第122回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻(豊田研究室)助教の本多 智 先生です。
豊田研究室では、生命有機化学研究室という名の通り、”生命らしさ”をもつ有機分子集合体を「創って理解する」研究が展開されています。有機分子をマイクロメーターサイズまで集合化し、その分子の化学反応や動きをトリガーとして有機分子集合体のダイナミクスを誘導します。そうすることで、階層化した時間発展システムや、階層化した機能をもつ物質をつくりあげています。有機化学の立場から、生命システムや生命起源を理解しようとするアプローチを力強く進められています。
今回紹介させていただく本多先生は、光刺激に応答して形状を変化させる新たな高分子を合成しました。光によって結合の切断と再形成が起こるデザインを高分子に組み込み、望みの形状変化を生じさせることに成功しています。
本多先生の成果はこの度Nature Communications誌に掲載され、プレスリリース「光刺激を与えるたびにナマコのように繰り返しドロドロになる高分子の合成」としても発表されました。
Satoshi Honda, Taro Toyota
”Photo-triggered solvent-free metamorphosis of polymeric materials”
Nature Commun. 2017 DOI: 10.1038/s41467-017-00679-1
研究室主宰の豊田先生から、本多先生についてコメントをいただいております。
研究室メンバーはそれぞれ,生き物のもつ機能にせまる人工物質を創り,分子の集合体が織りなす高次機能という観点で,“生命らしさ”の本質に関心をもって研究しています。本多さんは,何をどう創ったらよいだろうか,という化学の根本について普段から気さくに話かけてくれ,メンバーを盛り上げてくれています。生命起源や生命システムについて人工モデルを化学で創って考えてみたい方,単細胞生物・多細胞生物の機能に迫るオリジナルの高機能分子装置を創りたい方,研究室で私たちと一緒に活動してみませんか?
豊田 太郎
プレスリリースはキャッチーなタイトルのものも多いですが、今回のタイトルもまた、目のとまる素敵なタイトルですね。インタビューと合わせて、ぜひプレスリリース・原著論文も読んでみてください!
Q1. 今回のプレスリリースの対象となったのはどんな研究ですか?
わたしたちは、光刺激で網目状と星型の高分子形状を繰り返し組換えることで、溶媒成分を使用することなく流動化・非流動化させられる材料を開発することに成功しました。
熱刺激以外の外部刺激によって物質の流動状態を制御する方法には、従来、光応答性分子の融解・結晶化や、ゾルゲル転移がありました。しかしながら、一般に低分子物質には、高分子物質のような側鎖の改変を通じた機能化と粘弾性の制御が困難です。一方、ゲルには粘弾性を制御できる利点がありますが、溶媒が蒸発して性質が変化する問題があります。ごく最近、光応答性側鎖を持つ高分子に光刺激を与えるとガラス転移温度が変化し、流動状態を制御できることが報告されました。ところが、この高分子には側鎖の改変を通じた機能化の余地がほとんど残されていません。
それに対して、わたしたちは光刺激によって分子鎖を切断・再形成し、網目状と星型の高分子形状を組換える方策を着想しました(図1a)。具体的には、ヘキサアリールビイミダゾール(HABI)を分子鎖中に導入した網目状ポリジメチルシロキサン(PDMS)を合成し、UVをあてることで星型PDMSとの間で高分子形状を組換えました(図1b)。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
工夫した点:安価な原料、大スケール合成に適した反応の選択、および幅広い用途で実績のある高分子種の適用、の三点を兼ね備えた材料・合成法とするための研究の設計です。それでも、実はまだ改良の余地が一点あります。重合開始点をアルコールとした都合、生成した高分子にはシリルエーテルが含まれ酸に弱くなります。これをなくすための工夫も考えています。
思い入れについて:わたしがこの研究で本当にやりたいことは、ターミネーター2あるいは最近ではターミネーター:新起動/ジェニシスに登場するT-1000のような材料を作ることです。T-1000は変形自在の悪役アンドロイドで、攻撃されて傷ついても液状化して修復し、人が通れないような狭い隙間でも自在に変形して通り抜けることができます。わたしは、幼い頃に映画館で見たT-1000の機能の一端を物質科学の観点から再現したくなり、この研究を始めました。実際に、光を照射した部分の材料のみが流動し始めたときには感動しました(図2)。したがって、材料の機能をいかにT-1000に近づけられるか、と追求したところに思い入れがあります。残念ながら論文のイントロにはそんな思い入れを書くことはできませんので、ここに書くことにしました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
本研究テーマには、意図した部分のみを無溶媒下・室温で流動化・非流動化させることができ、かつ粘弾性をも制御可能な物質を、側鎖に機能化の余地を残した安価な高分子材料で簡便に作るという目標を課しました。これが予想以上に大きな制約でした。妥協してゲルの研究にすることも考えましたが、「いつの間にか溶媒が蒸発してT-1000が道端のミミズのように干からびていたら、シュワちゃんの出番はなくなるぞ」と自分に言い聞かせました。
結果的には、室温でも流動性のある星型PDMSを合成できたことで研究に弾みがつきました。また、1960年にお茶の水女子大学の林教授のグループによって発見されたHABIが今回の研究目的によく合致しました。HABIの研究は、青山学院大学の阿部教授のグループによる高速フォトクロミズムをはじめ、現在でも精力的に進められています。また本研究では、PDMS自体に流動性・分子鎖の運動性があるため、無溶媒でもネットワークの切断・再形成反応が進行すると考えました。加えて、無溶媒であることは究極の濃厚条件ともいえるので迅速な反応性も期待しました。これらが見事に的中して、何とか困難を乗り越えられました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
チャレンジ精神を忘れず、楽しみながら、地に足をつけて、夢のある研究に取り組んでいきたいです。頑張って設計した物質が思い通りの機能を示したなら、その感動をもって更なる高みを目指していきたいと思います。
ところで、大学生時代からの友人でもある東京工業大学の石割文崇先生が、以前の記事で『漫画「キャプテン」(ちばあきお)の谷口キャプテンのような努力のリーダー像に憧れています』と書かれていました。
わたしは、漫画「シュート!」(大島司)の久保嘉晴のようなリーダー像に憧れています。学生が合成で困っているとき、なかなか精製がうまくいかないとき、そしてデータの解釈が困難を極めるときに、「伝説をつくろう」と鼓舞したいものです。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
シリコーン樹脂には人工皮膚としての応用実績があります。より人間の皮膚に近い質感を持ちながら、光刺激によって自在に変形する材料を開発することができれば、次はいよいよロボット技術と融合させてT-1000を作るステージになると考えています。ご興味がある方やこの記事をお読みの学生の皆さん、一緒に創り出して世の中を驚かせてみませんか?熱意を持って研究できる方を歓迎します(豊田研HP)。また、T-1000のような物質に興味がありロボット技術に精通した先生方・研究者の方々からのご意見もお待ちしています。
最後になりましたが、株式会社アントンパール・ジャパンの梶田康仁さんと篠崎有一さんには光反応と組み合わせたレオロジー測定で御協力頂き、決定的なデータを得ることが出来ました。この場を借りてお礼申し上げます。また、沢山の有益なディスカッションをしてくれた研究室メンバー、そして幼き日に映画館でターミネーター2を見せてくれた両親に感謝します。
研究者の略歴
名前:本多 智(ほんだ さとし)
博士(工学)、東京大学助教
1984年11月、神奈川県生まれ。東京工業大学卒業(2008年3月)。東京工業大学博士後期課程修了(2013年3月)。東京理科大学嘱託助教(2013年4月–2015年6月)を経て2015年7月より現職。千葉大学フロンティア医工学センター特別研究員兼任(2016年10月–)。生体分子とその集合体を有機・高分子ソフトマテリアルによって模倣し、新物性・機能を持つ材料を創製することに従事している。趣味はジャズ(聴くほう)と格闘技(やるほう)、生きがいは美味しい酒と料理を堪能すること。最近、Twitter(@Polyhonda)で少しずつつぶやき始めました。
参考
T-1000:https://ja.wikipedia.org/wiki/T-1000
シュワちゃん:https://ja.wikipedia.org/wiki/アーノルド・シュワルツェネッガー
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