酵素は、基質と複数点で相互作用することにより、化学反応を厳密にコントロールしています。
通常のフラスコ内での有機反応では中間体が不安定で目的の反応が進行しにくいという場合でも、酵素を用いれば多点相互作用により中間体が安定化され、効率良く目的の生成物を得ることができます。
これは、競合する副反応がある場合にも便利で、目的の反応が進行しやすいように酵素が基質のコンフォーメーションを保持してくれるため、選択性の高い反応が行えます。
カリフォルニア工科大学のFrances H. Arnold教授らのグループは、この「酵素」を、”directed evolution(指向性進化)”と呼ばれる手法で進化させ、活性を巧みに操作することで、創薬などに有用な有機反応の開発に取り組んでいます。今回は、Arnold研究室からScience誌に報告された「酵素触媒によるアンチマルコフニコフ選択的アルケン酸化反応」について紹介します。
“Anti-Markovnikov alkene oxidation by metal-oxo–mediated enzyme catalysis”
Hammer, S. C.; Kubik, G.; Watkins, E.; Huang, S.; Minges, H.; Arnold, F. H.
Science 2017, 358, 215. DOI: 10.1126/science.aao1482
1. アンチマルコフニコフ選択的アルケン酸化の難点
アンチマルコフニコフ酸化によって得られるカルボニル化合物は、末端にヒドロキシ基やアミノ基、カルボキシル基を持つ化合物などの前駆体となるため、産業利用において非常に重要です。
しかしながら、アルケンの酸化においては、一般にマルコフニコフ則に従いケトンが生成されてしまったり、エポキシ化合物が生成されたりしてしまいます(図1)。
これまでに、パラジウム触媒を用いた選択的Wacker-Tsuji酸化反応によりアンチマルコフニコフ型生成物が得られる例がいくつか報告されていますが、ターンオーバーの低さや基質と等量の酸化剤が必要となることが問題となっています。[1]
2. Directed EvolutionによるシトクロムP450の活性改変
ヘム鉄を持つ酸化還元酵素、シトクロムP450(以下、P450)は、様々なアルケンをエポキシ化合物へと酸化することが知られています。Arnoldらのグループは、P450が副反応としてアンチマルコフニコフ型酸化を起こす例があることに着目しました。
彼らが最初に用いた野生型のP450LA1では、上図の反応サイクルにおいてエポキシ化(青字;(i)→(ii))が優先され、速度論的に不利なアンチマルコフニコフ型酸化(赤字;(i)→(iii)→(iv)→(v))はあまり進行しません(55%以上がエポキシ化)。そこで、Arnoldらは、directed evolutionという遺伝子工学的手法を用いて、P450LA1の酵素活性の改変を行い、アンチマルコフニコフ型酸化を選択的に行う酵素触媒を作り出しました。
Directed evolutionとは、対象のタンパクへの変異導入と目的の性質に対するスクリーニングを複数回繰り返すことで、タンパクを必要な機能を持った変異型へと進化させる手法のことです。自然界の進化の過程と良く似ています。
Arnoldらは、error-prone PCRによってP450LA1のヘムドメイン全体にランダムに変異を導入し、得られた変異型P450LA1を、スチレンのベンゼンアセトアルデヒドへの変換量をもとにスクリーニングすることで、全体の酵素活性を大幅に向上させました(ターンオーバー:100→1200)。
さらに、この変異型P450LA1に対して、活性部位やヘム結合部位に特異的に変異を導入し、HPLCを用いてスクリーニングすることで、基質であるスチレンに対してターンオーバー3800・選択性81%を示すアンチマルコフニコフ型酸化触媒(aMOx)を得ることに成功しました。これは、既に報告されている化学触媒の100倍もの反応効率です。
3. 反応機構について
ArnoldらはaMOxによるアンチマルコフニコフ型酸化の反応機構について、カルボカチオン中間体の生成→1,2-ヒドリド移動の経路をとることを示しています(図2 (v))。
他に可能性のある反応経路としては、エポキシ化合物を経由してアンチマルコフニコフ型酸化が起こるというルートも考えられますが、Arnoldらは、エポキシ化合物(3)を原料として用いてもアルデヒドや最終生成物のアルコールが得られないという実験結果から、この説をを否定しています(図3上)。さらに、アルケンの末端を重水素化して酸化反応を行うことで、1,2-ヒドリド移動が進行していることを示しています(図3下)。
4. 置換アルケンのエナンチオ選択的酸化
酵素の活性部位はキラルな形状であるため、Arnoldらは1,1-二置換アルケンがエナンチオ選択的に酸化されると予想しました。実際、α位がメチル化されたアルケン(6)の酸化を行うと、S体(7)が高選択的に得られました(er = 91:9, 図4上)。彼らは、この選択性が1,2-ヒドリド移動の際に生じていると考えています。[2] 今回の例のようなプロキラルなカルボカチオン中間体において、不斉ヒドリド移動が起こることは一般には難しいはずですが、aMOxが基質を特定のコンフォーメーションに固定し、一方のC–H結合をカルボカチオンの空のp軌道と同一平面上に並べることで、選択性が実現されていると考えられています(図4下)。
5. アンチマルコフニコフ型アルケン水和反応
さらに、論文中ではaMOxをアルコール脱水素酵素(ADH)と組み合わせ、ワンポットでアンチマルコフニコフ型のアルコールを生成できることが示されています(図5)。
様々な置換スチレンから、上図に示したアンチマルコフニコフ型アルコール産物(8-14)が比較的高収率で得られます。また、1,1-二置換スチレン(15)や内部アルケン(16)に対しても、アンチマルコフニコフ型酸化への選択性は低いものの、アルコール生成が高エナンチオ選択的に起こっています。
今回得られたaMOxでは、基質によっては高い選択性が得られないケースもありますが、その場合でも、更にdirected evolutionを行うことによって、目的の反応に対し酵素の活性を最適化することが可能です。
6. おわりに
本論文の著者である Frances H. Arnold教授は、”directed evolution”の提唱者で、人工的にはできない反応を、自然淘汰を模倣し酵素を進化させることで実現しています。
タンパクは複雑な構造を持ち、構造から機能を予測することは難しいですが、directed evolutionを用いれば、人間ではデザインできないような酵素を作り出すことができます。今回報告されたaMOxには、元々のP450LA1と比べるとアミノ酸12残基に変異が導入されていますが、Arnold教授はインタビューで、「これら12個の変異によってなぜ反応の選択性が得られたかなど、誰にも説明できないし、まして事前に予想することなど到底不可能。今回の論文が、directed evolutionの触媒を創り出す力を示している。」と述べています。
参考文献
- Dong, J.J.; Browne, W. R.; Feringa, B.L. Angew. Chem. Int. Ed. 2015, 54, 734. DOI: 10.1002/anie.201404856.
- Groves, J. T.; Myers, R. S. J. Am. Chem. Soc. 1983, 105, 5791. DOI: 10.1021/ja00356a016.
関連書籍
[amazonjs asin=”4061398377″ locale=”JP” title=”改訂 酵素―科学と工学 (生物工学系テキストシリーズ)”] [amazonjs asin=”4062571528″ locale=”JP” title=”酵素反応のしくみ―現代化学の最大の謎をさぐる (ブルーバックス)”] [amazonjs asin=”4758120358″ locale=”JP” title=”基礎から学ぶ遺伝子工学”]関連リンク
- Arnold研究室
- directed evolution (Wikipedia)
- Anti-Markovnikov Hydration~一級アルコールへの道~ (過去の関連記事)
- CYP総合データベース: SuperCYP (過去の関連記事)