[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

メソリティック開裂を経由するカルボカチオンの触媒的生成法

[スポンサーリンク]

2016年、プリンストン大学・Robert R. Knowlesらは、可視光レドックス触媒による1電子酸化を経てアルコキシアミンからカチオンラジカルを生成し、その後メソリティック開裂を進行させ、カルボカチオンを発生させる新手法を開発した。中性条件かつ温和な条件で進行し、酸に弱い基質や酸化されやすい求核剤も使用できる。

“Catalytic Carbocation Generation Enabled by the Mesolytic Cleavage of Alkoxyamine Radical Cations”
Zhu, Q.; Gentry, E. C.; Knowles, R. R.* Angew. Chem. Int. Ed. 2016, 55, 9969. DOI: 10.1002/anie.201604619 (アイキャッチ図は本論文より引用)

問題設定

 カルボカチオンは有機合成において古典的な中間体であるが、複雑化合物や不斉触媒への応用は限定的であり、新しい生成法が望まれている。カルボカチオンの発生法は様々あるが、それぞれ求核剤の制限がある。近年はイオンペアを活用した不斉触媒反応の研究も盛んとなってきているが、不安定なカルボカチオンは制御できないでいる。そこで中性条件でカルボカチオンを発生させる新規触媒反応は合成上、十分な利点と多様な求核剤の使用ができる可能性がある。

 著者らは、メソリティック開裂が問題解決の手法になると考えた。不対電子を近傍に持つ共有結合は、不安定化されることが知られている。このためしばしば自発的に開裂し、中性フリーラジカルとカルボカチオンが生成する。しかしながらこの化学過程は、有機合成的には過去ほとんど活用されてこなかった[1]。

技術や手法の肝

 著者らはマイルドな酸化過程で発生できるカチオンラジカルをメソリティック開裂前駆体として用いることを考えた。しかしながら、酸化ポテンシャルの低すぎる基質は、開裂後に生じるカルボカチオンが不安定化される懸念があり、バランスを考慮する必要があった。

 そのような観点からTEMPO脱離基がチョイスされた(冒頭図)。1電子酸化のポテンシャルは汎用求核剤と比較しても十分低い(Ep/2 = 0.7V vs Fc/Fc+ in MeCN)、メソリティック開裂によって安定なTEMPOラジカルが生じる、C-O結合も通常よりはるかに弱い((2-phenyl)isopropyl TEMPO etherのBDFEC-O=26 kcal/mol)、にもかかわらず酸化前のTEMPO誘導体は安定で取扱い容易、など諸々の特性が魅力的と考えられた。

主張の有効性検証

①反応条件の最適化

 TEMPOエーテルが可視光レドックス触媒による1電子酸化によってカルボカチオンを生成するかどうかを検証するため、シリルエノールエーテルを用いたカルボカチオン捕捉反応を行なった。光触媒を検討したところ、酸化力の強いRu(bpz)3(BARF)2(E0[Mn*/Mn-1] = +1.07 V)とIr(dF(CF3)ppy)(d(CF3)bpy)PF6 (E0[Mn*/Mn-1] = +1.26V)で反応が効率的に進行した。溶媒はニトロメタンが最適。対照実験として、遮光、光触媒無し、ルイス酸添加の条件を検討したが、目的物はほとんど得られなかった。

②基質一般性の検討

  カルボカチオン側は、ベンジル位・アリル位・3級炭素での反応に限定される。何らかの安定化要素がないと2級カチオン生成へアプローチすることは困難。単純な3級でも、E1脱離が併発して低収率に留まる。シリルエノールエーテルの他には、アリルシラン、アルケニルトリフルオロボレート塩、ヘテロ原子求核剤も用いることが可能。Friedel-Crafts型反応も問題なく進行。

③メカニズムに関する示唆

想定触媒サイクルは下記のとおり。

冒頭論文より引用

まず励起状態のIrがTEMPO誘導体を1電子酸化し、メソリティック開裂により、カルボカチオンを生じる。このカルボカチオンがシリルエノールエーテルとC-C結合を作り、目的物となる。生じたTEMPOラジカルはシリルカチオンと反応し、その際に電子をイリジウムから受け取ってIr(Ⅲ)が再生し、触媒サイクルが完結する。この時にTEMPOラジカルをIrが直接還元してTEMPOアニオンとなる経路は非常に困難となる(E1/2= -1.95 V vs. Fc/Fc+ in MeCN)。しかしTMS基がプロトンの代わりとしてはたらくsilyl-coupled ET過程を想定することで、還元電位が十分に下がり、この触媒サイクルが合理的になると考えられた。

