現在の周期表は、およそ 120 種の元素を原子番号順に並べ、基本的には電子配置が似ている元素同士が縦の列に並ぶように配列したものです。このような周期表は、化学的性質が似た元素同士が縦に並ぶため、元素の仕組みを理解するために役に立ちます。しかし、「この元素は本当にこの場所でいいのか?」と不満に思うことがあるのです。というわけで、21 世紀の周期表のあるべき姿についてちょっと考えてみました。(本記事は、文献 1, 2 および 7 にインスパイアされて執筆したものです。)
水素をどこに置くべきか
水素は、アルカリ金属と似ても似つかない
2017 年現在、広く知られている周期表3, 4)では、水素を第一族元素として、アルカリ金属元素の上に置いています。これは、水素が、他の第一族元素であるリチウム (Li) や ナトリウム (Na) と同様に、最外殻に 1 つの電子のみを持つという事実を反映したものです。しかし、化学的性質を考慮すると、水素は Li や Na と似ても似つきません。すなわち、Li や Na は、アルカリ金属であり、単体で金属です。そして、反応性は非常に高く、水と爆発的に反応します。(下の動画の 1:00 ごろから、アルカリ金属と水の反応を見ることができます。1:55 ごろからのルビジウム (Rb) と水の反応はワクワクしますね。)
水素が常温常圧では単体で気体として存在し、その分子状水素の反応性が比較的低いことは、アルカリ金属の特徴と対照的です。このことから、水素の電子配置が 1s1 であることは、確かに他のアルカリ金属と対応していますが、この事実は、アルカリ金属との表面的な共通点であることに気づきます。化学的性質に着目すれば、水素をアルカリ金属元素の上に置くことに、違和感があるわけです。
水素をハロゲンの上に置くには気が引ける
水素をフッ素 (F) の上に置いてみるのはどうでしょうか。どういうことかというと、水素原子が、ハロゲン原子と同様に、「新たな電子が加わると、不完全な電子価殻を満たすことができる」という事実を考慮したのです。このとき形成される陰イオン H– は、KH のように、金属イオンとイオン性の塩を作ることができます。おっ!このことは、ハロゲンの陰イオンが NaCl や KBr のような塩を作ることと対応してる!しかも、ハロゲンは非金属元素であり、単体で二原子分子を作るじゃありませんか。これらの特徴から、水素は、アルカリ金属よりもむしろ、ハロゲンとの共通点が多いように感じられます。
しかし、水素とハロゲンにも決定的な違いがあります。つまり、Cl2 や Br2 のようなハロゲン分子は、酸化剤であるのに対し、H2 は還元剤です。これは、水素の電子親和力 Ea が、ハロゲンに比べて極めて低いからです (例えば Ea, H = 72.8 kJ/mol << Ea, F = 322 kJ/mol)5)。実際に、独立した水素化物イオン H– を含む塩は、KH や LiH などのように、最も電気陽性な金属との塩に限られており、一般的ではありません。うーん。水素が陰イオンを形成可能であるという事実があるとしても、ハロゲンほど積極的に電子を獲得したがっているわけではないようです。水素をハロゲンの仲間に入れるのは、ためらってしまいます。
水素はどのグループにも属さない、特別な元素である
実は、IUPAC1) や一部の学部レベルの教科書 6)では、水素を特別な元素とみなし、左右の中央に単独で配置するという見解が示されています。
…。
すっきりしない意見ですが、仕方ない気もします。
そもそもこれまでに説明した水素の特異な性質は、第一周期の元素の最外殻軌道が、1s 軌道であることに由来します。つまり、水素のたった 1 つの外殻電子は、最も原子核に近い 1s 軌道に収容されているため、強いクーロン引力が働いており、他の第一族元素と比べてイオン化エネルギーが大きいのです。したがって、水素は金属ではありません。一方、その 1s 軌道に電子を 1 つ追加するだけで閉殻構造になってしまうのです。これらのことから、第一周期元素の水素やヘリウムを周期律に帰属させること自体、無理があるのです。「例外のない規則はない」とは言いますが、水素を無理やりアルカリ金属やハロゲンと同じ列に分類すると、水素の性質について誤解を招くおそれがあります。むしろ水素を特別扱いして左右の中央に置き、無用な例外を作らない方が、合理的かもしれません。
ヘリウムをどこに置くべきか
化学的な性質を考慮すると、貴ガスに分類すべき
水素の他に、周期表での位置が疑問視されている元素にヘリウム (He)があります7)。現在ヘリウムは、最外殻の電子が 2 つであるにもかかわらず、18 族元素の一番上に配置されています3-6)。このことが正当化されている理由は、ヘリウムは常温常圧では気体であり、反応性も低く、明らかに貴ガスの特徴を有するからです。単に最外殻電子数に従って表を作成するよりも、周期表の右端に閉殻構造をとる元素を並べる方が、周期表の仕組みを理解するために都合が良いという背景が伺えます。
s ブロック元素のなかでヘリウムだけ右端にあることは、収まりが悪い
しかしながら、ヘリウムの最外殻の電子が 2 つのみであるということを考慮し、それを第 2 族元素に分類し、ベリリウム (Be) の上に置くべきだという意見もあります7)。ヘリウムをそこに配置することの利点は、s ブロック元素が左端に集まることです。
ただし、ヘリウムをアルカリ金属の上に置くという説が唱えられたのは、「水素の位置を左右の中央に置く」というIUPAC の見解が示されるよりも以前のことです。IUPAC の意見が発表された今では、このようにヘリウムの位置について考えることは、ややナンセンスな気もします。なぜなら、ヘリウムをアルカリ土類金属の上に置くと、必然的に水素をアルカリ金属の上に置かざるをえないからです。
しかし、水素をアルカリ金属の上に置き、ヘリウムをアルカリ土類金属の上に置いた周期表が、21 世紀的で合理的な周期表として提案されているのです。このまま続けると話が長くなりそうなので、今回はここまでにして、次回にその新しい周期表について紹介し、その斬新さをお話ししようと思います。
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参考文献
- Chemistry International. https://www.iupac.org/publications/ci/2003/2506/ud.html (accessed Dec 3. 2017).
- Cronyn, M. W. J. Chem. Educ. 2003, 80, 947. (DOI: 10.1021/ed080p947)
- 井口洋夫, 井口眞 「新·元素と周期律」, 裳華房, 2013.
- 文部科学省, 科学技術週間. http://stw.mext.go.jp/index.html (accessed Dec. 10, 2017). [一家に一枚周期表のダウンロードはこちら]
- Atkins, P.; Paula, J. In Atkins’ Physical Chemistry 10th edition; Oxford University Press: Oxford, 2014; pp 984.
- (a) Weller, M.; Overton, T.; Rourke, J.; Armstrong, F. 「シュライバー·アトキンス 無機化学 (上) 第 6 版」, 田中勝久, 高橋雅英, 安部武志, 平尾一之, 北川進訳, 東京化学同人, 2016. (b) Weller, M.; Overton, T.; Rourke, J.; Armstrong, F. 「シュライバー·アトキンス 無機化学 (下) 第 6 版」, 田中勝久, 高橋雅英, 安部武志, 平尾一之, 北川進訳, 東京化学同人, 2017.
- Kazs, G. Chem. Educator 2001, 6, 324. (DOI: 10.1007/s00897010515a)