マギル大学のChao-Jun Liらは、アリールトリフラートから遷移金属なし、紫外光照射条件下で一電子還元を介してアリールラジカルを発生できることを見いだした。またその素過程を用いる、ボリル化・ヨード化を達成した。
“Simple and Efficient Generation of Aryl Radicals from Aryl Triflates: Synthesis of Aryl Boronates and Aryl Iodides at Room Temperature”
Liu, W.; Yang, X.; Gao, Y.; Li, C.-J.* J. Am. Chem. Soc. 2017, 139, 8621-8627. DOI: 10.1021/jacs.7b03538
問題設定と解決した点
アリールラジカルは有機合成上有用な中間体であるが、高活性であるため、その生成方法は限られていた。具体的には、アリールハライド、アリールカルボン酸、アリールボロン酸、アリールジアゾニウム塩などから発生する方法が知られていたが、これらは試薬の毒性や安定性、遷移金属・強力な酸化剤・還元剤の利用などに課題を残していた。
Liらはこれらの問題を回避しつつ容易に入手可能な前駆体からアリールラジカルを発生させることが望ましいと考え、フェノール類から誘導できるアリールトリフラートを前駆体とし、冒頭図のような条件下でアリールラジカルを発生させることに成功した。
技術や手法の肝
遷移金属フリーなアリールラジカル発生法としては、添加剤(塩基や求核剤)存在下にアリールハライドへの一電子還元、引き続く開裂を経る手法が知られていた。しかし、この手法をアリールトリフラートに適応しようとすると、S-O切断によってフェノール類が生じてしまうことが予測される。
今回筆者らは適切な電子ドナーを用いることでこの問題が解決でき、目的とするアリールラジカルが発生できると考えた。そのような電子ドナーとして、ヨウ化ナトリウムを選択したことが、成功の鍵であった[1]。
主張の有効性検証
①アリールラジカルの発生に関して
ベンゼン溶媒下、アリールトリフラートにヨウ化ナトリウムを加えて加熱しても、ビアリール(アリールラジカル+ベンゼンの生成物)は生じなかったが、UV照射下ではビアリールが生じた。また、トリブチルスズヒドリドや四塩化炭素を加えると還元体、クロロ化体がそれぞれ得られた。
分光学的には、アリールトリフラートによる吸光がヨウ化ナトリウム添加によって減ぜられること、ヨウ化ナトリウム添加時にEPRが検出されることから、ラジカルが生じていると考えられる。
②発生したアリールラジカルの有機合成的応用
【ボリルエステル化】アリールラジカルがピナコールジボランと反応してボリル化が進行する。塩基TMDAMを加えると最も良い結果が得られた。パラ位置換体での実証例がほとんどでであるが、アルキル基、電子求引基、電子供与基いずれの置換ベンゼンでも進行している。
【ヨード化】光照射でAr-I結合が切断されうる事情から最適化をし直したところ、触媒量のヨウ素を加え、フッ化リチウムを加えた条件にて目的のヨウ化物が良好な収率で得られた。一般性はボリル化よりも広そうである。単純なベンゼン環だけでなく、ヘテロ芳香環、ステロイド骨格、保護チロシンなどにおいても適用可能であった。
議論すべき点
- 今回の系においてなぜS-O結合が切断されないのかについては、論文中には詳細な説明がない。メカニズム解析は進行中とのことで、続報待ちか。
次に読むべき論文は?
- 本研究の起点となった光照射型Finkelstein反応の論文[1]。このような反応が進行してしまうため、Cl・Br置換基質は許容されない可能性が高い。
参考文献
- Li, L.; Liu, W.; Zeng, H.; Mu, X.; Cosa, G.; Mi, Z.; Li, C.-J. J. Am. Chem. Soc. 2015, 137, 8328. DOI: 10.1021/jacs.5b03220