[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

光触媒ラジカルカスケードが実現する網羅的天然物合成

[スポンサーリンク]

四川大学のYong Qinらは、可視光レドックス触媒によって促進される窒素ラジカルカスケード反応によって、インドールアルカロイドの骨格を迅速構築する方法論を開発した。本法によって選択的に得られる多能性中間体を用い、33種類の生物活性インドールアルカロイドの全合成も達成している。

“A Radical Cascade Enabling Collective Syntheses of Natural Products”
Wang, X.; Xia, D.; Qin, W.; Zhou, R.; Zhou, X.; Zhou, Q.; Liu, W.; Dai, X.; Wang, H.; Wang, S.; Tan, L.; Zhang, D.; Song, H.; Liu, X.-Y.; Qin, Y.* Chem 2017, 2, 803–816. doi:10.1016/j.chempr.2017.04.007

問題設定

 有機合成の進歩によって、個々の天然物もしくは少数の誘導体を合成する手法は確立されつつある。近年ではより多数の誘導体合成へとつながる“collective syntheses”[1]の報告がなされつつあるが、未だ開発ステージの域をでない。

 ラジカルカスケード反応は骨格構築に強力な反応となるが、ラジカル種の高い反応性ゆえ、官能基・立体・化学選択性を制御することは困難を極める。ラジカルを発生させるための準備工程にも手間がかかるため、複雑化合物への応用は限られていた。

技術や手法のキモ

 近年では可視光レドックス触媒を用いる合成法が、ラジカル化学に大きな進展を与え、天然物合成にも活用されつつある。

 Qinらは、多様な多環式インドールアルカロイド天然物へのアプローチを可能とするため、その中間体を効率的合成できるラジカルカスケード反応を設計した。具体的には容易に合成可能な光学活性スルホンアミドを原料とし、下図のように反応をデザインすることで、目的の中間体が得られると考えた。分子内にオレフィンを用意しておくことでAspidosperma型中間体が、マイケルアクセプターを共存させることで、テトラヒドロカルボリン骨格もしくはCorynanthe型中間体がそれぞれ得られる。

主張の有効性検証

①鍵反応条件の最適化

最初の肝となるのが窒素ラジカルの生成である。N-H結合から直接的に生成できる手法が望まれるが、先例[2]が少なく困難が予想された。アニリンの保護基、塩基、溶媒、温度を検討した結果、Ts保護の場合にのみ反応が進行し、Aspidosperma型中間体が下記条件にて高収率・高立体選択的に得られた。TsをMeやCO2Me, Bz, Bocにすると反応が進行しない。これはN-H結合の酸性度が弱いため、PCET過程からのアミニルラジカル生成が抑制されるためであると考えられる。

マイケルアクセプターを多めに使用することで、分子間反応経由でも高収率で環化が進行している。Aspidosperma型中間体では2段階目の分子内反応を5-exo・ 6-exo環化としてあり、分子内反応が効率的に進行するように設計されていた。Corynanthe型中間体合成では、アルケンまでの炭素鎖長を短くすることで2段階目の分子内反応を抑制し、分子間反応を優先させている。(下図は代表例)

様々な基質に対して反応を行っているが、スペースの都合から書き切れないので、詳しくは元論文を参照頂きたい。

②中間体を用いる網羅的全合成

33種類もの天然物を全合成しているが、こちらも全て記すことは出来ないので、一例として(-)-Yohimbineの全合成のみ示しておく。骨格さえ出来てしまえば、あとの官能基調節はほとんど汎用変換法で片付く。

議論すべき点

  • 基質の選択が巧みなため、反応がきれいに行っている。
  • 先例であるKnowlesの系[2a]では酸化力の強い光触媒を用いているため、アアクセプターに制限があった。今回の系では酸化力の弱い光触媒Ir(dtbby)(ppy)2PF6(IrⅢ*-IrⅡ:0.66V vs SCE)を用いている。おそらくはスルホンアミドの脱プロトン化がしっかりできているため、弱い酸化剤でもラジカルが生成出来るのだと思われる。

参考論文

  1. Jones, S. B.; Simmons, B.; Mastracchio, A.; MacMillan, D. W. C. Nature 2011, 475, 183. doi:10.1038/nature10232
  2. (a) Choi, G. J.; Zhu, Q.; Miller, D. C.; Gu, C. J.; Knowles, R. R. Nature 2016, 539, 268. doi:10.1038/nature19811 (b) Chu, J. C. K.; Rovis, T. Nature 2016, 539, 272. doi:10.1038/nature19810
Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. シグマトロピー転位によるキラルα-アリールカルボニルの合成法
  2. 【日産化学 23卒/Zoomウェビナー配信!】START you…
  3. ミトコンドリア内タンパク質を分解する標的タンパク質分解技術「mi…
  4. マテリアルズ・インフォマティクスにおけるデータ0からの初期データ…
  5. 「人工金属酵素によるSystems Catalysisと細胞内触…
  6. Reaxys Ph.D Prize 2014受賞者決定!
  7. フラーレンの“籠”でH2O2を運ぶ
  8. フローケミストリーーChemical Times特集より

注目情報

ピックアップ記事

  1. 国際化学オリンピックで日本代表4人メダル受賞
  2. 合成化学の”バイブル”を手に入れよう
  3. 三脚型トリプチセン超分子足場を用いて一重項分裂を促進する配置へとペンタセンクロモフォアを集合化させることに成功
  4. 官営八幡製鐵所関連施設
  5. 炭酸ビス(ペンタフルオロフェニル) : Bis(pentafluorophenyl) Carbonate
  6. リヒャルト・エルンスト Richard R. Ernst
  7. ペプチド修飾グラフェン電界効果トランジスタを用いた匂い分子の高感度センシング
  8. 山本 隆文 YAMAMOTO Takafumi
  9. ここまで来たか、科学技術
  10. 田辺三菱 国内5番目のDPP-4阻害薬承認見通し

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2017年10月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

注目情報

最新記事

第23回次世代を担う有機化学シンポジウム

「若手研究者が口頭発表する機会や自由闊達にディスカッションする場を増やし、若手の研究活動をエンカレッ…

ペロブスカイト太陽電池開発におけるマテリアルズ・インフォマティクスの活用

持続可能な社会の実現に向けて、太陽電池は太陽光発電における中心的な要素として注目…

有機合成化学協会誌2025年3月号:チェーンウォーキング・カルコゲン結合・有機電解反応・ロタキサン・配位重合

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2025年3月号がオンラインで公開されています!…

CIPイノベーション共創プログラム「未来の医療を支えるバイオベンチャーの新たな戦略」

日本化学会第105春季年会(2025)で開催されるシンポジウムの一つに、CIPセッション「未来の医療…

OIST Science Challenge 2025 に参加しました

2025年3月15日から22日にかけて沖縄科学技術大学院大学 (OIST) にて開催された Scie…

ペーパークラフトで MOFをつくる

第650回のスポットライトリサーチには、化学コミュニケーション賞2024を受賞された、岡山理科大学 …

月岡温泉で硫黄泉の pH の影響について考えてみた 【化学者が行く温泉巡りの旅】

臭い温泉に入りたい! というわけで、硫黄系温泉を巡る旅の後編です。前回の記事では群馬県草津温泉をご紹…

二酸化マンガンの極小ナノサイズ化で次世代電池や触媒の性能を底上げ!

第649回のスポットライトリサーチは、東北大学大学院環境科学研究科(本間研究室)博士課程後期2年の飯…

日本薬学会第145年会 に参加しよう!

3月27日~29日、福岡国際会議場にて 「日本薬学会第145年会」 が開催されま…

TLC分析がもっと楽に、正確に! ~TLC分析がアナログからデジタルに

薄層クロマトグラフィーは分離手法の一つとして、お金をかけず、安価な方法として現在…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー