[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

銀を使ってリンをいれる

[スポンサーリンク]

銀触媒による1,3-ジカルボニル化合物のC–C結合開裂を伴うC–P結合の形成が報告された。合成中間体や生物活性化合物として有用なβ-ケトホスホネートを合成する新手法である。

1,3-ジカルボニル化合物のC–C結合切断を伴うC–X結合形成反応

炭素-炭素結合(C–C)は有機分子骨格を構成する化学結合である。そのため、C–C結合形成反応は多く知られているが、C–C結合の切断(開裂)を伴う官能基化反応は形成反応に比べて例が少ない。特定のC–C結合を選択的に切断することが困難であること、C–C結合のs結合が熱力学的に安定であることが主たる原因である。

一方最近、汎用ビルディングブロックである「1,3-ジカルボニル化合物」のC–C結合の切断を伴う官能基化反応がいくつか報告されている。

例えば、Leiらは1,3-ジケトンの銅触媒によるC–C結合の開裂を介したα-アリールケトンの合成を報告した(図1A)[1]。また、Jiaoらは、銅触媒を用いた酸化的エステル化反応によるα-ケトエステルの合成法の開発に成功した(図1B)[2]。さらに、Bolmらは銅触媒存在下、1,3-ジカルボニル化合物とジスルフィド化合物とのカップリング反応によるC–S結合の形成を報告した(図1C)[3]。これらの反応には主に銅触媒が使われている。

今回西南大学のPeng教授らは、1,3-ジカルボニル化合物のC–C結合開裂に伴う、炭素-リン結合(C–P結合)の形成に挑戦した。

その結果、銀触媒をもちいて1,3-ジカルボニル化合物とホスホネートの変換反応の開発に成功したため紹介する(図1D)。本手法により官能基化されたβ-ケトホスホネートへの新たなアクセスを実現した。

図1. 遷移金属触媒によるC–C結合開裂を伴うC–X結合の形成反応

 

Silver-Catalyzed Oxidative C(sp3)–P Bond Formation through C–C and P–H Bond Cleavage

Li, L.; Huang, W.; Chen, L.; Dong, J.; Ma, X.; Peng, Y. Angew. Chem., Int. Ed. 2017, 56, 10539.

DOI: 10.1002/anie.201704910

論文著者の紹介

研究者:Yungui Peng

研究者の経歴:
1997 北京師範大学修士課程修了
2000 香港大学博士課程修了
2001 西南大学副教授
2005 西南大学教授
研究内容:医農薬をはじめとする精密化学品の合成法の開発

論文の概要

本反応は、AgOAc触媒と当量の酸化剤(K2S2O8)存在下1,3-ジカルボニル化合物2に対し、水中、ホスホネート1を作用させると、C–C結合の切断とC–P結合の形成が進行したβ-ケトホスホネート3を与える(図2A)。

本反応の適用例は33種類報告されており、それらの一部を示す(図2B)。

本反応は1,3-ジケトンが主であるが、β-ケトエステルやβ-ケトアミドなどにも適用でき、その場合エステルまたはアミド側のC–C(CO)結合が切断される。一方、1,3-ジケトン2において、カルボニルのα位(=R1またはR3)に芳香環がある場合は反対側のC–C(CO)結合が切断される。

その芳香環の置換基は、電子求引基あるいは電子供与基でもよく、また、複素環式化合物(ピリジン・ベンゾフラン・チオフェン)であっても対応するβ-ケトホスホネート3cが得られる。非対称な1,3-ジケトン2(R1とR3で異なる置換基を有する芳香環)の場合、より電子不足な置換基をもつカルボニル側のC–C(CO)結合が切断される(論文参照)。さらに、2の活性メチレン部位(R2)にアルキル基があっても反応が進行する。

以下に、種々の対照実験を考慮した推定反応機構を示す(図2C)。

まずホスホネート4が銀触媒と反応し、ラジカル種4’を生成する。4’が1,3-ジカルボニル化合物のエノール体5と反応し6となる。その後6は銀触媒により酸化され6’となり、水の求核攻撃をうけてカルボン酸として脱離し7を生成する。この際、より求電子性の高いカルボニル基へ水が求核攻撃を行う。7はケトエノール互変異性によってβ-ケトホスホネート7’となる。

図2. β-ケトホスホネートの合成と想定反応機構

 

以上本法は、空気下でも反応が進行し、酸や塩基を用いることなく酸化的に広範な1,3-ジカルボニル化合物をβ-ケトホスホネートに誘導できるため有用な手法である。

 参考文献

  1. He, C.; Guo, S.; Huang, L.; Lei, A. J. Am. Chem. Soc. 2010, 132, 8273. DOI: 10.1021/ja1033777
  2. Zhang, C.; Feng, P.; Jiao, N. J. Am. Chem. Soc. 2013, 135, 15257. DOI: 10.1021/ja4085463
  3. Zou, L. H.; Priebbenow, D. L.; Wang, L.; Mottweiler, J.; Bolm, C. Synth. Catal. 2013, 355, 2558. DOI: 10.1002/adsc.201300566
  4. 1,3-ジカルボニル化合物を中間体とした鉄/銅触媒によるC–P結合形成反応は報告されている Zhou, Y.; Rao, C.; Mai, S.; Song, Q. Org. Chem. 2016, 81, 2027. DOI: 10.1021/acs.joc.5b02887
  5. α,β-不飽和ケトンの銅触媒によるC–P結合形成反応も同時期に報告されていた Fu, Q.; Yi, D.; Zhang, Z.; Liang, W.; Chen, S.; Yang, L.; Zhang, Q.; Ji, J.; Wei, W. Chem. Front., 2017, 4, 1385. DOI: 10.1039/c7qo00202e
Avatar photo

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. 化学に関係ある国旗を集めてみた
  2. ルイス酸/塩基でケイ素を操る!シリレンの原子価互変異性化
  3. 化学パズル・不斉窒素化合物
  4. MEDCHEM NEWS 31-3号「ケムステ代表寄稿記事」
  5. クロスカップリング用Pd触媒 小ネタあれこれ
  6. ルテニウム触媒によるC-C結合活性化を介した水素移動付加環化型カ…
  7. システインの位置選択的修飾を実現する「π-クランプ法」
  8. 学振申請書を磨き上げる11のポイント [文章編・後編]

注目情報

ピックアップ記事

  1. 自己修復する単一分子素子「DNAジッパー」
  2. -ハロゲン化アルキル合成に光あれ-光酸化還元/コバルト協働触媒系によるハロゲン化アルキルの合成法
  3. 元素周期 萌えて覚える化学の基本
  4. 「進化分子工学によってウイルス起源を再現する」ETH Zurichより
  5. 大型期待の認知症薬「承認申請数年遅れる」 第一製薬
  6. HOW TO 分子シミュレーション―分子動力学法、モンテカルロ法、ブラウン動力学法、散逸粒子動力学法
  7. ジアステレオ逆さだぜ…立体を作り分けるIr触媒C–Hアリル化!
  8. アザジラクチン あざじらくちん azadirachtin
  9. ヒストリオニコトキシン histrionicotoxin
  10. 金属原子のみでできたサンドイッチ

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2017年10月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

注目情報

最新記事

「MI×データ科学」コース ~データ科学・AI・量子技術を利用した材料研究の新潮流~

 開講期間 2025年1月8日(水)、9日(木)、15日(水)、16日(木) 計4日間申込みはこ…

余裕でドラフトに収まるビュッヒ史上最小 ロータリーエバポレーターR-80シリーズ

高性能のロータリーエバポレーターで、効率良く研究を進めたい。けれど設置スペースに限りがあり購入を諦め…

有機ホウ素化合物の「安定性」と「反応性」を両立した新しい鈴木–宮浦クロスカップリング反応の開発

第 635 回のスポットライトリサーチは、広島大学大学院・先進理工系科学研究科 博士…

植物繊維を叩いてアンモニアをつくろう ~メカノケミカル窒素固定新合成法~

Tshozoです。今回また興味深い、農業や資源問題の解決の突破口になり得る窒素固定方法がNatu…

自己実現を模索した50代のキャリア選択。「やりたいこと」が年収を上回った瞬間

50歳前後は、会社員にとってキャリアの大きな節目となります。定年までの道筋を見据えて、現職に留まるべ…

イグノーベル賞2024振り返り

ノーベル賞も発表されており、イグノーベル賞の紹介は今更かもしれませんが紹介記事を作成しました。 …

亜鉛–ヒドリド種を持つ金属–有機構造体による高温での二酸化炭素回収

亜鉛–ヒドリド部位を持つ金属–有機構造体 (metal–organic frameworks; MO…

求人は増えているのになぜ?「転職先が決まらない人」に共通する行動パターンとは?

転職市場が活発に動いている中でも、なかなか転職先が決まらない人がいるのはなぜでしょう…

三脚型トリプチセン超分子足場を用いて一重項分裂を促進する配置へとペンタセンクロモフォアを集合化させることに成功

第634回のスポットライトリサーチは、 東京科学大学 物質理工学院(福島研究室)博士課程後期3年の福…

2024年の化学企業グローバル・トップ50

グローバル・トップ50をケムステニュースで取り上げるのは定番になっておりましたが、今年は忙しくて発表…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP