2016年、ニューヨーク州立大学バッファロー校のQing Linらは、ファージ支援型反応性調査法(PAIR)を活用し、2-シアノベンゾチアゾール(CBT)反応剤に親和性のあるペプチド配列(CX10R7)を同定し、配列選択的システイン修飾法を確立した。反応剤は可逆結合性を持つので、周囲のアミノ酸配列が付加体を安定化させていることが示唆される。In vitro反応および大腸菌表面タンパクへの反応にも適用可能。
“Sequence-Specific 2‑Cyanobenzothiazole Ligation”
Ramil, C. P.; An, P.; Yu, Z.; Lin, Q.* J. Am. Chem. Soc. 2016, 138, 5499-5502. DOI: 10.1021/jacs.6b00982 (アイキャッチ画像は本論文より引用)
問題設定と解決した点
天然型レポーターを標的とする配列選択的生体共役反応は、生体高分子のラベリングをより直截的なものとする。しかしながら、非酵素的に特定の短鎖ペプチド配列を認識して進行する一価反応剤の報告は未だ限られている。
システインはタンパク質一次配列中に希少(ヒトでは2.3%)であり、側鎖はきわめて求核性が高いため、生体共役反応の標的として有用である。システイン周りの環境をチューニングして選択的生体共役反応に導いた例も2例知られている[1]。 著者らはCBT試薬の反応性に着目した。N末Cys(もしくはmasked Cys導入後に脱保護)と縮合させる先例[2]があるが、本論文では特定配列選択的な反応を見いだすに至っている。
技術や手法のキモ
著者らが独自開発したファージ支援型反応性調査法(phage-assisted interrogation of reactivity, PAIR)[3]によって、CBT試薬に親和性を有するアミノ酸配列を特定するアプローチが取られている。
本研究では11残基のCys含有ペプチド配列(X5CX5)を提示したファージライブラリと、biotin-PEG-CBT試薬を用いて配列探索を行なっている。CBTとCysの反応は可逆性を持つため、特定配列による安定化を受けない限りは付加体として取れてこない(先例[2]が、N末端チアゾリン形成に限定されている理由)。
主張の有効性検証
2サイクルの選択プロセスを経てCX10R7配列(VTNQECCSIPM)が同定された。BLAST解析をしても、類似配列は細菌・ヒトプロテオームからは見いだされない、ユニークなものである。
①CX10R7配列の各アミノ酸の役割
特定配列をC末融合させたユビキチン(Ub)に対しCBT試薬を反応させ、LC-MSで収率を見積もり、各アミノ酸の役割を考察している。
立体障害がない配列でも反応しないため、本配列の重要性が示唆される(entry1)。連続するCysは反応性に重要(entry2-5)だが、相加効果ではない(triCys配列では収率が下がる)。7残基にしてもそこそこ収率は保持される(entry6)。近傍の水素結合ドナー性アミノ酸をアラニンスキャンすると反応性が低下する。中でもQ4A変異体が最も劇的(entry7-12)。Q4E変異体では反応性は完全消失(GluはpH8.5で水素結合アクセプターになる、entry13)。Gln4が水素結合ドナーとして、付加体の安定化に主要な役割を担うと考察される。リジンスキャンでも反応性は低下する(entry14-19)が、アラニンスキャンに比べて低下度は小さいので、極性官能基が付加体の安定化に重要であることが示唆される。
②CBT試薬構造の重要性
様々な試薬構造をUb-CX10R7に対して反応させたところ、シアノ基の求電子性と反応性は概ね相関していることが分かった。CBT構造は必須であり、そのほかの類似構造は反応性を持たないか、選択性が出ない(コントロールとしてUb-GGCGGを用いている)。
③条件の最適化
Ub-CX10R7を用いて検討し、PBSバッファ、pH 7.4、37℃、1hを最適条件としている。本条件における二次反応速度定数は17 M-1s-1であり、先例[2]で求められたN末Cys縮合に比べて2倍程度速い。ビオチン結合体ではこの結果だが、ビオチンを蛍光団に変えると反応しなくなる。遠隔官能基もCX10RX7配列と何らかの相互作用をしているのではないか。
