第132回のスポットライトリサーチ。京都大学化学研究所山子研究室の茅原栄一助教にお話を伺いました。
山子研究室では、ラジカル重合や環状π共役分子の合成が盛んに行われています。
今回ご紹介する成果は、環状π共役分子の一つ・シクロパラフェニレンの合成に関するものです。つい最近、速報論文として報告されました。
Gram-Scale Syntheses and Conductivities of [10]Cycloparaphenylene and Its Tetraalkoxy Derivatives
E. Kayahara, L. Sun, H. Onishi, K. Suzuki, T. Fukushima, A. Sawada, H. Kaji, S. Yamago
J. Am. Chem. Soc. 2017, 139, 18480. DOI: 10.1021/jacs.7b11526
プレスリリースに報告されていたこともあり、インタビューをお願いしました。
筆頭著者の茅原先生について、梶先生から次のコメントをいただきました。
茅原さんは、精力的に論文を書いておられる印象とともに、山子研の学生を指導しながら研究現場をうまくまとめ、実験を進めておられるイメージがあります。うちの助教とも非常に仲が良く、若手の共同研究助成である「化研らしい融合的・開拓的研究」も今回の研究のベースになっています。その助教情報では、「茅原さんはいつも腰が痛いと言っている一方で、最近結婚をされて私生活も充実」とのことです。CPPに関しては、当初、サンプル量が少ない、真空蒸着ができない(分解してしまう)、溶液塗布も困難(溶媒への溶解度が低い)といった問題点があり、デバイスへの展開に苦労した部分がありますが、今回のこの研究により、これらの問題を飛躍的に改善することができました(真空蒸着の話を除けば)。その意味で、合成からデバイス化へ展開に、今後大きく貢献する論文と言えるでしょう。茅原さんのご尽力の賜物ですね。
それでは成果をご覧ください!
Q1. 今回のプレスリリース対象となったのはどんな研究ですか?
ベンゼン環をパラ位でリング状につなげたシクロパラフェニレン (以下、CPP)およびその誘導体の大量合成に成功するとともに、薄膜状態において、それらの電荷を授受する能力が、有機薄膜太陽電池などの有機電子受容体として汎用されているフラーレン誘導体に匹敵することを明らかにしました。
CPPを代表とする環状π共役分子は、カーボンナノチューブやフラーレンの最小構成単位であり、次世代の有機電子材料として興味が集まっています。ここ数年の世界中での活発な研究により、化学合成やその物性解明が飛躍的に進んだこともあり、材料科学への展開には大きな期待が寄せられています。しかし、大量合成が困難なため、CPPやその誘導体を有機デバイス材料として応用したとの報告はありませんでした。
今回の研究では、独自の合成法により、市販の試薬から比較的簡便に10個のベンゼン環からなる[10]CPPとその誘導体(CPP上の一部の水素原子を官能基で置換したもの)をグラム単位で合成することに成功しました。さらに、得られた誘導体の有機溶媒への高い溶解性を利用し、これまで困難であったウエットプロセスによる非晶薄膜およびデバイス作製が初めて可能となりました。その結果、薄膜状態において、有機薄膜太陽電池の電子受容体として用いられているC60誘導体、PCBM(phenyl-C61-butyric acid methyl ester)と同程度の電荷授受能力を示すことが明らかになりました。また、デバイス性能を決定する因子のひとつである電子輸送特性(あるいは電子移動度)を評価することにも成功しました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
本研究では、我々が独自に開発してきた2つのCPPの合成法を融合させた合成経路を用いました。すなわち、シクロヘキサジエンジオールと呼ばれるベンゼン環に変換できる非芳香族ユニットを含む多環性の前駆体を、白金錯体により二量化した後、非芳香族ユニットを、独自に開発したスズ錯体によって変換(芳香族化)することでCPPを合成する経路です。これまでに、他のサイズのCPPの合成において、“真に使える合成法”として育て上げてきた方法であり、その方法をもってすれば大量合成できると当初から期待していました。加えて、今回の検討では、鍵となる多環性の前駆体を、市販の試薬から短工程かつ高収率で合成する方法も見つかり、[10]CPPおよびその誘導体の大量合成に成功しました。材料科学分野での波及効果が高い物質供給法として、我々の合成法の有用性を示せたのではないかと思います。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
