このコーナーでは、直面した困難を克服するべく編み出された、全合成における優れた問題解決とその発想をクイズ形式で紹介してみたいと思います。
第9回は、Andreas Pfaltzおよび鈴木啓介らによるMacrocidin Aの全合成が題材でした(問題はこちら)。今回はその解答編になります。
“Total Synthesis and Absolute Configuration of Macrocidin A, a Cyclophane Tetramic Acid Natural Product”
Yoshinari, T.; Ohmori, K.; Schrems, M. G.; Pfaltz, A.; Suzuki, K. Angew. Chem. Int. Ed. 2010, 49, 881. DOI: 10.1002/anie.200906362
一般論として環化反応が進行しない原因は、反応性が足りないか、他の副反応が速いか、配座制限の問題で進行しないか、のいずれかです。今回のケースでは類似のDieckmann環化が既知であること、シクロファン骨格という特殊な大環状骨格に反応点が組み込まれていることなどから、おそらくは配座制限の問題ではないか?と推測されます。
原料の結晶構造解析[1]を行なってみたところ、二つの反応点(活性メチレン炭素とエステルカルボニル炭素)が遠く離れた、s-trans配座を取っていることが分かりました。このままでは反応点が近づけず、環化が進行しないわけです。何とかして両末端を近づけてやらねば成りません。そこでアミド窒素の保護による、s-cis配座への誘導が検討されました。
置換アミドには配座異性体が存在します。2級アミドであればほとんどの場合、エネルギー的に安定なs-trans配座を取っています(立体反発が小さいため)。しかしながら、3級アミドになると、両配座における立体反発の程度に差がなくなってきます(たとえばN-アシルプロリンの場合、およそ3~4 kJ/mol程度しかそのエネルギー差が無いと言われています)。このため3級アミドは2級アミドに比べて、s-cis配座を取りやすくなるのです。
この戦略が達成されさえすれば、理屈の上ではどんな保護基でも良いことになります。ここではp-アジドベンジル(PAB)基[2]という見慣れない保護基がチョイスされています。問題文にもあるように、①アジド→アミン(orイミノホスホラン)への還元 ②酸化条件 の2工程で除去しなくてはならず、第一選択とはならない保護基です。
今回の原料は酸に弱いエポキシド、電子豊富な芳香環、反応性の高いテトラミン酸部位などを含んでいるため、Bn基やPMB基を除去する典型条件(酸化 or 強酸性)には耐えなかったようです。その結果、マイルドな酸化で除去できるPAB基のみ有効だったという結論です。
さて、今回の問題はいかがでしたか?皆さんは無事、「次の一手」に辿りつけましたでしょうか?関連文献
- CCDC 756980
- Fukase, K.; Hashida, M.; Kusumoto, S. Tetrahedron Lett. 1991, 32, 3557. doi:10.1016/0040-4039(91)80832-Q