[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

カーボンナノベルト合成初成功の舞台裏 (3) 完結編

[スポンサーリンク]

前前回 カーボンナノベルト合成初成功の舞台裏 (1) 、前回 カーボンナノベルト合成初成功の舞台裏 (2) の続きです。

前回、カーボンナノベルト前駆体の具体的な合成方法を紹介し、実際に多段階反応により環状化合物2(カーボンナノベルト前駆体)を得ています。(この環状化合物2の大量生産に関しては、合成方法確立の後にERATO経由で研究者が招集されて行われました。こういった事もERATOプロジェクトの特色の1つです。普通は化学系の学位を持った研究者が集められて行われており、効率に関してはまるで会社のようです)

Guillaume氏は、カーボンナベルト1を得るために前駆体2に対し、Naナフタレニド、Rieke Mg、Stille-Kelly反応、Ullmannカップリングなど、その他高圧水銀ランプ照射やフリーラジカル条件など多くの手法を試しましたが、良い結果は得られませんでした。

Ni触媒によるYamamotoカップリング反応で、ホスフィン配位子やビピリジン配位子などを用いた場合でも、その触媒効果は不十分でMALDI分子量検出できる程度であり、C-Br結合をすべて C-C結合にすることは困難でした。最終的には、反応温度を上昇させ、2当量の[Ni(cod)(bpy)] (cod: 1,5-cyclooctadiene, bpy: 2,2′-bipyridine)を添加することによってやっと1%程度の生成物1を得ることが出来ました。 これほど少量な化合物の分離に成功したこと、私は本当にGuillaume氏の洗練された手腕に感心します。

炭化水素1は、下図における7.52および8.27(それぞれH1, H2)に対称なピークを有します。(具体的な帰属のための計算は実際に論文を読んでみて下さい)HMQC(Heteronuclear Multiple Quantum Correlation)という、直接結合している水素と炭素を調べることが出来る方法に加えて、HMBC(Heteronuclear Multiple Bond Coherence)という、数結合離れている水素と炭素を調べることが出来る方法を使用し、C1、C4、C2、C3とH1、H2がそれぞれ図のように帰属されます。

当然ながら、NMRによって化合物1の構造が確かめられた後は、最も直接的な観測のために単結晶を用いてX線結晶構造解析を行います。実際、昨年の9月にカーボンナノベルト単結晶は得られたので、より一歩進んだ構造解析や、その他多くの物理化学的な性質を解析することになりました。これまでの所で、カーボンナノベルト合成に関する作業は一段落したといったところでしょうか。

その結果は以下の通りです。我々は各C-C結合の長さなどについて、カーボンナノベルト単結晶と[6]-CPPのデータを比較しました。その結果、minor状態における(下図参照)a環が芳香性を有すること、それ以上にmajor状態におけるb環がa環よりも芳香性を有しているということがわかりました。

カーボンナノベルトのベルト垂直方向は、[6]-CPPよりも剛性が高いこともわかりました。[6]-CPPのベンゼン環は一定のゆがみを有しておりその結果ベンゼン環が内側に向いてしまっているのに対して、カーボンナノベルトはより1に近い半径比であることがわかりました。すなわち、カーボンナノベルトのほうが[6]-CPPよりも一般的な”リング”に近いということです。それは、カーボンナノベルトの方が、よりカーボンナノチューブに似た結合をしているとも言えます。

ラマン分光分析の結果からは、カーボンナノベルトのradial breathing modeは268cm-1であり、これは[6]-CPPの値231cm-1よりも(6,6)-CNTの値281cm-1に近いことがわかりました。

その他、カーボンナノベルトの興味深い物理化学的な特徴は、明るい赤色の蛍光と独特の光学的性質です。将来的に光電材料として応用される可能性も秘めていますカーボンナノベルト合成の成功は、カーボンナノチューブの合成がもはや手の届かないものではないということを証明するものであり、それと同時にこういった物理化学的な分野で新たな時代を切り拓くものであると願っています。

さて、昨年9月にこの化合物の単結晶が得られ、カーボンナノベルトの合成に成功したことが確認されました。実験室全体が興奮した瞬間の映像をご覧ください(中国ではみれませんでした)。

私はこの映像をQQディスカッショングループに送った時のことを覚えています。皆、伊丹研究室の情熱的な雰囲気を感じているようでした。 ある人は「もし自分の人生が、素晴らしい仕事のために、そして恩師に拍手を送るためにあったのだとしたら、それはきっと悔いのない人生なのだろうな」と呟いていました。

伊丹先生がこの瞬間のために皆を集めた理由がわかりました。それは、化学の美しさを感じてもらうとともに、困難な道程の末に辿り着く達成感を味わってもらうためであったのです。そして、こういった仲間の偉大な業績と努力を、これから先の科学研究の原動力にしてもらいたかったのでしょう 。

 

関連リンク

Chem Station 中国語版からの翻訳・加筆記事です。

原文: 首次合成碳纳米带–背后的故事(三)完结篇 by JiaoJiao

Avatar photo

Eine

投稿者の記事一覧

音楽ゲームが好き。ナノメートルの世界で分子や電子の気持ちを考える日々

関連記事

  1. フラッシュ自動精製装置に新たな対抗馬!?: Reveleris(…
  2. Wileyより2つのキャンペーン!ジャーナル無料進呈と書籍10%…
  3. 1-ヒドロキシタキシニンの不斉全合成
  4. 米国版・歯痛の応急薬
  5. 有機配位子による[3]カテナンの運動性の多状態制御
  6. 二刀流センサーで細胞を光らせろ!― 合成分子でタンパク質の蛍光を…
  7. 糸状菌から新たなフラボノイド生合成システムを発見
  8. CV書いてみた:ポスドク編

注目情報

ピックアップ記事

  1. 化学Webギャラリー@Flickr 【Part2】
  2. エノールエーテルからα-三級ジアルキルエーテルをつくる
  3. ダン・シングルトン Daniel Singleton
  4. 位置およびエナンチオ選択的Diels-Alder反応に有効な不斉有機触媒
  5. GCにおける水素のキャリアガスとしての利用について
  6. 【2分クッキング】シキミ酸エスプレッソ
  7. 化学者のためのエレクトロニクス講座~無電解貴金属めっきの各論編~
  8. 化学研究ライフハック :RSSリーダーで新着情報をチェック!2015年版
  9. ムスカリン muscarine
  10. 化学を広く伝えるためにー多分野融合の可能性ー

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2017年12月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

注目情報

最新記事

植物由来アルカロイドライブラリーから新たな不斉有機触媒の発見

第632回のスポットライトリサーチは、千葉大学大学院医学薬学府(中分子化学研究室)博士課程後期3年の…

MEDCHEM NEWS 33-4 号「創薬人育成事業の活動報告」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

第49回ケムステVシンポ「触媒との掛け算で拡張・多様化する化学」を開催します!

第49回ケムステVシンポの会告を致します。2年前(32回)・昨年(41回)に引き続き、今年も…

【日産化学】新卒採用情報(2026卒)

―研究で未来を創る。こんな世界にしたいと理想の姿を描き、実現のために必要なものをうみだす。…

硫黄と別れてもリンカーが束縛する!曲がったπ共役分子の構築

紫外光による脱硫反応を利用することで、本来は平面であるはずのペリレンビスイミド骨格を歪ませることに成…

有機合成化学協会誌2024年11月号:英文特集号

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年11月号がオンライン公開されています。…

小型でも妥協なし!幅広い化合物をサチレーションフリーのELSDで検出

UV吸収のない化合物を精製する際、一定量でフラクションをすべて収集し、TLCで呈色試…

第48回ケムステVシンポ「ペプチド創薬のフロントランナーズ」を開催します!

いよいよ本年もあと僅かとなって参りましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。冬…

3つのラジカルを自由自在!アルケンのアリール–アルキル化反応

アルケンの位置選択的なアリール–アルキル化反応が報告された。ラジカルソーティングを用いた三種類のラジ…

【日産化学 26卒/Zoomウェビナー配信!】START your ChemiSTORY あなたの化学をさがす 研究職限定 キャリアマッチングLIVE

3日間で10領域の研究職社員がプレゼンテーション!日産化学の全研究領域を公開する、研…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP