第124回のスポットライトリサーチは、金沢大学 理工研究域物質化学系錯体化学研究分野(錯体化学・超分子化学)秋根茂久研究室助教・酒田陽子先生にお願いしました。
秋根研究室では、金属と配位子の間の可逆的な相互作用に着目し、大きな金属錯体の自発的形成や動的な構造変換を可能にする精密な設計とその合成が行われています。
今回、論文の筆頭著者の酒田先生は、取り込むイオンを自在に制御できる金属錯体の合成に成功しました。本成果はNature Communication誌に報告され、プレスリリースとしても取り上げられています。
Anion-capped metallohost allows extremely slow guest uptake and on-demand acceleration of guest exchange
Y. Sakata, C. Murata, S. Akine
Nature Communications 2017, 8, 16005. DOI: 10.1038/ncomms16005
酒田先生について、秋根茂久先生からコメントを頂いております。
酒田さんには、私が研究室を持って最初のスタッフとして来てもらいました。明るく快活な印象の女性で、立ち上げ期の研究室の雰囲気づくりに大きく貢献してくれています。その印象を、彼女の出身研究室の指導教員である東京大学の塩谷光彦先生に話すと、「元気すぎて…」という謎めいた返事が返ってきたのですが、感情を前面に出しすぎて失敗することも含めて、考えたことを実行に移せるその行動力が科学者としての魅力なのだと思います。研究チームとして研究を推進していくうえで、新しい分子を考えて作る喜びをメンバー同士で共有でき、面白い現象を見つけたときに感動を共有できることが、一番大事なことだと思いますが、私の研究室内で彼女がまさにそれを支えています。そうして生み出された研究の面白さは、より多くの人に伝わります。今後も独創性のある分子を作りだして次世代の研究者に新しい感動を伝えてほしいと期待しています。
それでは、本成果をご覧ください!
Q1. 今回スポットライトリサーチの対象となった研究を簡単にご説明ください。
本研究では、キャップを取り替えることで、ゲストの出入りを自在に制御できる分子の容器を開発しました。
クラウンエーテルに代表されるような人工ホスト分子がこれまでに多く開発されてきましたが、一般的な人工ホスト分子はゲスト分子を取り込むのに要する時間が1/1000秒以内と人間の目で見ると一瞬です。一方、本研究で開発したクラウンエーテル様の空孔を持つ金属錯体型環状ホスト分子は、上下にアニオン性のキャップを取り付けることで、そのゲストの取り込み速度が遅くなることがわかりました(図1)。特に、ランタンイオン(La3+)の取り込みについては100時間以上を要し、トリフラートのキャップの導入により効果的にゲストの出入りを抑制することができました。さらに、二種類のゲスト(K+, La3+)が存在している状態で、キャップをトリフラートから酢酸イオンへと取り替えることで、望み通りのタイミングでゲストの出入りを開始させることに成功しました(図2)。
本研究は、「ゲストの取り込みの速さ」という速度論的な観点から「時間」と「機能」をリンクさせた研究であり、今後必要な場所、必要なタイミングで機能性分子を働かせたり、分子機械を駆動するために重要な基盤技術として発展すると考えています。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
正直なところを申しますと、この研究を始めた当初はこの分子でここまで面白い結果が出るとは全く予想していませんでした。秋根研究室としても一年目で四年生のテーマということもあり、比較的な合成が簡単なものから始めようということで、このホスト分子の研究をスタートしました。この結果が出てから、その後様々な誘導体を合成していますが、メチルアミンが軸配位子として配位していないと、今回のようなホスト・ゲスト特性が出ない事が最近分かってきまして、結果的に本論文で合成したホスト分子が優れた分子であったという感じです。研究室の立ち上げ期で研究環境も万全とは言えない中で頑張って、卒業研究の一年間で論文投稿に必要なほとんどのデータを出してくれた村田千穂さんには心から感謝したいと思います。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
実験的な面では、酢酸イオンがキャップとして配位したLa3+包接体の結晶出しです。「キャップが交換するとイオンの交換が加速される」と主張している本論文において肝となるデータですので、何度もトライして結晶を出しました。後にも先にも一度しかまともに解析できる結晶が出なかったので、今となっては奇跡の一粒だったなと思っています。
実際に最も時間がかかったのは、予想外に得られた面白い結果をどう論文に表現するかということです。本研究の成果は、ともすれば「外部刺激を与えると、二つのゲストが交換した」という単純な話に落ち着いてしまいかねません。我々は、このゲスト交換のメカニズムが今までに無い新しい現象であるという確信がありました。過去の関連論文を徹底的に調べ、秋根教授とも何度もディスカッションを重ね、半年ほどかけてストーリーを練りました。「何となく面白い」を「こういう理由で面白い・新しい」にする作業は本当に難しいなとこの論文を通じて改めて感じました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
まずは、化学者として研究を楽しみ続けていきたいです。私は超分子化学という境界領域で学位を取得しました。境界領域のバックグラウンドがあるからこそできる研究とは何だろうといつも考えていますが、まだ完全な答えは出ていません。また「新しい分子」を作ることに興味があり、新しい分子・材料こそが様々な分野でのブレークスルーになるのではと思っています。自分だからこそできる研究を展開し、それが将来的に世の中に役に立つ研究となればと思っています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
ChemStationに我々の研究を取り上げていただき大変光栄に思っております。研究は大体予想した通りにいかないものですが、個人的にはそれが研究の醍醐味であると感じています。予想外の結果が出たときに、凹まずに「世紀の大発見かも」と思って楽しんで研究していきましょう(大抵はそうではないですが、、、)。
最後に、本研究を遂行するにあたり多くの助言をいただきました秋根茂久教授に深く感謝申し上げます。
関連リンク
•金沢大学 理工研究域錯体科学研究分野(錯体科学・超分子化学)秋根茂久研究室
•キャップ付きの分子の容器を開発 〜イオンの出入りを自在にコントロール〜 (金沢大学プレスリリース)
研究者の略歴
酒田陽子
所属:金沢大学理工研究域物質化学系秋根研究室助教
専門:超分子化学、錯体化学