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スポットライトリサーチ

芳香族ニトロ化合物のクロスカップリング反応

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第116回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院工学研究科 材料化学専攻 有機材料化学講座(中尾佳亮研究室)M. Ramu Yadav博士長岡 正宏博士(現在は相模中央化学研究所 精密有機化学グループで勤務されています)にお願いしました。

中尾研究室では、金属触媒を軸に、時には他の触媒とうまく組み合わせることによって、単純な有機分子を直截的に変換する手法が開発されています。

今回、同研究室のYadav博士・長岡博士は、芳香族ニトロ化合物を反応剤とする新しいタイプの鈴木–宮浦カップリング反応を発見しました。この成果は最近報告され、プレスリリースでも取り上げられています。

The Suzuki–Miyaura Coupling of Nitroarenes

M. R. Yadav, M. Nagaoka, M. Kashihara, R.-L. Zhong, T. Miyazaki, S. Sakaki, Y. Nakao

J. Am. Chem. Soc. 2017, 139, 9423. DOI: 10.1021/jacs.7b03159

研究室の主催者である中尾先生から、Yadav博士と長岡さんについてコメントをいただきました。

Yadav 博士は、以前の私の共同研究者だったハイデラバード大学 Sahoo 教授のところで博士を取得し、ポスドクとして2年間いっしょに研究してくれました。Sahoo 教授と同じく、ゴールに向かってとにかく黙々と仕事に取り組むタイプで、粘り強く反応条件を検討してくれました。当初、研究室の看板でもある協働金属触媒系を検討しており、確か Rh と Pd を混ぜる系で初めてヒットが出たと記憶してます。Yadav 博士の献身的な努力によって、最終的には単純で分かりやすく使いやすい反応になりました。

長岡博士は、わずか1年間のポスドクでしたが、彼の加入によりこの仕事のクオリティは格段に上がりました。鈴木・高尾研で薫陶を受けただけあり、錯体化学をベースにした反応機構検討において絶大な力を発揮してくれました。毎日必ず食事をいっしょに取るほどに2人は仲が良く、この仕事を担当するうえで考えうる最高のコンビでした。Yadav 博士が最近インドに帰って結婚してしまったので、長岡博士はさぞ寂しがっていることと思います。2人は、研究室の学生に対しても気さくに接してくれ、研究姿勢の面でもいい手本を示してくれました。2人のこれからの研究人生に、この研究と私のラボでの研究生活の経験が役立つことを切に願います。

Q1. 今回のプレスリリース対象となったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

本研究では、芳香族ニトロ化合物を求電子剤として用いる鈴木–宮浦カップリング反応を達成しました(図1)。この反応の鍵過程は、Ar–NO2結合の酸化的付加です。通常、ニトロ化合物と低原子価金属種との反応では、ニトロ基の還元が進行し、ニトロソ化合物やアニリン類が生じますが、我々は、BrettPhos-Pd(0)がAr–NO2結合の酸化的付加に極めて有効であることを見つけました。

図1. 芳香族ニトロ化合物の鈴木–宮浦カップリング反応

通常の鈴木–宮浦カップリングで用いられる芳香族ハロゲン化物は、芳香族炭化水素から一段階で得られますが、しばしばジハロゲン化が進行し、ニトロ化よりも選択性が低いことが知られています(図2)。選択的にモノハロゲン化物を得る手法としては、ニトロベンゼンの還元からジアゾ化を経るザンドマイヤー反応が一般的ですが(反応中間体であるアリールジアゾニウム塩を用いる鈴木–宮浦カップリングもある(Tetrahedron Lett. 1996, 37, 3857))、本反応によって、より効率的なビアリール合成が可能となりました。

図2. 今回の反応の位置づけ

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

Ramu Yadav; I feel very happy for the success of this transformation and also gave me personal satisfaction as a researcher. It was a great moment to me, when biaryl product formation was noticed in trace amount with coupling partners 1-nitronaphthaline and phenylboronic acid in presence of Pd-catalyst. I am thankful to Prof. Yoshiaki Nakao for giving me an opportunity to work on this challenging project.

長岡; 酸化的付加錯体を単離したときが思い出深い瞬間でした。いくつかPd種とニトロベンゼンとの量論反応を仕込んでいましたが、軒並み反応溶液の見た目が悪かったのを覚えています。かなりの量の黒色沈殿(おそらくPdブラック)が析出していました。とりあえず、ろ過で沈殿を除き、さらに過剰のニトロベンゼンやBrettPhosをヘキサンで洗い流し、最後にクロロホルムで抽出してみました。すると薄黄色の抽出液が得られたので、エバポ後、NMRを測定してみると酸化的付加錯体でした。錯体が空気に対して安定であったことに加え、溶解度差で精製できたことは、幸運でした。ちょうど隣にRamuさんがいて、錯体の写真を撮ってくれました(図3)。

図3. 初めて単離したニトロベンゼンの酸化的付加錯体(焦ってBrettPhosのOMe基を描くのを忘れている)

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

Ramu Yadav; The major difficulty in this work was to overcome reduction of nitro group to amine and selective activation of C–NO2 bond. Our, initial efforts also showed reduction of NO2 group was major product. Next, we have decided to use electronically rich birayl phosphine ligands to overcome the aforementioned challenges. Finally, we discovered BrettPhos ligand was best choice for this transformation to obtain good results; 4-methoxybiphenyl in 76% isolated yield from 4-nitroanisole (0.6 mmol) and phenylboronic acid (0.9 mmol) when using Pd(acac)2 (5.0 mol%), BrettPhos (20 mol%), 18-crown-6 (10 mol%), and K3PO4·nH2O (1.8 mmol) in 1,4-dioxane at 130 °C for 24 h.

長岡; 反応機構解明のため、錯体ベースの量論反応を検討していましたが、酸化的付加錯体とその前段階のアレーン錯体以外は捕捉できませんでした。そこで、理論計算の権威である榊茂好教授にご尽力いただき、フルサイクルで反応機構を明らかにしていただきました。計算と実験の融合を身をもって実感でき、非常に貴重な経験をさせていただきました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

Ramu Yadav; I am very much passionate to discover new reactions from readily available substrates, which was previously thought difficult. I would like to join in academic institute in India to carry out both teaching and research activity.

長岡; 未知の反応や分子を見つけられたらと思い、研究に励んでいます。これからも、そんなシンプルな気持ちで、化学に向き合う時間を大切にしていきたいです。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

Ramu Yadav; I am regularly following Chem-Station highlights. This site is very useful to young researchers to update on top scientific discoveries in chemistry.

I believe working on challenging problems will be always a good learning process.

長岡; 私は、茨城高専で初めて生物無機化学の研究に出会い、その後、大学・研究機関を移る度に、無機化学から有機化学の分野へ(結果的に)徐々にシフトすることになりました。研究分野を変えると、ちょっとしたカルチャーショックもありますが、その分、学ぶことも多く、どのグループでも素晴らしい経験をさせていただきました。思い切って違う分野に飛び込んでみることも、多くの刺激を受けることができ、大変良い機会なのかもしれません。

最後に、本研究を進めるにあたり、大変お世話になりました中尾佳亮教授、榊茂好教授、Zhong Rong-Lin博士、柏原美勇斗君、東ソー株式会社の宮崎高則主任研究員に厚く御礼申し上げます。また、Pd錯体の元素分析ついては、笹森貴裕教授にご尽力を賜りました。おかげさまで素晴らしい測定結果が得られました。心より感謝しております。

関連リンク

京都大学大学院工学研究科 材料化学専攻 有機材料化学講座 中尾研究室

芳香族ニトロ化合物のクロスカップリング反応~芳香族化合物の川上原料を直接用いる医農薬、有機材料の合成~(京都大学プレスリリース)

研究者の略歴

M. Ramu Yadav

略歴
2008–2014 University of Hyderabad School of Chemistry, India (work with Prof. Akhila K. Sahoo)
2015–2017 Kyoto University Department of Material Chemistry, Japan (work with Prof. Yoshiaki Nakao)
研究テーマ
Functionalization of unreactive bonds and Co-operative metal catalysis

長岡 正宏(ながおか まさひろ)

略歴
2009年 茨城工業高等専門学校物質工学科卒業(小松崎秀人准教授)
2011年 東京工業大学工学部応用化学コース卒業
2013年 東京工業大学大学院理工学研究科応用化学専攻修士課程修了
2014年–2016年 日本学術振興会特別研究員
2016年 東京工業大学大学院理工学研究科応用化学専攻博士課程修了(高尾俊郎准教授)
2016年–2017年 京都大学大学院工学研究科材料化学専攻特定研究員(中尾佳亮教授)
2017年–現在 公益財団法人 相模中央化学研究所 精密有機化学グループ
研究テーマ
有機合成化学・有機金属化学

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投稿者の記事一覧

有機合成を専門にするシカゴ大学化学科PhD3年生です。
趣味はスポーツ(器械体操・筋トレ・ランニング)と読書です。
ゆくゆくはアメリカで教授になって活躍するため、日々精進中です。

http://donggroup-sites.uchicago.edu/

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