[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

とある化学者の海外研究生活:スイス留学編

[スポンサーリンク]

前回の続きです。日本のファイザー研究所閉鎖をきっかけにイギリスに渡り、由緒あるファイザーサンドイッチ研究所で職を得た、向山くん。しかし、その研究所も閉鎖を余儀なくされ、博士の重要性を知った彼は、日本に帰国、元の恩師のもとで、29歳からの博士取得に励む

今回はその過程でのスイス留学の話が中心となっています。彼の最近の人生のなかでもっとも安定した時期。教授の異動により、東京から東北に移動してることを除けば

ぜひご覧あれ。

留学までの簡単な経緯

当時私は東京理科大学で林雄二郎教授の指導のもと、タミフルの1ポット合成法の開発に従事していました。[1] 鍵反応が有機触媒を用いたアルデヒドとニトロアルケンの不斉マイケル反応で、反応機構の研究をETH ZurichのDieter Seebach先生と共同で行なっていました。[2]

その研究過程で林先生が話をつけてくださり、Seebach先生の研究室に3ヶ月間留学できることが決まりました。渡航費や滞在費を東京理科大学の留学プログラムに支援していただくことで実現したので、留学を考えている人は大学にどんな支援プログラムがあるのか調べて問い合わせてみるのがいいと思います。

ETH Zurich (Hönggerberg campus)

実は留学の話がでるまでETH Zurichの事はほとんど知りませんでした。

調べて行くとErick Carreira教授、Jeffrey Bode教授、有機触媒の研究を通じて知ったHelma Wennemers教授らが在籍している世界有数の大学であることが分かりました。

「これ城だ」

ゼーバッハ先生の教授室に始めて入ったときの印象です。博物館でみた中世の城内のように赤い絨毯がしいてあり、無数の本に囲まれていたその空間は、まるで城の一室にいるかのようでした。そこから笑顔で迎えてくれたSeebach先生を見て、世界の第一線を走り続けている教授はこういうところで仕事をしているのか、と強烈な憧れを持ったところからスイスでの生活が始まりました。

右が化学棟、中央に食堂。写ってないがすぐ左にバーと売店がある

 

ETHで一番驚いたことはNMRの数です。

合計10台あり、ほぼオートサンプラーだったので、測定待ちでストレスを感じたことはほとんどありませんでした。化合物の構造解析を専門家に依頼することもできました。

Seebach研究室内部

 

地下には巨大な売店があり、ガラス器具、文具、試薬などから液体窒素まで研究に必要なものはたいてい手に入りました。あまりの便利さにここは会社か!?と錯覚するくらいでした。

建物もきれいで清潔感にあふれており、ラボが溶媒臭いとか、ドラフトが頻繁に故障するといったこともなく、快適に実験することができました。化学棟をでればすぐに食堂、さらにはバーもあり、ちょっと疲れたから気分転換に1杯飲もうなんてこともできます。バス停もすぐ近くにあり交通の便も最高です。ただ、ランチの値段が高く10CHFくらいしたので、弁当を作っていくとかしないと大変かもしれません。頻繁に講演会が行われるのもいい環境だとおもいます。

とある日のランチ、10CHFくらい

 

山口潤一郎さん(現 早稲田大学准教授、ケムステ代表)も講演に来られ、その後当時Carreira研のポスドクだったDavid Sarlah(現 University of Illinoi, Assistant Professor)も一緒に飲んだことが良い思い出です。二人とも化学や自身の未来について熱く語り合っていたのが刺激になりました。

潤一郎さんの講演後の飲み

Seebach先生

私の留学の目的は、将来推薦状をお願いできるくらいの信頼関係をSeebach先生と築くことでしたので、いつでもディスカッションできるよう準備を念入りに行っていました。

研究についてのアドバイスに脱帽したのはもちろんですが、印象深かったのが教育者としての一面です。一度質問すると、板書するかのように紙に説明を書いていき、こちらが納得するまで教えてくれました。それはまるで個人授業のようで、時には1時間を超えました。Seebach先生の話を聞いていると、化学がますます面白く思えてくるから不思議です。きっと人のやる気をひきだす天性の才能があるのだと思います。

家にラボメンバーを招待してくれた際は、選りすぐりのワインを何本も用意しておいてくださり、ワインをフラスコにいれて注いでくれました。このフラスコを一体どこから持ってきたのだろうか…などと思ってしまいましたが絶品のワインでした。葉巻を吸いながらまわりを盛り上げるという一面もあり、こういうところにも人を惹きつける何かがあるのだと思います。

フラスコワイン

チューリヒ

公共交通機関が発達していているので、どこへ住もうとも通学は問題ないと思います。物件が不足気味らしく部屋探しには根気が必要になるかもしれません。私の場合はよさそうなところに30件くらいメールして、数件きた返事のなかから選びました。

Uitikonという郊外で通学に40分くらいかかりましたが、外を眺めながらトラムに乗っているのが気分転換になりました。家賃と外食が高い(食材やワインは安い)ことを除けば、街自体は美しいですし、治安も良いので住みやすい街だと思います。

