2015年、九州大学・友岡克彦および井川和宜らは、ヘテロ原子を組み込んだ中員環シクロアルキンの簡便合成法を開発した。その高い反応性と構造的特性、官能基密集基質における環化付加への応用性を実証している。この高歪み化合物合成の鍵を担うのはアルキン-コバルト錯体を用いるダブルNicholas反応である。
“Heteroatom-embedded Medium-Sized Cycloalkynes: Concise Synthesis, Structural Analysis, and Reactions”
Ni, R.; Mitsuda, N.; Kashiwagi, T.; Igawa, K.*; Tomooka, K.* Angew. Chem. Int. Ed. 2015, 54, 1190. DOI: 10.1002/anie.201409910
問題設定と解決した点
中員環シクロアルキンは大きな歪みを持っており、本来直線状であるはずの三重結合は屈曲した構造をとっている。特に電気陰性元素が置換する化合物は歪み促進型アジド-アルキン付加環化反応(SPAAC反応)[1]などへ応用可能であり、近年ケミカルバイオロジー領域でも注目を集めている。しかしながら化合物自体の不安定性や、合成工程の煩雑さなどの問題から実用面で改善の余地を残していた。
今回著者らはヘテロ原子(X,Y = O, N, S)を組み込んだ中員環シクロアルキンの簡便合成法を開発した。これらヘテロ原子は官能基導入部位、電気陰性部位として捉えることができる。合成品は安定性にも優れ、付加環化に対してもtunableな活性を示すため、新たな化学ツールとしての活用が期待できる。
技術や手法のキモ
エントロピー的に不利な歪シクロアルキンを合成するため、ダブルNicholas反応[2]が選択された(冒頭図)。アルキンをジコバルトカルボニル錯体とすることで構造を折り曲げることができ、中員環化に適した配座に規定できる。またコバルトd電子の関与により、活性の低いアルコールなどを脱離基とするSN1反応に供することができる。
主張の有効性検証
①合成条件の最適化
同様の戦略で中員環シクロアルキン合成へとアプローチした先行例はあるものの、オリゴマー生成などに起因する収率の低さに苦しめられていた。求核剤としてNTs含有基質を用いることで、2工程にて望むシクロアルキンが高収率で得られることが分かった。
コバルト脱錯に関してはアルキン自体の高反応性が問題となっていた。著者らはCAN/シリカゲルの条件を見いだし、効率的な脱錯を行なえるようにした(冒頭図)。コバルト残渣はshort padアミノシリカで簡便に除去できることも分かった。
②基質一般性
片方がスルホンアミドであることが求められるが、バリエーション高く歪シクロアルキンが合成可能である。
③構造特性と物性の評価
優れた熱安定性を誇り、1cは80℃で長時間加熱しても壊れない。
いくつかはX線結晶構造解析によりその折れ曲がり構造が明らかにされている。おおむねC-Y結合長と歪み角の大きさ(=大きいほど歪みが少ない)が正の相関を示す。これはσ*C-YとπC≡Cの相互作用に起因するものと考察される。計算化学(NBO解析)からもこれは支持される。
④付加環化に対する反応性の評価
SPAAC反応をベンチマークに速度解析を行なうと、既報のシクロアルキンと比べても良好もしくは遜色ない結果を与えることが分かった。アルキンの歪み角の大きさと反応性は正の相関を示す事実が知られている[3]。このため、反応速度の相対関係を見積もることが出来る。結晶構造から折れ曲がり角は1m(16°) < 1c(19°) < 1n(37°) < 1l(40°)の順列となっており、実際に反応性もその順列に沿っている。イソベンゾフラン、TMSジアゾメタンを用いた[3+2]付加環化に附しても同様の傾向が見られる。
⑤固相合成への適用
ケミカルバイオロジーツールへの応用を見据え、ペプチド固相合成法へと組み込み可能なFmoc保護カルボン酸担持試薬を創製した。Ns脱保護においてはチオラートアニオンを使っているが、シクロアルキン部位とは反応しない[5]。
実際に固相合成法で官能基密集化合物に組み込まれた歪シクロアルキンを合成し、SPAAC反応に附したところ、室温で反応が進行することも確認されている。
議論すべき点
- 試薬は関東化学よりDACNの名称で市販されている。
- 歪んだ環構造へとアプローチ出来る優れた合成法だが、それでも8員環(シクロオクチン)は事例が少なく、ハードルが大きいようである。
- 現状知られる中でSPAAC反応速度が最も大きい歪アルキンはBARAC[5]である。これに匹敵する反応効率を目指すには、どのような構造チューニングをすれば良いだろうか?本研究は合成工程数の短さに強みがあるので、それをなるべく毀損しないアプローチが求められるだろう。
次に読むべき論文は?
- 著者らは中員環アルケンのキラリティについて長年におよぶ基礎研究を行なっている。本研究は過去の知見をアルキンに拡張しつつ[6]も、現代的文脈に乗せて価値付けを行っている、模範的な展開例である。
参考文献
- Pioneering work: Agard, N. J.; Prescher, J. A.; Bertozzi, C. R. J. Am. Chem. Soc. 2004, 126, 15046. DOI: 10.1021/ja044996f
- Review: (a) Nicholas, K. M. Acc. Chem. Res. 1987, 20, 207. DOI: 10.1021/ar00138a001 (b) Teobald, B. J. Tetrahedron 2002, 58, 4133. doi:10.1016/S0040-4020(02)00315-0 (c) Green, J. R. Synlett 2012, 1271. DOI: 10.1055/s-0031-1290486
- Ess, D. H.; Jones, G. O.; Houk, K. N. Org. Lett. 2008, 10, 1633. DOI: 10.1021/ol8003657 (b) Schoenebeck, F.; Ess, D. H.; Jones, G. O.; Houk, K. N. J. Am. Chem. Soc. 2009, 131, 8121. DOI: 10.1021/ja9003624
- シクロノニンはシステイン側鎖と反応してしまうなど、適用制限が知られている:van Geel, R.; Pruijin, G. J. M.; van Delft, F. L.; Boelens, W. C. Bioconjugate Chem. 2012, 23, 392. DOI: 10.1021/bc200365k
- Jewett, J. C.; Sletten, E. M.; Bertozzi, C. R. J. Am. Chem. Soc. 2010, 132, 3688. DOI: 10.1021/ja100014q
- Their research about cycloalkynes: (a) Igawa, K.; Kawabata, T.; Ni, R.; Tomooka, K. Chem. Lett. 2013, 42, 1374. doi:10.1246/cl.130735 (b) Igawa, K.; Kawabata, T.; Uehara, K.; Tomooka, K. Heterocycles 2015, 90, 901. DOI: 10.3987/COM-14-S(K)109