックを左に集めることはできました。しかし、まだ不満があります。それは、周期表における元素の方位量子数のブロックを左から見ると、s, f, d, p となり、方位量子数 (l) の順に並んでいないことです。そこで、s ブロック元素を貴ガスの右に配置するというアイデアが提案されています1, 2)。そうすることで、下の図のように方位量子数の小さいブロックが右から順に並びます。
あっ!しかもこの方法をとると、f ブロック元素を周期表の左に配置できる!この周期表であれば、今まで、周期表の欄外に追い出されていたランタノイドとアクチノイドも、文字どおり周期表に加わることができ、嬉しい気持ちになること間違いなしです。ついでに言えば、第 119 番元素(ウンウンエンニウム, Uue) や第 120 番元素 (ウンビニリウム, Ubn) のための席も用意できました。そして、この周期表ならば、将来的に g ブロック元素が発見されても、欄外を作ることなく、周期を増やすだけで対応できそうです。
従来の周期表と階段型の周期表の比較
はやる気持ちを抑えて、この新しい周期表に生じた利点や問題点について分析します。まず、従来の周期表と今回提案した周期表の形を比較します。従来の周期表は第 7 周期までしか存在しなかったのに対して、今回提案した周期表は、第二周期がリチウム (Li) とベリリウム (Be) で終わっているため、第 8 周期まで存在します。そして、従来の周期表は上部の中央がいびつにへこんでいましたが、階段型の周期表は 2 周期ごとに段が増える階段型であるという特徴があります。従来型のへこんだ周期表は、見慣れているため愛着がありますが、はじめて見る人にとっては階段型の方が整っている印象を受けるかもしれませんね。ちなみに、この階段型の周期表は、1930 年ごろにフランスの Charles Janet によって考案されたため、考案者の名をとって、ジャネット周期表と呼ばれているそうです2)。
新しい周期数 P の定義
さて、階段型の周期表をもう一度見ると、s ブロック以外の元素が属する周期が、現在と異なっていることがわかります。例えば、鉄 (Fe) や コバルト (Co) などのいわゆる 3d 元素が、第 5 周期に配置されます。一方、従来型の周期表では、最外殻電子の主量子数が元素の周期と対応していました。すなわち、Fe や Co の最外殻電子は 4s 電子であるため、Fe や Co は第 4 周期に属していました。そして、従来型で他の第 4 周期元素であるカリウム (K) や ガリウム (Ga) の最外殻電子は、それぞれ 4s および 4p 電子です。このことから、従来型の周期表は、各元素が属する周期と電子配置が関連していたと言えます。一方で、階段型の周期表では、各周期の横のつながりが弱くなった印象を受けます。
この問題に対して、ジャネット周期表においては、新しい周期数 P が提案されています。具体的には P は、構成原理に従って電子を収容させたときに新たに加わる電子の主量子数 (n) と方位量子数 (l) を用いて、次のように表されます。
P = n + l
例えば、ジャネット周期表で第 5 周期にある 3d 元素、4p 元素および 5s 元素の周期数 P を計算してみます。
3d 元素 : n + l = 3 + 2 = 5
4p 元素 : n + l = 4 + 1 = 5
5s 元素 : n + l = 5 + 0 = 5
めでたく、すべて P = 5 となるではありませんか! 周期数 P を用いることで、ジャネット周期表の周期を理論的に定義できました。
化学的性質の規則に混乱が発生する
以上のように、周期表の外観や原子の構造の観点からは、ジャネット周期表は従来型の周期表よりも洗練されている印象を受けます。しかし、s ブロックをまるごと右に移動するという提案は、化学的な視点からいうと弊害の方が多いのです。例えば、元素単体での物理的状態における周期性の乱れです。現在の並びでは、周期表の左の領域に金属があり、右上に非金属領域が存在し、その間の対角線上に半金属が並んでいます 。しかし、s ブロック元素を右端に配置すると、この金属性についての傾向が失われます。
従来型の周期表では、元素単体での物理的状態についての規則性が見やすい.
くわえて、イオン化エネルギーの大きさ、電子親和力、あるいは電気陰性度の大きさについての規則性も損なわれます。たとえば、元素のイオン化エネルギーの規則を表した、下図 (a) のような三次元の棒グラフは、周期律を視覚的に表すためによく用いられます。試しに、新しい周期表を使って、このグラフを作ってみたところ、貴ガスと s ブロック元素の間で大きなギャップが生じ、すこし不細工になってしまいました。
イオン化傾向の周期律を表した三次元の棒グラフ (参考文献 4 をもとに作成).
まとめ
今回お話しした新しい周期表の案は、階段型をしているため、従来の周期表のいびつなへこみ、あるいは f ブロック元素の欄外へのはみ出し問題が解決されています。くわえて、方位量子数のブロックが l の小さい順に右から並んでいるため、量子力学的な観点からいうと洗練されています。一方で、はじめて周期表を学ぶ高校生や、あまり化学に深入りしない人の立場からすると、従来型の周期表の方が、元素の化学的性質の周期性を味わいやすいはずです。このことから、私は現在の周期表が廃止されることは当分ないと考えます。しかし、119 番以降の元素が続々と発見されると、階段型のジャネット周期表が教科書に現れる日が、ひょっとすると来るかもしれませんね。
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参考文献
- Kazs, G. Chem. Educator 2001, 6, 324. (DOI: 10.1007/s00897010515a)
- (a) Royal Society of Chemistry, Education in Chemistry. https://eic.rsc.org/feature/trouble-in-the-periodic-table/2020266.article (accessed Dec. 17, 2017).(b) Stewart, P. J. Chem. 2010, 12, 5. (DOI: 10.1007/s10698-008-9062-5)
- Weller, M.; Overton, T.; Rourke, J.; Armstrong, F. 「シュライバー·アトキンス 無機化学 (上) 第 6 版」, 田中勝久, 高橋雅英, 安部武志, 平尾一之, 北川進訳, 東京化学同人, 2016.
- Atkins, P.; Paula, J. In Atkins’ Physical Chemistry 10th edition; Oxford University Press: Oxford, 2014; pp 984.