先日、G. Stork教授の論文に関するポストがありました。御年95歳という研究者でありながら、学術論文をまだ出版できるというバイタリティーは敬服に価すると思います。
化学の論文を書くためには実験のデータというのが必要になることが多いので、その研究をするための資金を稼いでこなければならず、ご高齢になるとそれが一種のハードルとなるのでしょう。そう誰もが死ぬまで研究者として論文を生産し続けることができる訳では無いのです。
そこで、今回のポストでは、ご長寿化学者について調査してみましたので報告させていただきます。
なお、今回の調査はかなり難航しまして、間違い、漏れなどがあるやもしれませんので、「おいおいあのお方を忘れているぞ」とお気づきの方はぜひ情報をお寄せ下さいますようお願い申し上げます。
調査方法はWikipediaで100歳以上の科学者リストを参考に片っ端から最新論文をSciFinderおよびPubMedで漁って、当時の年齢を調べるというものです。論文は原著論文として、アカウントや書籍は除外しました。調査は2017年10月9日に行っております。
Best 3!
その結果、(筆者が調べた限りでは)最もご高齢で論文を出版した化学者は、フレッド・クメロー (Fred August Kummerow, 1914年10月14日-2017年5月31日, 享年102)と結論づけました。その論文がこちら
Lovastatin reversed the enhanced sphingomyelin caused by 27-hydroxycholesterol in cultured vascular endothelial cells.
Zhou, Q.; Luo, A.; Kummerow, F. A.
Biochem. Biophys. Rep. 5, 127-133 (2015). doi: 10.1016/j.bbrep.2015.11.024.
出版の日付が2015年12月3日なので、101歳2ヶ月のときの論文となっています。
フレッド・クメロー 画像はHerald&Reviewより
クメローはドイツ生まれの米国の生化学者で、イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校にて、お亡くなりになる前年まで研究室をかまえていたようです。102歳7ヶ月でお亡くなりになっていますので、正に最後の最後まで研究をしていたことになります。クメローの主な業績としては、食品に含まれるトランス脂肪酸が健康によろしくない(心臓病)ということを主張し続けたというもので、2013年にはFDAに対する訴えを起こしたりしています。その後FDAも食品にトランス脂肪酸が含まれない方向に規制する方向転換をするなどしています。
晩年は(100歳超えてから!)心臓ではなく、パーキンソンやアルツハイマー病の方向にシフトしたようです。ご自身がこれだけ長生きするのですから、トランス脂肪酸悪玉説にもそれなりに説得力がありますね。
生化学って化学っぽくないかなーとも思えなくもないというそこのあなた。次点はアダム・ビエランスキ (Adam Bielański, 1912年12月14日-2016年9月4日, 享年103)です。その論文は、
Reduced copper salt of Wells–Dawson type heteropolyacid as a bifunctional catalyst.
Filek, U.; Bielańska, E.; Socha, R. P.; Bielański, A.
Catal. Today 169, 150-155 (2011). doi: 10.1016/j.cattod.2011.02.068
出版日2011年7月1日ということで、99歳6ヶ月の論文となる計算です。
アダム・ビエランスキ 画像はこちらより
ビエランスキはポーランド生まれ(出生時はオーストリア=ハンガリー帝国)の無機化学者で、ポーランド最古の大学であるヤギェウォ大学に所属しており、この論文の内容もそうですが、ポリ酸の触媒作用について研究していたようです。
お二方も素晴らしい化学者ではありますが、ビッグな賞を取るような化学者としては、続く3位にジョエル・ヒルデブランド (Joel Henry Hildebrand, 1881年11月16日-1983年4月30日, 享年101)が登場します。その論文は、
Is there a “hydrophobic effect”?
Hildebrand, J. H.
Proc. Nat. Acad. Sci. U.S.A. 76, 194 (1979). DOI:10.1073/pnas.76.1.194
出版日1979年1月1日から、97歳2ヶ月のときの論文です。
ジョエル・ヒルデブランド 画像はAIPより
ヒルデブランドは米国の物理化学者で、カリフォルニア大学バークレー校の教授でした。著名な業績としては、正則溶液における溶解度パラメーターにその名前が残っております。1962年にはプリーストリーメダルを受賞するなどしています。米国化学会では彼の名を関したJoel Henry Hildebrand Award in the Theoretical and Experimental Chemistry of Liquidsという賞が設けられています。100歳を超えても学部生に対する教育は行っていたとのことです。
そしてこれから・・・
と筆者が調べた範囲ではこれくらいとなりましたがいかがでしょうか?盲点になりそうなのは、100歳未満で亡くなっていて召される直前に論文が出版されているパターンで、その方は見落としていると思います。
ノーベル化学賞受賞者でもご長寿な方はいらっしゃるので、その最後の論文を調べようと思ったのですが、100歳オーバーもしくはそれに近い方はそう多くないようで、圏内には入っていないと思われます。現在ご存命の最年長は、1997年の受賞者である、ポール・ボイヤー(Paul Delos Boyer、1918年7月31日- )およびイェンス・スコウ(Jens Christian Skou、1918年10月8日- )の99歳コンビです。同い年で同時に受賞しているんですね。残念ながらリタイアしておられるようですので、これからの出版はなさそうですね。
それでは現役の化学者で記録を塗り替える可能性のある方はいないのでしょうか?当然先日の記事で紹介されたStork教授はまだまだ可能性ありですね。無理と言わずにぜひ更新していただきたいものです。
2017.10.25追記
Stork教授が2017年10月21日にお亡くなりになったそうです。大変残念です。
ご冥福をお祈りいたします。
では日本人ではどうでしょうか?
高分子化学者の大阪大学名誉教授村橋俊介は2009年に101歳でお亡くなりになっていますが、ずいぶん前に引退されておりました。日本人で100歳オーバーで現役だった方はいないようです。ご存命の方ですと、私が知る限りでは、中西香爾コロンビア大学名誉教授 (1925年5月11-)がいらっしゃいます。最近以下の論文が出ておりました。
Identification of ginkgolide targets in brain by photoaffinity labeling.
Kawamura, A.; Washington, I.; Mihai, D. M.; Bartolini, F.; Gundersen, G. G.; Mark, M. T.; Nakanishi, K.
Chem. Biol. Drug Des. 89, 475-481 (2017). DOI: 10.1111/cbdd.12883
2016年11月10日付けの出版なので、91歳6ヶ月の記録となっております。残念ながら中西先生のグループがメインの仕事をしたというものではないようではありますが、ぜひ記録を伸ばしていっていただきたいですね。ちなみに中西先生と言えばまっ先にギンコライドを思い出す筆者としては印象に残る論文です。
実は中国の方もリストにはあったのですが、同姓が多くて挫折しております。申し訳ございません。世界最高齢で大学教授であったのは、南京大学のZheng Ji (1900年5月6日–2010年7月29日) で、110歳までそのポジションがあったようです。ただし、研究者というよりは教育者の側面が強いのかもしれません。論文については調査しきれませんでした。
さて、いかがでしたでしょうか?我々も負けていられませんね。皆さんもバリバリ論文書かなくてはいけませんね!
筆者の引退はまだ先(の予定)ですが、よく考えてみれば研究者としての一歩を踏み出した時から現在までと、今から引退までの時間はそう変わらないんだなーと思うと、ご長寿の現役研究者をうらやましく思ったりしました。
こんな調査してる暇あったら論文書けばよかったな・・・とか後悔してはいませんけどね。科研費の申請書という現実から逃げるためにやったのは内緒です。