今年もあともう少しですね。私は中国の大学院で研究を行っている日本人です。
このChem-Stationは日本では言わずと知れた有名化学ウェブサイトですが、日本だけでなく中国でも徐々に知られるようになっています。2014年からはじめた中国版の影響です。日本で博士を取得した中国人化学者を中心として、はじめは日本版の翻訳というところからはじまりました。現在では中国語版のスタッフも20名を超え、オリジナルコンテンツを配信するようになっています。かなりいい記事もありますので、逆輸入(翻訳)し、定期的に紹介することとしました。まずはじめは、今年の注目分子として名高い、カーボンナノベルトの記事について、紹介したいと思います。
2017年4月、名古屋大学の伊丹研究室、及びEratoの伊丹分子ナノカーボンプロジェクトが、カーボンナノベルトの合成に成功しました。
Synthesis of a carbon nanobelt
Guillaume Povie, Yasutomo Segawa, Taishi Nishihara, Yuhei Miyauchi, Kenichiro Itami. Science 2017, 356, 172-175. DOI: 10.1126/science.aam8158
このことは各メディアで大きく報じられ、友人たちからも多数報告を受けました。中国の科学系メディアである「材料人」「X-MOL」でもこの研究成果をニュースとして取り上げています。少々遅くなってしまいましたが、伊丹研究室、そしてChem Stationに所属する人間として、今回の研究に纏わる舞台裏のお話をさせていただきたいと思います。
Eratoとは
初めに、Eratoとは何かを説明しましょう。Eratoは、国の戦略目標の達成に向けた基礎研究の担い手として発足した、JST(科学技術振興機構)が実施するプロジェクトの1つであり、同機関内でも資金援助と科学先進に関して最も力が込められているものです。資金援助は6年から7年ほどであり、50歳未満の能力のある科学者が常に援助の獲得を争っています。Eratoの援助を受けている化学者というのは、すなわち日本でも大きな影響力をもつ化学者であるとも言えるでしょう。下の図で紹介しますが、Eratoのプロジェクトに関わっている人達の中には、東京大学の金井求さん、東北大学の磯部寛之さん、九州大学の安達千波矢さんなどがいます。興味のある方は、ぜひ彼らのプロジェクトについても調べてみてはいかがでしょうか。
伊丹氏のカーボンナノベルト研究について
それでは伊丹氏の研究について話していきましょう。研究プロジェクトのウェブサイトトップページの画像は、3色に分かれています。この3色は、このプロジェクトの大きな3つの方向性を示しています。赤色の画像は、分子ナノカーボンの設計と合成に関する研究。緑色の画像は、分子ナノカーボンの吸着性・磁性・光学特性などを利用した応用に関する研究。青色の画像は、新型分子ナノカーボンの構造や物理的・化学的特性に関する研究をそれぞれ表しています。つまり、合成から、性質解明、応用研究という3つの方向性を以って、分子ナノカーボンの未来を開拓していくのがこのプロジェクトです。この研究課題と目標は、1つの研究室がもつ規模を超えて非常に長期的なものとなっているため、多くの博士課程の学生やそれ以上の研究者を軸として完成するものになります。
同じく伊丹グループの人間として、私はポスドクとしてJSPS(日本学術振興会)の支援を受け、WPI-ITbM研究所(トランスフォーマティブ生命分子研究所)で化学生物学との共同研究に従事しました。EratoプロジェクトとITbMプロジェクトという大きな存在と、有機金属化学の3つの項目を合わせて、ようやく初めて伊丹グループになります。非常に大きな研究室で、最も多い時期は、6,70人もの人がいました。。。(グループパーティを開く時は、いつもどこも予約が出来ないです。)
メンバーはとても活発で、いわゆる典型的な日本人ではない人が多く、国際色も豊かでした。私も日本や中国出身以外の外国人、特に欧米出身の人達と友達になりました。今回のScienceにおける執筆者であるGuillaume Povie氏もその内の1人です。
彼は博士課程では有機ホウ素を用いたフリーラジカル反応の研究をしていたのですが、伊丹グループでは有機金属触媒を用いた巨大な共軛分子の合成に取り組みました。これはおそらく伊丹グループがポスドクに課した要求なのでしょう。挑戦的な課題であることを第一優先、研究の方向性を変えることを第二優先として、伊丹グループは新たな研究者を訓練させ、メンバーとして迎えています。素晴らしい研究者というものは、為すべきことを為す時期に、ゼロから開始できるような人のことであるため、ポスドクはそのために挑戦する良い時期であると考えているのでしょう。
どうしてこんなに喋ってしまったのでしょうか、本題であるカーボンナノベルトの話に戻りましょう。この物質は多くの読者にとって身近でないでしょうから、より良い理解のために、1991年に出現したカーボンナノチューブ(CNTs)というものについて話す必要があるでしょう。
例えば、下図左上の緑色で示した部分は、CNTsファミリーの内の大きな2名です。ここでは、Zigzag型とArmchair型が色付けされ表されています。(実は、キラルCNTという、更に複雑なCNT構造もあるのですが、ここでは省いています。)Zigzag型の最小単位は、右側に示されているcyclacenesとなります。これは1954年に提案されましたが、未だに合成されていません。Armchair型の最小単位は、左下灰色の場所で示されているcycloparaphenylene (CPP)となります。どうして同じCNTという物質の構成単位なのに、cyclacenesはCarbon Nanobeltsに属していて、CPPはCarbon nanoringsに属しているのでしょうかね?
ベンゼン環の単層で形成されたCPPとCycloacene、一つはリング、一つはベルト、どのように区別するのでしょうか?この解答は、既に伊丹グループでも公開されています。2つの定義は、以下の図で示されるように、シンプルで明確な理由に依ります。皆さん、わかりますね?ループ構造を破壊するために必要な、結合を切る最小回数です。1回ならリングで、2回以上ならばベルトとなります。
これら2つの分子は、カーボンナノチューブを構成する最小の「構成要素」とみなすことができます。このような環状分子をテンプレートとして、有機化学によってカーボンナノチューブを選択的に合成することができるはずです。
その中でも、CPPおよびその他のカーボンナノリングは、Jasti、Müllen、伊丹、Yamago、Isobe、などの化学者によって合成に成功してきました。どれも特色のある合成戦略を練っていて、非常に興味深いもので、研究として概ね成熟したものでしょう。皆さん必ずリンク先をチェックしてください!
対照的に、カーボンナノベルト(CNB)の合成は非常に困難です。シンガポール国立大学のJishan WU教授は、“After 60 Years of Efforts: The Chemical Synthesis of a Carbon Nanobelt” と題したプレビューをChemで発表しました。これは、69年間に及ぶ、カーボンナノベルト前駆体の構造特異的な熱力学安定性や、環ひずみと闘う、科学者の試行と失敗を綴ったものです。しかしながらそのような中で、とある人が新たな発想をもたらし、それがカーボンナノベルト合成界に新たなインスピレーションを湧かせることになります。そしてそれこそが、新たな時代の幕開けとなります。。。(続く)
本記事はChem Station 中国語版からの翻訳・加筆記事です。
原文: 首次合成碳纳米带–背后的故事(一) by JiaoJiao