チューリヒ中心部、右奥の茶色っぽい建物はETHの別キャンパスです

まとめ

ETH Zurichは研究環境、生活環境ともに申し分ないのでお勧めの留学先です。

参考文献

  1. “One-pot synthesis of (–)-Oseltamivir and mechanistic insights into the organocatalyzed Michael reaction” Mukaiyama, H. Ishikawa, H. Koshino, Y. Hayashi Chem. Eur. J. 2013, 19, 17789-17800. DOI: 10.1002/chem.201302371
  2. “Stoichiometric reactions of enamines derived from diphenylprolinol silyl ethers with nitro olefins and lessons for the corresponding organocatalytic conversions – a survey” Seebach, S. Xiaoyu, M. O. Ebert, W. B. Schweizer, N. Purkayastha, A. K. Beck, J. Duschmalé, H. Wennemers, T. Mukaiyama, M. Benohoud, Y. Hayashi, M. Reiher Helv. Chim. Acta 2013, 96, 799-852. DOI: 10.1002/hlca.201300079

とある化学者シリーズ(全三回)

  • 第一回:とある化学者の海外研究生活:イギリス編
  • 第二回:とある化学者の海外研究生活:スイス留学編(本記事)
  • 第三回:とある化学者の海外研究生活:アメリカ就職編

とある化学者ー向山貴祐さんの略歴

2016 – present eFFECTOR Therapeutics, Research Scientist I
2014 – 2016 The Scripps Research Institute (Prof. Dale L. Boger), Research Associate
2012 – 2014, Ph. D. Tohoku University (Prof. Yujiro Hayashi)
2012 (Aug – Oct) ETH Zurich (Prof. Dieter Seebach), Visiting student
2011 – 2012 Tokyo University of Science (Prof. Yujiro Hayashi)
2007 – 2011 Pfizer, Worldwide Medicinal Chemistry, Sandwich, UK, Scientist
2005 – 2007 Pfizer, Discovery Chemistry, Nagoya, Senior Associate Scientist
2003 – 2005, MS Tokyo University of Science (Prof. Yujiro Hayashi)
1999 – 2003, BS Tokyo University of Science (Prof. Yujiro Hayashi)

Avatar photo

webmaster

投稿者の記事一覧

Chem-Station代表。早稲田大学理工学術院教授。専門は有機化学。主に有機合成化学。分子レベルでモノを自由自在につくる、最小の構造物設計の匠となるため分子設計化学を確立したいと考えている。趣味は旅行(日本は全県制覇、海外はまだ20カ国ほど)、ドライブ、そしてすべての化学情報をインターネットで発信できるポータルサイトを作ること。

関連記事

  1. 論文投稿・出版に役立つ! 10の記事
  2. 電子実験ノートSignals Notebookを紹介します ②
  3. カスケード反応で難関天然物をまとめて攻略!
  4. 固体型色素増感太陽電池搭載マウスを買ってみました
  5. 触媒的芳香族求核置換反応
  6. クラリベイト・アナリティクスが「引用栄誉賞2022」を発表!
  7. OMCOS19に参加しよう!
  8. 日本薬学会第138年会 付設展示会ケムステキャンペーン

注目情報

ピックアップ記事

  1. 野依 良治 Ryoji Noyori
  2. 酸素 Oxygen -空気や水を構成する身近な元素
  3. ベロウソフ・ジャボチンスキー反応 Belousov-Zhabotinsky(BZ) Reaction
  4. ジェイコブセン・香月エポキシ化反応 Jacobsen-Katsuki Epoxidation
  5. 難分解性高分子を分解する画期的アプローチ:側鎖のC-H結合を活性化して主鎖のC-C結合を切る
  6. 第一手はこれだ!:古典的反応から最新反応まで2 |第7回「有機合成実験テクニック」(リケラボコラボレーション)
  7. セライトのちょっとマニアックな話
  8. 高い専門性が求められるケミカル業界の専門職でステップアップ。 転職で威力を発揮する「ビジョンマッチング」とは
  9. 電子実験ノートSignals Notebookを紹介します ①
  10. Louis A. Carpino ルイス・カルピノ

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2017年12月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

注目情報

最新記事

植物由来アルカロイドライブラリーから新たな不斉有機触媒の発見

第632回のスポットライトリサーチは、千葉大学大学院医学薬学府(中分子化学研究室)博士課程後期3年の…

MEDCHEM NEWS 33-4 号「創薬人育成事業の活動報告」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

第49回ケムステVシンポ「触媒との掛け算で拡張・多様化する化学」を開催します!

第49回ケムステVシンポの会告を致します。2年前(32回)・昨年(41回)に引き続き、今年も…

【日産化学】新卒採用情報(2026卒)

―研究で未来を創る。こんな世界にしたいと理想の姿を描き、実現のために必要なものをうみだす。…

硫黄と別れてもリンカーが束縛する!曲がったπ共役分子の構築

紫外光による脱硫反応を利用することで、本来は平面であるはずのペリレンビスイミド骨格を歪ませることに成…

有機合成化学協会誌2024年11月号:英文特集号

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年11月号がオンライン公開されています。…

小型でも妥協なし!幅広い化合物をサチレーションフリーのELSDで検出

UV吸収のない化合物を精製する際、一定量でフラクションをすべて収集し、TLCで呈色試…

第48回ケムステVシンポ「ペプチド創薬のフロントランナーズ」を開催します!

いよいよ本年もあと僅かとなって参りましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。冬…

3つのラジカルを自由自在!アルケンのアリール–アルキル化反応

アルケンの位置選択的なアリール–アルキル化反応が報告された。ラジカルソーティングを用いた三種類のラジ…

【日産化学 26卒/Zoomウェビナー配信!】START your ChemiSTORY あなたの化学をさがす 研究職限定 キャリアマッチングLIVE

3日間で10領域の研究職社員がプレゼンテーション!日産化学の全研究領域を公開する、研…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP