最近、学内で聞いた講演がとても興味深かったので紹介します。
講演者は、トロント大学のShana O. Kelley教授で、DNAを鋳型としたナノマテリアルや、特定の細胞・生体分子を検知するバイオデバイスの研究を中心に活躍されています。MIT’s Technology Reviewのトップ100イノベーター (2004) にも選ばれている先生です。
Shana O. Kelley教授(写真はKelley研究室のページより。)
本記事で取り上げる論文はこちら。
“Tracking the dynamics of circulating tumour cell phenotypes using nanoparticle-mediated magnetic ranking”
Poudineh, M.; Aldridge, P. M.; Ahmed, S.; Green, B. J.; Kermanshah, L.; Nguyen, V.; Tu, C.; Mohamadi, R. M.; Nam, R. K.; Hansen, A.; Sridhar, S. S.; Finelli, A.; Fleshner, N. E.; Joshua, A. M.; Sargent, E. H.; Kelley, S. O.
Nat. Nanotechnol. 2017, 12, 274.
1. 研究背景
CTC(血中循環腫瘍細胞、circulating tumor cell)という言葉をご存知でしょうか?
これは、ガン化した組織から遊離して、血液の中を循環しているガン細胞のことです。[1, 2]
ガン細胞は、組織から離れ血管内に入ると、ほとんどが自己免疫系によって攻撃され、死滅してしまうのですが、ごく少数が生き残り、ppb(10億分の1)の濃度で血中を循環します。このCTCは、ガンの転移にも関わると考えられており、CTC上に発現しているバイオマーカーや、遺伝子変異などの研究が盛んに進められています。
しかしながら、CTCは血液10 mL中に数個~数十個ほどしか存在しないため、他の血中細胞が多数含まれる血液サンプルからCTCを選択的に取り出すことはとても困難です。バイオの分野では、蛍光標識を利用して細胞を選別するFACS (fluorescence activated cell sorting) という手法がよく用いられますが、血中のCTCを選別できるほどの感度や分解能はありません。
2. 磁性ナノ粒子による細胞の捕捉
そこで、Kelly教授らのグループは磁性ナノ粒子を用いてCTCを選別する手法(MagRC, magnetic ranking cytometry)を開発しました。
用いられた手法は以下の通りです。
- 血液中のガン細胞を、抗体つき磁性ナノ粒子で標識する。
- マイクロ流体デバイス(図2)に血液サンプルを流す。
- 流路にあるX型の構造(黄)により、細胞が捕捉・選別される。
この手法の鍵となるのは、マイクロ流体デバイス内に作られた構造です。X型の構造(図2, 黄)の中心には、ニッケルでできたマイクロ磁石が配置されており、細胞上の磁性ナノ粒子と相互作用します。このマイクロ磁石の大きさを、流路の入り口から出口にかけて大きくしていくことで、細胞と流路の相互作用をコントロールすることができます。
細胞表面に標識した磁性ナノ粒子量が多い場合、Niマイクロ磁石と細胞の相互作用が強くなるため、図3 (i)のように細胞の捕捉領域が大きくなります。逆に、細胞上の磁性ナノ粒子量が少ない場合、図3 (ii) のように細胞の捕捉領域が小さくなります。この原理によって、磁性粒子積載量の異なる細胞を、マイクロ流体デバイス上で分離することが可能になります。
磁性ナノ粒子の積載量は、細胞上に発現しているバイオマーカーの量に比例するので、細胞表面の特性の違いによって細胞を選別できるようになります。
3. 上皮細胞接着因子(EpCAM)の発現量によるガン細胞の選別
Kelleyらは、まずこのシステムを用いて、異なるガン細胞を選別できるかどうか実験を行いました。ターゲットとしたのは、MCF-7、SKBR3、PC-3、MDA-MB-231という4種類のガン細胞です。これらの細胞での発現量がよく調べられている、上皮細胞接着因子(EpCAM)をマーカーとして選別を行いました(図4)。
それぞれの細胞をMagRCに流すと、4種のガン細胞が、デバイス中の異なるゾーンに分布しました。MCF-7は、流路の入り口に近い側(=Zone numberが小さく、Ni磁石が小さい側)で捕捉されることから、EpCAMの発現量が大きいことが示唆されます。一方で、PC-3やMDA-MB-231は、流路の出口に近い側で捕捉されることから、EpCAM発現量が小さいことが示唆されます。実際、フローサイトメトリーによりこれら4種の細胞を選別すると、EpCAMの発現量はMagRCの結果と一貫していることが分かります(図4、inset)。特に注目すべきなのは、フローサイトメトリーと比べると、MagRCではかなり高い分解能が得られていることです。
4. 血液サンプルにおけるガン細胞の捕捉
上記では、単一の細胞のみを含むサンプルで実験を行っていますが、実用化においては赤血球や白血球などが混じった血液サンプルにてガン細胞を分離することが必要です。そこで、Kelleyらは、ヒト全血を用いて、EpCAMを標的分子とした細胞選別を行いました。
図5は、全血(またはPBS)1 mLに対し102または104個のガン細胞を混ぜ、MagRCとフローサイトメトリーで細胞分離を行った際のプロファイルを表しています。フローサイトメトリーを用いた場合では、PBSサンプルにおいても、ガン細胞数が少ない場合(102個、右上の図のinset)にはシグナルが得られていません。全血中においても、バックグラウンドシグナルのみが得られ、ガン細胞が検知できていません(図5、右下)。
一方で、MagRCを用いた場合では、1 mL中に102個しか含まれないガン細胞をうまく分離できています。図5の左側上下のグラフから分かるように、PBS中・全血中いずれにおいても細胞が検出されており、これらの細胞がガン細胞以外の血中細胞でないことが確認されています。
5. ガン患者の血液分析
さらにKelleyらは、MagRCを用いてガン患者の血液サンプルの分析も行いました。転移性去勢抵抗性前立腺ガン(mCRPC)と、限局性前立腺ガン(localized prostate cancer)の患者からそれぞれ血液サンプルを採取し、ガンの悪性度を示すグリーソンスコア(P1-P14)ごとにプロファイルを描きました(図6)。
左右の図を比較して分かるように、mCRPC患者(左)ではEpCAM発現量がどの患者でも低いのに対し、限局性前立腺の患者(右)では、患者ごとに違いが見られ、Gleasonスコアが大きくなるにつれCTCのEpCAM発現量が減っています。これは、転移性のガンになると、細胞が上皮の性質を失って間葉へと転換する(EMT)際に、EpCAMの発現量が減るという考えに一致しています。[3, 4]
6. おわりに
今回取り上げた磁気ナノ粒子による細胞選別法MagRCでは、血液中にごく微量にしか含まれないガン細胞を表面特性によって分離し、取り出すことができます。この手法は、EpCAMに限らず多様なマーカー分子にも応用でき、今後のガン転移の研究に大きく貢献することが期待されます。
参考文献
- Plaks, V.; Koopman, C. D.; Werb, Z. Science2013, 341, 1186. DOI: 10.1126/science.1235226
- Alix-Panabières, C.; Pantel, K. Nat. Rev. Cancer 2014, 14, 623. DOI:10.1038/nrc3820
- Santisteban, M. et al. Cancer Res. 2009, 69, 2887. DOI: 10.1158/0008-5472.CAN-08-3343
- Yu, M. et al. Science 2013, 339, 580. DOI: 10.1126/science.1228522