既存の合成法を用いれば、基礎物性測定や構造解析などに必要な少量のサンプルを合成することは可能です。しかし、私自身もこれまでの研究で痛感していたように、少量のサンプルでは、その先の研究や、比較的サンプル量を必要とする材料科学への展開は限定的なものになってしまいます。そこで、サンプル量に対しては、常に問題意識を持って、研究を遂行することを心掛けていました。本研究において、精密有機合成に基づき、しっかりと“モノ”を作りこむ作業をしてくれた孫連盛君、大西弘晃君には心から感謝したいと思います。
また、CPPを材料として用いる際に直面した問題が、溶解性の問題です。直鎖状のオリゴパラフェニレンとは異なり、CPPは有機溶媒に良く溶けるため、当初は材料として扱いやすいものと予想していました。しかし、共同研究先の梶弘典教授のグループで、実際、薄膜、デバイス作製を検討して頂くと、より高い溶解性を持つ誘導体が必要であることが分かりました。今回の合成法は、官能基を簡便に導入出来る方法であったため、長鎖アルコキシ基を導入することで溶解性の問題を解決し、今回の成果を得ることが出来ました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
有機合成化学を柱に、飾らず、でもパワフルで存在感のある分子を設計、合成していきたいと思います。私の好きな、シンプルで洗練されたスカンジナビアンデザインのように!また、そのような分子の合成をはじめとする基礎研究から産業界での利用まで、10年、20年と長いスパンで行える骨太な研究を進めていきたいとも思います。そのためには、単に作るだけではなく、明確な標的を定め、学術的、社会的要請にしっかりと応えることができる”モノづくり“を進めていくことが肝要と考え、日々の研究に取り組んでいるところです。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
今回の合成法は、これまでになく大量のCPPやその誘導体を作れることから、材料科学分野での波及効果が高い物質供給法です。未だ、改善の余地はありますが、様々な誘導体の合成も行える汎用性の高い方法であるため、分子設計に基づく物性制御や機能向上が可能になると期待されます。今後、環状π共役分子を基盤とした優れた有機材料が、世の中に出ることを目指し、研究を展開していきたいと考えています。なお、本論文で報告したCPPよりも環サイズの小さな5つのベンゼン環からなる[5]CPPがすでに市販されています。研究対象として興味を持った方は、実際に手に取って頂ければ幸いです。
最後に,本研究を進めるにあたりご指導、ご助言を頂いた京都大学化学研究所の山子茂教授に感謝致します。実際の実験においては孫連盛君、大西弘晃君の貢献が大きく、この場を借りて感謝致します。さらに、薄膜、デバイス作製とその評価については、同研究所の梶弘典教授、鈴木克明先生、福島達也先生(現神戸大)、澤田彩日さんに多大なご協力を頂きました。今後も、強力な協力関係のもと、化学研究所らしい融合的先端研究を推進していければと思います。
関連リンク
•「炭素ナノリング」の大量合成と有機デバイス素子の作製に成功(京都大学プレスリリース)
研究者の略歴
茅原 栄一 (かやはら えいいち)
所属:京都大学化学研究所・材料機能化学研究系高分子制御合成領域 山子研究室 助教
研究テーマ:有機合成化学、構造有機化学
略歴:
2006年3月 大阪市立大学理学部化学科 卒業 (指導教員:山子茂教授)
2008年3月 大阪市立大学大学院理学研究科物質分子系専攻 修士課程修了 (指導教員:岡田恵次教授)
2011年3月 京都大学大学院工学研究科高分子化学専攻 博士後期課程修了(指導教員:山子茂教授)
2011年3月 博士(工学)(京都大学)取得
この間、
2008年4月-2011年3月 日本学術振興会特別研究員 (DC1)
2008年6月-2008年9月 米国 マサチューセッツ工科大学 訪問研究員 (Christopher C. Cummins教授 研究室)
2011年4月-2014年5月 京都大学化学研究所 特定助教
2014年6月-現在 京都大学化学研究所 助教