④基質の検討
superfolder GFP(sfGFP)のCX10RX7融合体に対してbiotin-PEG-CBT試薬を反応させると、65%収率で付加体が得られる。野生型sfGFPはフリーの表面Cysを二つ(Cys48、Cys70)もつが、これらは反応しない。ストレプトアビジンブロット法でも検出が可能であることから、変性過程・電気泳動・ブロッティングの最中にもCBT-Cys結合は安定に存在することが示唆される。
細胞表面反応も可能であることが実証されている。大腸菌に膜タンパクOmpX-CX10R7を発現させたものに対して、biotin-PEG-CBT試薬を反応させてビオチン化を行なった(コントロールとしては主要残基を全てアラニンに変えたOmpX-A7を用いている)。アビジン―赤色蛍光分子(AlexaFluor568)標識体で検出したところ、OmpX-CX10R7を発現している菌の、特にタンパク質が発現している部分だけが反応している(=赤色蛍光を発する)ことが分かった。
議論すべき点
- ある程度安定な結合とはいえ可逆性があるので、抗体―薬物複合体の製造目的などに応用するときには一考が必要だろう。
- 配列の分子認識過程が精密かつ複雑化するにつれ、試薬に搭載可能な原子団にも制限がかかりはじめることは、生体共役反応一般に起こりえるものと理解しておくべきか。
次に読むべき論文は?
- 化学修飾型encodedライブラリの総説[4]。各技術の特徴を踏まえ、生体共役反応探索に使えるかどうかを考えたい。ファージディスプレイは低pH水溶液にさらすとファージの感染性がなくなってしまうこと、提示ライブラリの多様性に制限があることなどが懸念点である。
Appendix
ファージ支援型反応性調査法(PAIR)[3]について
ファージディスプレイ分子探索を、生体共役反応の配列選択性同定に応用した手法。大まかな手順は以下の通り。
- ビオチンタグ付けした試薬をM13ファージライブラリと反応させ、固定アビジンで反応したファージを選択的に釣ってくる
- 反応しなかったファージを洗い落とす
- 反応したファージをビオチン競合によって溶出させる
- ファージに含まれる遺伝子配列をPCRで読む
- ファージを大腸菌に感染させて増幅させる
以上を繰り返すことにより、試薬と反応する特定配列を有するファージだけが淘汰・増幅されていき、配列選択性を見積もることが出来る。
参考文献
- (a) Chen, Y.; Clouthier, C. M.; Tsao, K.; Strmiskova, M.; Lachance, H.; Keillor, J. W. Angew. Chem., Int. Ed. 2014, 53, 13785. DOI: 10.1002/anie.201408015 (b) Zhang, C.; Welborn, M.; Zhu, T.; Yang, N. J.; Santos, M. S.; Van Voorhis, T.; Pentelute, B. L. Nat. Chem. 2016, 8, 120. doi:10.1038/nchem.2413
- (a) Ren, H.; Xiao, F.; Zhan, K.; Kim, Y.-P.; Xie, H.; Xia, Z.; Rao, J. Angew. Chem., Int. Ed. 2009, 48, 9658. DOI: 10.1002/anie.200903627 (b) Nguyen, D. P.; Elliott, T.; Holt, M.; Muir, T. W.; Chin, J. W. J. Am. Chem. Soc. 2011, 133, 11418. DOI: 10.1021/ja203111c
- Lim, R. K. V.; Li, N.; Ramil, C. P.; Lin, Q. ACS Chem. Biol. 2014, 9, 2139. DOI: 10.1021/cb500443x
- Heinis, C.; Winter, G. Curr. Opin. Chem. Biol. 2015, 26, 89. doi:10.1021/cb500443x