ノーベル化学賞の発表間近になり、今年も色々な予想が出ていますね。ケムステの予想イベントにもぜひ参加して下さい!
当然のように、その候補者達は近年の、もしくは少し前の化学をリードしてきた人物ですが、誰か忘れていませんか?あえて、大穴と言っては失礼ですが、E. J. Coreyという有機合成化学の巨人はどんなもんでしょうか?
そう、Coreyとは、1990年にノーベル化学賞を単独受賞した人物です。でもその前に、その前の世代についてもみてみましょう。
巨人Woodward
まずはじめにお断りいたしますが、今年は有機化学が受賞対象に選ばれる可能性はほとんどないかと思います。およそ5年周期で有機化学の番が回ってきていますが、Ben Feringa, Jean-Pierre SauvageそしてSir Fraser Stoddartらの昨年の受賞内容はかなり有機化学が入っており、そのタイトルも’for the design and synthesis of molecular machines’となっていることからも分かるように、synthesisが入っていますね。しかしながらこのsynthesisですが、ノーベル賞選考委員からはあまり評価が高くないのかもしれません。
それではまずsynthesisがタイトルに入った受賞例を調べてみると、
1930年 | Hans Fischer | for his researches into the constitution of haemin and chlorophyll and especially for his synthesis of haemin |
1955年 | Vincent du Vigneaud | for his work on biochemically important sulphur compounds, especially for the first synthesis of a polypeptide hormone |
1965年 | Robert Burns Woodward | for his outstanding achievements in the art of organic synthesis |
および、上述のCoreyそして昨年の2件となっています。ただし、いわゆる反応開発や、有機ではない合成は除いています。これを多いとみるか、少ないとみるか。何かを合成するという研究でノーベル賞をとるのは容易ではないのでしょう。
R. B. Woodward
さて、ノーベル賞の特徴の一つに受賞時存命である必要があることが挙げられます。そう考えるとWoodwardの受賞がもっと早ければ・・もしかしたら、ということもあったかもしれません。というのも、Woodwardの初期の化学に対する功績は全合成よりも、むしろ天然有機化合物の構造決定にありました。ストリキニーネ、ペニシリン、テトロドトキシンなど現在でも困難が伴うかもしれないような化合物の構造を明らかにしてきています。
赤は構造決定、緑は全合成した化合物 (図は文献より引用)
こちらで最初のノーベル賞が与えられていてもおかしくないとも言えます。そして、Ernst Otto FischerとGeoffrey Wilkinsonに贈られた1973年ノーベル化学賞はフェロセンに関するものでしたが、Woodwardもある程度の貢献がありました(詳細はこちら)。これで3つ目になりますが、ちょっとノーベル賞には弱いと感じるかもしれませんね。しかし、1981年の福井謙一、Hoffmannとの共同受賞については可能性は大いにあったのではないでしょうか(Woodward-Hoffmann則なんてついてますし)。これで4つ目となりますが、こちらについてはWoodwardは1979年に他界しており実現しませんでした。ということで、歴史にもしはいけませんが、もう少し長生きしていれば、もしくはもっと早くWoodwardが受賞していたら、2回目の芽は十分ありそうです。
実はWoodwardは受賞前の1961から1964年に実際の受賞者よりも多くの推薦書が選考委員会に送られていたことが明らかとなっています (1961年, 14対5, Calvin; 1962年, 6対3; Max PerutzおよびJohn Kendrew; 1963年, 19対5; Karl Zieglerおよび19対14, Giulio Natta; 1964年, 7対6, Dorothy Crowfoot Hodgkin)。満を辞してといえば聞こえはいいですが、遅きに失したとも言えます。何れにしても、既にこの世を去っている以上どうしようもないです。
第二の巨人Corey
さて、そこで次はE. J. Coreyについて考えてみます。1990年の受賞題目は ‘for his development of the theory and methodology of organic synthesis‘ であり、これは ‘retrosynthetic analysis‘ の概念を最初に提唱した1964年の論文[1]が主要なものと考えられています。やはりこれもWoodwardと同じく、合成における概念に関するものでした。Coreyが最もアクティブだったのは受賞の直近10年ほどになりますが、その後も斬減しながらおん年80歳を過ぎても未だ論文を生産し続けているのは驚異的です。
Coreyは受賞講演で自ら指摘しているように、当時既に100以上の興味深い化合物の全合成を達成しており、それに付随して50もの新しい反応を見出していました。1990年の受賞題目を勘案すると、それら全ての成果をひとまとめにした感があり、何か個別の化合物の合成に対してというわけではなさそうです。
印象的なのは、著者がCoreyに対して受賞直後に、「これで人生が変わるか、またこの期に何か新しいことを始めるか」とたずねたのに対して、「これまで通りやるだけだよ」と答えたというものです。既に円熟の域に達していたマスターらしい一言だと思います。
Robert M. Friedmanが指摘しているように、選考委員会は 科学的な事項よりも様々な、個人的な感情を含めた他のファクター(文献にはかなりの酷い言葉が並べられています)に大きく左右されます。40回ほども候補となりながら受賞がかなわなかったG. N. Lewisなどはおそらくはなんらかの個人的な感情が入り込んだとしか考えられません(こちらも参照)。
複数回ノーベル賞を受賞した人物としては、キュリー夫人が有名ですが、化学賞、物理学賞の二回となっています。化学賞を二回受賞したことがあるのは、Frederick Sangerでインスリンの構造研究、拡散の塩基配列の決定法に関するものです。この組み合わせは至極妥当と言わざるを得ません。もしかしたらRNA関連でも取った可能性があります。最も若くして化学賞を受賞した人物としてはFrédéric Jolio-Curietがなんと35歳で受賞しています(物理学賞最若は25歳のBragg)。しかしその後は戦争の影響もあったのか、特筆すべき業績はありませんでした。
現代ではきら星のような化学者が無数におり、誰がノーベル賞を取るのかは予想が本当に難しくなっています。これはゼロサムゲームとなっており、1年で最大たった3つしかない椅子をめぐって熾烈な椅子取りゲームの様相を呈しています。よって1度取った方はご遠慮願いたいというのも理解できます。
全合成の巨人K. C. Nicolaouは20世紀の後半を、Woodwardの時代、Coreyの時代、そして1990年代の3つに分けることができると称しています。これには私も賛成するしかない意見であり、全合成の歴史を今振り返ってみればその時代それぞれに、ユニークで、複雑で、ワクワクするような化合物の全合成に関する研究が美しい流れを形成しているように思えるのです。当時のスター研究者を挙げればきりがありませんが、とにかくその合成には華があり、「化学って面白い!」と思わせてくれるような研究がたくさんあったと思います。
単純に、そのおもしろさを思うとき、その面白い化合物の合成を行った研究者に最大の賛辞を送ることは悪いことではないと素直に感じます。
今回のポストは、Nature Chemistry誌に掲載されていた、University of Richmond のJeffrey I. SeemanによるCommentaryを参考にさせていただきました。
Synthesis and the Nobel Prize in Chemistry
Seeman, J. I. Nature Chem. 9, 925–929 (2017). doi: 10.1038/nchem.2864