第114回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院薬学系研究科博士後期課程2年の山下 博子(やました ひろこ)さんにお願いしました。
山下さんの所属する橋本研究室では、創薬研究の中でもタンパク質のフォールディング構造に着目した創薬を中心に研究が行われています。今回インタビューさせていただいた山下さんは、凝集性タンパク質を生体内で分解することのできる新規分子の開発に成功しました。
研究成果の発表によって日本ケミカルバイオロジー学会第12回年会RSC・Organic & Biomolecularポスター賞を受賞されたことをきっかけに、スポットライトリサーチへの寄稿をお願いしました。
山下さんに対し、指導教員であられる橋本先生からコメントを頂いております。
山下さんは博士後期課程から私の研究室に入ってきた学生です。はつらつとした明るい頑張り屋さんで、実験量も人並みはずれています。また非常に雄弁であり、今回の受賞においてもプラスに働いたのだと思います。1日中、実験にアッセイにと動き回っていることもあるため、たまにラボメンバーから心配されていますが、本人曰く、身体も心も無駄に丈夫、とのこと。彼女の引き継いだテーマは前任者の思いも沢山詰まったものですので、身体に気をつけてこれからも実験に励んでほしいと思っています。
とてもわかりやすく、かつ情熱の伝わるインタビュー回答をいただきましたので、ぜひお楽しみください!
Q1. 今回ポスター賞の受賞対象となったのはどんな研究ですか?
本研究では、種々の神経変性疾患の原因となる凝集性タンパク質を生体内で分解する分子の開発を行っています。
凝集構造に特徴的なβシート構造に親和性を有する神経変性疾患診断薬(BTA, PDB)を凝集性タンパク質リガンドとして利用し、E3ユビキチンリガーゼ活性を有するIAPのリガンドと連結させた化合物1及び2(図A)によって種々のポリグルタミンタンパク質を人工的に分解へと導くことに成功しました。これらの化合物は凝集性タンパク質とIAPとを物理的に近づけ、ポリユビキチン化を引き起こすことでプロテアソーム依存的に凝集性タンパク質を分解します(図B)。
神経変性疾患の発症・進行に関わるとされる凝集性タンパク質の除去は有望な治療法として注目されています。本アプローチは凝集構造をターゲットとしている性質上、複数の神経変性疾患関連タンパク質に有効であり、神経変性疾患に対する共通の治療戦略の提案につながるのではないかと考えています。なお、本研究の一部は最近、Angew. Chem., Int. Ed. に報告しております。(DOI: 10.1002/anie.20170652)
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
本研究は友重秀介さん(現 ノートルダム大学博士研究員)と野村さやかさん(現 防衛医科大学助教)と3人で成し遂げたものになります。工夫した点としては凝集性タンパク質リガンドにBTAやPDBを用いた点です。こうすることにより理論上、凝集構造さえ持っていればどんなタンパク質の分解も可能となります。神経変性疾患を引き起こすタンパク質の多くは共通して凝集構造を有しています。そのため1つの化合物で複数の神経変性疾患関連異常タンパク質をターゲットとできることが本研究の一番の強みだと考えています。
現段階ではまだ、細胞レベルでの活性しか評価できていませんが、今後モディフィケーションを行うことによりin vivoで有効性を示す化合物の開発へと繋げたいと思います。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
様々な神経変性疾患関連タンパク質に対する化合物の効果の一般性を検討する際、それぞれの細胞種に適切なアッセイ条件の検討にはかなりの時間を要しました。実験の再現性を確保するために、継代数・播種数・細胞増殖速度・遺伝子導入効率にまでこだわり、実験を繰り返しました。本検討を通して、細胞を一定の状態に保つコツや疾病モデル細胞の扱いなどを習得できたのは良い経験となりました。また、本研究の立ち上げ段階に携わっていた友重秀介博士にも伺ったところ、以下のようなコメントをいただけました。
(友重)研究の立ち上げ段階では、適した活性評価系を見出すところに最も苦労し、時間を費やしました。当初は疾患原因タンパク質の遺伝子を細胞株に導入して評価系として用いていたのですが、1年近く条件検討をしても一向に化合物の活性が認められませんでした。合成した化合物がダメなのではと自信をなくすこともありましたが、各種検討・解析を続けた結果、用いていた細胞株が評価系に向かないことがわかり、患者由来細胞へと一新することで化合物の活性が認められるようになりました。修論一ヶ月前の出来事で、やっとポジティブデータが出たことに興奮したと同時に安堵したのを覚えています。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
具体的なところまではまだ決められていませんが、どんな時でも楽しめる自分独自の化学を見つけていけたらと思っています。研究の大半はトライアンドエラーの繰り返しですが、日々の実験を通し、どんなにうまくいかない時でも興味を持ち続けられる研究対象を探したいです。そのためにも、有機化学・物理化学・生化学などと領域を区切ることをやめ、化学をベースとした様々なことにチャレンジしていきたいと思います。そしてこうした積み重ねがいつか、創薬研究の発展に少しでも繋がれば嬉しいです。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
本研究を進める過程で私は、分野にとらわれない幅広い知識の重要性を実感しました。特に学会等でお会いする異分野の研究者の方々から受けるアドバイスは新鮮で、大変参考になりました。ですので、研究していて何か解決が困難な問題にぶつかった際には、異なるバックグラウンドを持った方の意見を聞いてみてください。もしかしたら同じ結果を見ても全く新しい解釈の仕方があることに気づくかもしれません。本研究も今後、更なる活性の向上やvivoへの応用を目指して進め、結果を学会などで報告していきたいと考えています。実際にお目にかかる機会があれば、是非ディスカッションさせて頂きたく思います。
最後となりましたが日々熱心なご指導・有益なアドバイスを頂いております橋本祐一教授、石川稔准教授に厚く御礼申し上げます。また共同研究者の友重秀介博士、野村さやか助教にも、この場をお借りして感謝申し上げます。お二人の力なくしてはこのような機会も頂くことは出来なかったと思います。有難うございました。
研究者の略歴
名前:山下 博子(やました ひろこ)
所属:東京大学大学院 薬学系研究科 生体有機化学分野 橋本研究室 博士後期課程2年
研究テーマ:神経変性疾患関連凝集性タンパク質分解誘導剤の創製
略歴・職歴:
2016年3月 東京工業大学大学院生命理工学研究科生体分子機能工学専攻修士課程 修了
2016年4月 東京大学大学院薬学系研究科薬科学専攻博士後期課程 入学
2016年4月~ 日本学術振興会特別研究員(DC1)