本連載は、米国の大学院で Ph.D. を取得することを目指す学生が日記感覚で近況を記録するためのものです。今回は、留学に関する奨学金申請書に作成に関して、化学系学生による化学系学生のための記録を残します。
本記事の位置付け
奨学金申請に関して記事のネタになる項目はいくつかあります。
- 奨学金に関する一般的な情報(どのよう奨学金があるのか、あるいは奨学金を獲得する意味など)
- スケジュール管理などの事務的なノウハウ
- プロポーザルの書く際の技術
1 と 2 については、「大学院留学 奨学金 」とか適当に検索すれば情報を得られるので、あまり深入りしないことにします (ケムステ内でれば、次の記事を参照ください: ご注文は海外大学院ですか? ∼準備編∼)。
一言アドバイスをするなら、出せる奨学金は全て出すべきかもしれません。先に私の場合の結果をお伝えすると、4 つの財団の奨学金に申請して、幸いにも 1 つが書類審査で合格をいただきました。添削にご協力をいただいた方々、推薦書をいただいた先生方に御礼申し上げます。ただ、余裕を持って最高の出来栄えに仕上げた (つもりの) 申請書は通らず、締め切りが迫ったのでエイヤッと提出したものが通りました。このような経験から、最高のものを 1 つを仕上げるというよりは、手当たり次第応募する方がよいと思いました。また、各財団が求めている学生や奨学金自体の人気度も様々である気がしました (あくまでも私見です)。
さて、書類審査で 1 つ通ったといっても、実際に私の申請書のどんな点が評価されたのかはわかりませんし、3 つ落ちているので、当落線上ギリギリあるいは完全アウトな書類を書いていた可能性も否めません 。そして、今こんな記事を書いてはいるものの、まだ学部生の私にとって、このような申請書を書いた経験はほとんどありません。なので、私がノウハウをあれこれ話したたころで、間違ったテクニックを紹介する怖れがあるわけです。
そこで、もっと経験豊富なケムステスタッフ陣によるまとめ記事を宣伝します。
私は、このまとめの中の記事をいくつか読んで、申請書の作成に取り組みました 。特に学振申請のため記事を読むと、初めて申請書を書く学生にとって重要な基礎技術を学ぶことができます (参考: 学振申請書を磨き上げる 11 のポイント [文章編] ∼前編∼, ∼後編∼)。そこに書かれていることを真摯に受け止め、忠実に実行すれば、完成度の高い申請書が作成できるのではないかと思います。お疲れさまでした。
では、次回は、……..としても良いのですが、上述の記事中に書かれているノウハウを忠実に実行することが難しいのです。折角なので、この記事では、奨学金の申請書の作成の奮闘具合について、理系 (特に化学系) の目線から日記感覚で記録を残しておきます。(あくまでも個人の経験に基づく雑記なので、あまり鵜呑みすることはお勧めしません。)
準備編∼自分の将来に目的に見合う研究室を探す∼
まだ入学する学校も、配属される研究室も決まってないのになんの計画をすればいいんだよっ!
と、数ヶ月前の自分は嘆いていました。何のことかというと、留学先での学修・研究計画は、おおよそすべての申請書において必須項目なのです。
今振り返ると、中身のある申請書を作成するために最も大事であったことは、「将来の夢を見据えて、それに見合う研究室を探すこと/見つけていること」であったと思います。というわけで少し奨学金申請からは脱線しますが、研究室選びの際に注意したポイントを箇条書きにして紹介しておきます。
- ラボの卒業生は、自分の希望する進路に進んでいる?
- アカデミックを目指すなら、定年間際の先生よりも比較的若い先生のラボへ行った方がいい? 卒業後もつながりがあると便利。ただテニュアを取れそうかどうかや、お金を持っているかの調査が必要。
- アメリカ人が沢山いるラボに行く方が、こちらの人の考え方がわかる。現地の文化に触れたいなら、8 割が中国人のようなラボは不適当? (中国人が悪いという意味では決してありません)
- いい雑誌に論文を出している研究室に行った方が、どうすればそういった論文が出せるのか、学べる機会が増える。
- 企業であれ他大学であれ共同研究の機会があった方がネットワークを広げやすい。
- 大学ランキングは全てではないが、いい大学であれば設備はよく、優秀な学生が集まる。
- 将来性のあるテーマの研究が出来るといい。今勢いがあっても、10年も続けるとどんなテーマも疲弊する。
- あるいは、流行りに関係なく、自分自身の世界観を色濃く反映したテーマを選ぶ。 (参考:「優れた研究テーマ」はどう選ぶべき?)
生意気なことも書いてますが、たくさんの方からいただいたアドバイスなどを集めたものです。ぶっちゃけると、研究の世界をまだよく知らない私は、上に挙げた項目の多くについて、全く考えが及んでいませんでした。なんとなく留学に憧れるミーハー人間は、なんのために留学するかを考え直さなければなりませんでした。世界的に有名な研究室に潜り込みたいというナイーブな動機では、申請書の作成に耐えられません。
いろいろ考えた結果、最終的に第一希望の研究室やテーマを選んだ理由は、第六感や一目惚れ的な要素が決め手となりました (上の箇条書きのなかの 8)。そして、他のポイントについて目を向けることで、その分野で世界をリードしている研究室が、なぜそうであるのかを正しく理解でき、留学するための正当な理由を見つけることができました。もちろん、もともと取り組みたい研究が明確に定まっている、という人にとっても、本当に留学が必須かを問い直しておくと、よく練られた申請書が書けると思います。
というわけで、晴れて希望研究室が決まったということで、奨学金の申請書の書き方の話に戻ります。
実践編 1. ∼専門外にもわかりやすい、輝かしい研究計画を書く∼
誰でも優れた申請書を書けるチャンスがある
目的意識を持って希望研究室を心に決めた途端、筆が進むようになりました。優れた申請書を書くための材料はそろったと言っていいと思います。というのも、希望研究室の知見を拝借すればよいからです。現在の自分の研究環境や過去の実績は全く関係ありません。自分が惚れ込んだ研究の素晴らしさについてプレゼンし、そのラボの知見を使って何をしたいか、あるいはどんな風に発展させたいかを書けば完成です。具体的には、次のような手順で申請書の作成に取り組みました。
徹底的に文献調査をする
まずは研究の概要を書くために、研究分野の社会的影響と学術的意義を調査しました。第一志望の研究室のなかで取り組みたいプロジェクトの論文をいくつかピックアップして、特にイントロと結論を味わいながら読みました。注意が必要なのは、申請書の審査員は化学の専門家ではないことがほとんどで、場合によっては、文系の先生もいらっしゃいます。なので、学術的な内容よりも社会的な影響を中心に書きました。
もし社会への影響を論文中で見つけることができなければ、Reference にも目を通しました。また、その研究室が所属しているプロジェクトやセンターのウェブページ (例えばアメリカ国立科学財団 (NSF) が支援している Centers for Chemical Innovation Program の中のなんらかのプロジェクトのウェブページ) を確認すれば、一般向けの解説がありました。日本語が好きな方は、CSJ カレントレビューシリーズの本を手にしてみるのもよいかもしれません (参考: 学部生にオススメ: 「CSJ カレントレビュー」で最新研究をチェック)。私はこのレビューシリーズにお世話になりました。
Ph.D. 取得要件確認して、計画を練る
続いて、希望する大学院で開講されている Coursework や Program Requirements を確認しました。具体的には、必須科目は何個あるか, Teaching Assistant を何セメスターするのか, Qualifying Examination (Candidancy Examination) がいつあるかなどです。ここで調査したことは、学修計画を書くことが求められている場合に役立ちます。全ての申請書で求められるわけではありませんが、もし書くスペースがあれば、どのセメスターで何の科目をどんな目的で履修するかを表にまとめました (必要だったかはわかりませんが…)。
実践編 2.∼理系な留学理由を書く∼
研究計画と並んで、留学目的はほとんどの申請書において必須の項目でしたので、理系な留学理由の書き方について注意したことを紹介します。
私は、大学院の時期に世界の第一線で活躍しているアメリカの研究室へ留学し、研究者としての基礎を固めることで、一流の研究者になる。
この文は、留学目的として審査員の心に響くでしょうか。いかにも、野心的で意欲の高い目標のように見えます。しかし、留学を目指す人間のなかには高い目標や熱い熱意を持っている人間がゴロゴロいるのではないかと思います。根本的な留学目的はこれでも問題ないと思いますが (自分がそうだから否定できない…)、こんな風なことを申請書に書いたところで、他の申請者と差別化されない可能性があります。というわけで上の留学目的を批判しながら、改善点を探します。
研究室訪問をした際に、中国出身の Ph.D. 学生に「日本ならわざわざ留学しなくても、いい大学があるじゃん。なんでこっちに来たいの?」と言われました。つまり、よそから見ると、ただ一流の研究室で研究したいだけなら、日本の大学のそういった研究室を目指せばよいのです。また、一流の研究者になりたいと言っても、例えば現在日本でご活躍されている先生方のご経歴を見ると、学士・修士・博士を全て日本で取られている方は普通にいます。というわけで、上述の目標のために留学が必須かというと、疑問が残ります。くわえて、単に海外経験を得たいだけなら「博士号を取得した後にポスドクとして留学する」という選択肢もあるわけです。学位取得のための留学は本当に必要なのでしょうか。
以上のツッコミは、いろいろな方が申請書の添削をしていただくなかで、いただいた指摘です。「うーん、ごもっとも…」と思いつつ、だからといって、そんなことで留学を諦めるわけにはいきません。日本では獲得するのが難しく、かつ留学すれば得られるであろうスキルを探しました。また、アメリカと日本における大学院の制度の違いや環境に違いについて記述する作戦もあります (参考: アメリカ化学留学 “大まかな流れ 編”)。そのうえで、希望研究室がいかに将来のキャリアプランに適合しているかを示すと、説得力のある理由が書けると思います。
さらに、留学したいきっかけとなった、もっと内なる動機を書くために、自己分析しました。いくら留学先の研究室が素晴らしいことをプレゼンしても、「その研究をするために留学は本当に必要なの?」という質問はつきまといます。これに対してもっとも反論されにくいであろう私なりの答えは、「留学したいから留学したい」でした。研究分野の最先端がいくら海外にあるからと言って、「そうだ、海外へ行こう。」と思い立てるほどフットワークが軽い人は、稀だと思います。やはり、多くの人は、日本を出ることに心理的なハードルを感じます。そのハードルを超えさせてまで自分を動かす理由を自己分析し、その熱意を文章化すると審査員の心に響く申請書になるかもしれません。
振り返り
申請書の作成は、大変でした。そして、苦労して作成した書類が、ことごとく落ちるので、精神的にもきついです (私は幸運にも 1 つ通ったとはいえ、その 3 倍の回数落ち込みました)。また、私は高専の専攻科からの出願ということで、審査員の目に学歴のフィルターがかかってしまうかもしれないという不安もありました。しかし、最初から諦めてしまわずに、取り組んでみてよかったと感じています。具体的には以下の理由からです。
- 留学の目的が明確になった
- 留学先の研究内容を真剣に調べる機会になった
- 申請書を書く訓練になった
- Ph.D.課程の Requirement や研究内容を、具体的な未来として理解するようになった
申請書を書かなかったら、真面目に調べなかったのかよっ、とツッコまれそうですが、2000 words 程度の英語の研究計画を求められるものもありましたので、研究背景や展望まで広く調べる機会になったという意味です。個人的な意見ですが、財団側は面倒な書類を書かせることで、半端なやる気の学生を振り落とすと同時に、やる気がある学生には留学に対する心の準備をさせ、奨学生の候補を鍛えていたのではないかと、勝手に想像しています。実際、奨学金の申請書を書くために得た知識は、大学院の入学審査のエッセイに役立ちました。
一方で、反省している点は、研究計画において学術的な色が濃くなってしまったことと、第一希望の大学院と研究室以外について全く触れなかったことです。ただし、どの財団についても、合否の理由を公開していないので、そのことがよかった/悪かったということは全くわかりません。今後、留学を希望をされる方は、この記事を鵜呑みにするのではなく、他のブログなども参考されることをおすすめします。
ちなみに今は、書類審査の合格を頂いた財団の面接を終え (合格通知はまだ)、志望大学院への出願も終えているので、待つのみという状態です。というわけで次回は、出願書類の中で日本人にとってもっとも取っつきにくいであろう、エッセイとの勝負についてお届けします。
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