[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

光C-Hザンチル化を起点とするLate-Stage変換法

[スポンサーリンク]

2016年、ノースカロライナ大学チャペルヒル校・Eric J. Alexanianらは、青色光照射下にC(sp3)-Hザンチル化(ジチオカーボネート基導入)を行える試薬を開発した。高レベルの位置選択性および官能基受容性を示し、複雑化合物のLate-Stage修飾も可能である。生成物(アルキルザンテート)は、選択的変換によって様々な官能基化体へと導くことが可能である。

“C−H Xanthylation: A Synthetic Platform for Alkane Functionalization”
Czaplyski, W. L.; Na, C. G.; Alexanian, E. J.* J. Am. Chem. Soc. 2016, 138, 13854-13857. DOI: 10.1021/jacs.6b09414

問題設定

 C(sp3)-H官能基化による複雑化合物のLate-Stage変換法は、医薬の構造-活性相関取得や薬物特性改善に有効な手法となる。しかしながら分子間形式のC(sp3)-H変換法では、多数存在するC(sp3)-H結合間の位置選択性を予測のうえ実現することは難しい。得られる化合物の構造多様性も現状限られている。それぞれの官能基化試薬ごとに異なる条件が必要になったり、過剰量の原料を要する条件になりがちなことも問題である。

 Alexanianらは多彩な官能基へと導きうる共通中間体をC(sp3)-H変換で得ることができれば、上記問題の解決になると考えた。その目的に適うアルキルザンテート合成反応、すなわちC-Hザンチル化を標的反応として設定し、これを達成した(冒頭図)。C(sp3)-H→C(sp3)-Sの変換はそもそも先例に乏しく、C(sp3)-Hザンチル化に限っては過去1例のみ存在していた(加熱・ラジカル開始剤条件)[1]。

技術や手法のキモ

 著者らは、N-ハロアミド種を用いる光C-Hハロゲン化を報告していた[2]。嵩高い電子不足アミドから系中生成するアミジルラジカルが位置選択的なC-H切断を担っている。基質がlimiting reagentになるため複雑化合物のLate-Stage修飾にも有用である。この試薬設計をザンチル化へと展開する発想にて本研究は実施されている。

主張の有効性検証

①ザンチル化試薬の合成法確立

 強塩基を使う既報条件では上手く合成できなかったため、N-クロロアミド経由の新規ルートを確立している。試薬はbench-stableであり、10グラム超スケールで合成可能である。

②基質一般性の検討

 PhCF3溶媒、ザンチル化試薬1.5当量、青色LED照射、室温で検討。原則として立体障害の少ないC-H、ラジカル安定化能の高いC-H(ヘテロα>3級>2級>1級)、電子豊富なC-H(EWG遠方)が優先的に変換される。ピロールやメトキシベンゼンなどの電子豊富芳香環が耐える点は特長といえる。(+)-longifoleneのように、アルケンとの反応で骨格転位を引き起こすような基質にも適用可。反応はグラムスケールで実施可能。

③反応機構に関する示唆

 シクロヘキサンとシクロヘキサン-d12の反応速度比較により、速度論的同位体効果は6.3と求められる。これからC-H切断が律速であることが示唆される。

④Late-Stage C-H誘導体化 

 アルキルザンテートは様々な官能基に誘導することで、間接的なLate-Stage C-H誘導体化に附すことが出来る。

  • アリル基、ビニル基、アジド基の導入はEtSO2-R試薬でラジカル開始剤共存下に実施可能。
  • トリフルオロメチルチオ基の導入はShen試薬[3]でラジカル開始剤共存下に実施可能。
  • ヘテロ原子α位では銀による活性化でカルボカチオン経由の変換が可能。
  • チオールを露出させた後、チオールエン反応でのフラグメント連結も可能。
  • C-H酸化形式は酸化度の制御が一般的課題だが、TEMPO付加体を効率的に得る新規条件(TEMPO+(TMS)3SiH)の確立に成功。Zn還元でヒドロキシル基に、mCPBA酸化でカルボニル基に導ける。
  • 位置選択的なC-H重水素化は前例が無いが、重メタノール/Et3B/O2条件[4]でこれも達成可能。

冒頭論文より引用

アルキルザンテートはこれ以外にも様々な変換に付せる例が知られており、有用な中間体と言える。

議論すべき点

  • 別構造に変換しやすい官能基をC-H変換で入れることで、間接的ながら生成物の多様性を増すという発想。C-Hボリル化・C-Hハロゲン化もほぼ同じ目線に従う反応とのとらえ方ができる。ハロゲン化は反応前後で極性が大きく変わらず分離も難しいので、その観点でも本法は利があるか。ただ、工程数は増えるしゴミは出るので、この辺りは実用性と理想のバランス問題と言えるかも知れない。
  • アミド側の構造が簡単に調節できるのが強み。位置選択性や分子認識能などを持たせた試薬へも簡単にアプローチ出来そう。UV不要で単一試薬で実施出来ることも実用性を増している。
  • Longifoleneの変換を例に出してアルケンは耐えるとコメントしているが、立体障害の大きさゆえに反応しない特別な基質であり、アリル位C-Hを切りつつアルケンとは反応すると予想される(基質一般性の表にも、単純アルケンは含まれない)。後続論文でアシルザンテートとオレフィンのラジカル付加形式が同著者から報告されている[5]。

参考文献

  1. Sato, A.; Yorimitsu, H.; Oshima, K. Chem. Asian J. 2007, 2, 1568. DOI: 10.1002/asia.200700251
  2. (a) Schmidt, V. A.; Quinn, R. K.; Brusoe, A. T.; Alexanian, E. J. J. Am. Chem. Soc. 2014, 136, 14389. DOI: 10.1021/ja508469u (b) Quinn, R. K.; Könst, Z. A.; Michalak, S. E.; Schmidt, Y.; Szklarski, A. R.; Flores, A. R.; Nam, S.; Horne, D. A.; Vanderwal, C. D.; Alexanian, E. J. J. Am. Chem. Soc. 2016, 138, 696. DOI: 10.1021/jacs.5b12308
  3. Shao, X.; Xu, C.; Lu, L.; Shen, Q. Acc. Chem. Res. 2015, 48, 1227. DOI: 10.1021/acs.accounts.5b00047
  4. Allais, F.; Boivin, J.; Nguyen, V. T. Beilstein J. Org. Chem. 2007, 3, 46. DOI: 10.1186/1860-5397-3-46
  5. Jenkins, E. N.; Czaplyski, W. L.; Alexanian, E. J. Org. Lett. 2017, 19, 2350. DOI: 10.1021/acs.orglett.7b00882
Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. CO酸化触媒として機能する、“無保護”合金型ナノ粒子を担持した基…
  2. (+)-マンザミンAの全合成
  3. UCLAにおける死亡事故で指導教授が刑事告訴される
  4. シビれる(T T)アジリジン合成
  5. 【読者特典】第92回日本化学会付設展示会を楽しもう!PartII…
  6. 窒素固定をめぐって-2
  7. 酸化反応条件で抗酸化物質を効率的につくる
  8. ヘム鉄を配位するシステイン残基を持たないシトクロムP450!?中…

注目情報

ピックアップ記事

  1. ChemSketchで書く簡単化学レポート
  2. きみの未来をさがしてみよう 化学のしごと図鑑
  3. 1,5,7-トリアザビシクロ[4.4.0]デカ-5-エン:1,5,7-Triazabicyclo[4.4.0]dec-5-ene
  4. 豚骨が高性能な有害金属吸着剤に
  5. 金属から出る光の色を利用し、食中毒の原因菌を迅速かつ同時に識別することに成功!
  6. 多検体パラレルエバポレーションを使ってみた:ビュッヒ Multivapor™
  7. 化学するアタマ―論理的思考力を鍛える本
  8. 3Dプリンタとシェールガスとポリ乳酸と
  9. DMFを選択的に検出するセンサー:アミド分子と二次元半導体の特異な相互作用による検出原理を発見
  10. テトラキス(トリフェニルアセタート)ジロジウム(II):Tetrakis(triphenylacetato)dirhodium(II)

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2017年9月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930  

注目情報

最新記事

人工光合成の方法で有機合成反応を実現

第653回のスポットライトリサーチは、名古屋大学 学際統合物質科学研究機構 野依特別研究室 (斎藤研…

乙卯研究所 2025年度下期 研究員募集

乙卯研究所とは乙卯研究所は、1915年の設立以来、広く薬学の研究を行うことを主要事業とし、その研…

次世代の二次元物質 遷移金属ダイカルコゲナイド

ムーアの法則の限界と二次元半導体現代の半導体デバイス産業では、作製時の低コスト化や動作速度向上、…

日本化学連合シンポジウム 「海」- 化学はどこに向かうのか –

日本化学連合では、継続性のあるシリーズ型のシンポジウムの開催を企画していくことに…

【スポットライトリサーチ】汎用金属粉を使ってアンモニアが合成できたはなし

Tshozoです。 今回はおなじみ、東京大学大学院 西林研究室からの研究成果紹介(第652回スポ…

第11回 野依フォーラム若手育成塾

野依フォーラム若手育成塾について野依フォーラム若手育成塾では、国際企業に通用するリーダー…

第12回慶應有機化学若手シンポジウム

概要主催:慶應有機化学若手シンポジウム実行委員会共催:慶應義塾大学理工学部・…

新たな有用活性天然物はどのように見つけてくるのか~新規抗真菌剤mandimycinの発見~

こんにちは!熊葛です.天然物は複雑な構造と有用な活性を有することから多くの化学者を魅了し,創薬に貢献…

創薬懇話会2025 in 大津

日時2025年6月19日(木)~6月20日(金)宿泊型セミナー会場ホテル…

理研の研究者が考える未来のバイオ技術とは?

bergです。昨今、環境問題や資源問題の関心の高まりから人工酵素や微生物を利用した化学合成やバイオテ…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー