第131回のスポットライトリサーチは、北海道大学電子科学研究所(西井準治教授)の藤岡 正弥 助教を紹介します。
藤岡助教の所属する西井研究室では、無機光学材料の光機能発現や、材料中のイオンや電子スピンの制御による新機能開発を目指した研究が行われています。
正直に言って筆者の理解の及ばない研究分野なのですが、プレスリリースでの「プロトン駆動イオン導入法」を説明する図があまりに美しいことに惹かれ、内容をもっと知りたいと思い今回インタビューさせていただきました。
(下のQ1にある左図と同じ)
M. Fujioka, C. Wu, N. Kubo, G. Zhao, A. Inoishi, S. Okada, S. Demura, H. Sakata, M. Ishimaru, H. Kaiju, and J. Nishii
”Proton-Driven Intercalation and Ion Substitution Utilizing Solid-State Electrochemical Reaction”
J. Am. Chem. Soc. 2017, 139, 17987. DOI: 10.1021/jacs.7b09328
なお本成果は、JACS誌のSupplementary Cover Art にも選ばれています。
藤岡助教は平成24年に慶應義塾大学にて博士(理学)を取得されたのち、物質・材料研究機構(NIMS)でポスドクをされ、平成27年より現在のポジションに着かれています。
研究室を主宰する西井教授から、藤岡助教に関するコメントをいただきました。
藤岡さんは、とても活発で好奇心旺盛な研究者です。同世代の研究者との交流の場を大切にし、常に自分の立ち位置、独自性を意識しながら研究に取り組んでいます。私の研究室で取り組んできた独特な物質合成プロセスに興味を持ち、それを上手に自分の得意分野に応用し、新たな研究領域に踏み出しました。私の研究室では固体科学における異分野融合研究によって新たな機能の発現を目指していますが、藤岡さんはそれを実践できる若手研究者です。自由な発想でのびのびと、個性的な研究に取り組んでもらいたいと思います。
西井準治
ではインタビューをお楽しみください!原著論文も、ぜひ合わせてごらんください。
Q1. 今回のプレスリリース対象となったのはどんな研究ですか?
本研究で開発したプロトン駆動イオン導入法は、イオンの玉突き現象を利用した新しい物質の合成手法です。図に示されるように、水素雰囲気中で高電圧を印加し、コロナ放電により発生したプロトンをイオン伝導体(イオン源)に打ち込みます。すると、イオン源からビリヤードのように別のイオンが飛び出し、ホスト物質に導入されます。これにより様々なイオンを物質に導入し、新しい材料をつくることができます。この方法は従来のイオン照射とは異なり、物質のイオン伝導特性を利用するため、結晶性の高い試料が合成できます。また、高電界を利用して、イオンを強制的に置換するので、準安定な結晶相を取り出すことにも成功しました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
もともとこの手法は、プロトン伝導性ガラスを開発する目的で研究が進められてきました。プロトン伝導性ガラスは、ガラスに含有しているナトリウムイオンをプロトンに置き換えることで合成されます。また、取り出されたナトリウムイオンはゴミとして処理していました。しかし、このナトリウムイオンを別の材料合成に使えないだろうかと考えたことが、プロトン駆動イオン導入法を開発するきっかけとなりました。ガラスの底面に層状物質であるTaS2を設置するだけで、TaS2にナトリウムイオンがインターカレーションされた時は驚きました。この段階では好奇心に素直に従っただけだったのですが、それが今回の成果につながったと考えています。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
プロトン駆動イオン導入法は新しい手法ということもあって、合成の最適化に大変な時間と労力を要しました。特に、銅イオンや銀イオンのような遷移金属イオンの導入では、試料界面でイオンが電子を受け取って金属化し、反応を阻害します。これをどう解決すべきか非常に悩んだのですが、結局のところ、パラメータを一つ一つ検証していくしかありませんでした。地道な作業でしたが、その作業を通して、今回の手法の大枠をつかみ、イオンを均質に導入する条件に辿り着きました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
私は科学の最前線には物理も化学もないと考えています。実際私の出身は物理学科で、これまで超伝導の研究をしてきました。今の研究室は化学科に属しており、プロトン伝導体やスピントロニクスの研究もしています。今回の手法は超伝導とプロトン伝導の双方の分野を覗いたことで初めて実現しました。自分の分野に固執せず、垣根を取り払って貪欲に知識を吸収することが、次の新しいアイディアを生むのだと思います。化学に限らずですが、様々な分野の人と広く関わることで、もっと多くの新しい材料を生み出すことができればと考えています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
今回の開発した手法には、まだまだ材料合成の可能性が秘められていると考えています。現状では1価イオンの導入に成功しましたが、次は2価イオンやヒドリドなどのマイナスイオンの導入を目指しています。そうなれば、材料合成の幅も格段に広がります。興味をもっていただける読者の方がいましたら、是非ディスカッションしていただければと思います。
最後に、本研究を遂行するにあたり、様々な助言と研究活動の場を提供して下さった西井先生、海住先生、そしてこのような研究紹介の機会を下さったChem-Stationスタッフの皆様に深く御礼申し上げます。
研究者の略歴
名前:藤岡正弥(ふじおか まさや)
現在の所属:北海道大学電子科学研究所
現在の研究テーマ:無機材料合成、超伝導、プロトン伝導
【略歴】
平成19年 慶應義塾大学理工学部物理学科卒業
平成21年 慶應義塾大学大学院理工学研究科修士課程基礎理工学専攻修了
平成24年 慶應義塾大学大学院理工学研究科博士課程基礎理工学専攻修了
平成24年 博士(理学)(慶應義塾大学)取得
平成24年~27年 物質・材料研究機構 NIMSポスドク
平成27年~現在 北海道大学 電子科学研究所 助教