この触媒サイクルは下記2つの実験事実からも支持される。

  • 蛍光消光実験を実施したところ、Ir触媒とTEMPOエーテルを混ぜると濃度依存的消光が起きることが確認された。一方でシリルエノールエーテルとは消光を起こさない。ゆえにIr触媒励起種と最初に反応するのはTEMPOエーテルのほう。
  • TEMPOエーテルのCV測定(MeCN中)を行なったところ、酸化sweepでは2つピークが確認された。 0.71V(vs Fc/Fc+)のピーク、N-O lone pairの酸化に対応し、0.21V(vs Fc/Fc+)のピークはTEMPO・/TEMPO+に対応している。このことから、1電子酸化によるTEMPOラジカルの系中生成が確認された。

議論すべき点

  • TEMPO捕捉がラジカル機構の検証にしばしば用いられるが、可視光レドックス反応や強力な1電子酸化条件に関しては、このような経路が走る可能性を常に想定しておく必要がある。
  • 基質が酸化に弱い部位を持つ場合、TEMPOラジカルがによって捕捉されてしまうため、系が複雑化するか触媒サイクルが回らなくなる可能性がある。
  • 単純な2級カルボカチオンは生成しないが、ほかの安定ラジカル構造を活用することで解決できる可能性もあるか?TEMPOのメチル基をより嵩高くするなどはどうか?
  • TEMPO導入・基質合成にやや難があるため、one-potでできれば活用の幅が広がり、合成上有用性が格段に向上する。C-H結合のHAT切断から生じた炭素ラジカルのTEMPO捕捉などは、一つの手段になるかもしれない。
  • TEMPO以外に同様の効果を示す、よりアクセスしやすい脱離基はないものか?理屈の上では脱離ラジカルが安定であればあるほど、本法の効果は高そうである。

次に読むべき論文は?

  • カルボカチオン反応の不斉触媒化に寄与するキラルカウンターアニオン触媒・イオンペア触媒に関する総説論文[2,3]

参考文献

  1. メソリティック開裂を有機合成に応用した数少ない例:(a) Kumar, V. S.; Floreancig, P. E. J. Am. Chem. Soc. 2001, 123, 3842. DOI: 10.1021/ja015526d (b) Wang, L.; Seiders, J. R.; Floreancig, P. E. J. Am. Chem. Soc. 2004, 126, 12596. DOI: 10.1021/ja046125b
  2. Brak, K.; Jacobsen, E. N. Angew. Chem. Int. Ed. 2013, 52, 534. DOI: 10.1002/anie.201205449
  3. Phipps, R. J.; Hamilton, G. L.; Toste, F. D. Nat. Chem. 2012, 4, 603. doi:10.1038/nchem.1405
Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. リボフラビンを活用した光触媒製品の開発
  2. メルマガ有機化学 (by 有機化学美術館) 刊行中!!
  3. 無保護カルボン酸のラジカル機構による触媒的酸化反応の開発
  4. 窒素固定をめぐって-1
  5. 次世代型合金触媒の電解水素化メカニズムを解明!アルキンからアルケ…
  6. 反応中間体の追跡から新反応をみつける
  7. アニリン版クメン法
  8. 侯召民教授の講演を聴講してみた

注目情報

ピックアップ記事

  1. リチャード・スモーリー Richard E. Smalley
  2. 化学産業を担う人々のための実践的研究開発と企業戦略
  3. 自動車用燃料、「脱石油」競う 商社、天然ガス・バイオマス活用
  4. 超難関天然物 Palau’amine・ついに陥落
  5. よう化サマリウム(II):Samarium(II) Iodide
  6. 厚労省が実施した抗体検査の性能評価に相次ぐ指摘
  7. 超微細な「ナノ粒子」、健康や毒性の調査に着手…文科省
  8. 岡大教授が米国化学会賞受賞
  9. ニコラス-ターナー Nicholas Turner
  10. 第49回ケムステVシンポ「触媒との掛け算で拡張・多様化する化学」を開催します!

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2017年9月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930  

注目情報

最新記事

有機合成化学協会誌2024年12月号:パラジウム-ヒドロキシ基含有ホスフィン触媒・元素多様化・縮環型天然物・求電子的シアノ化・オリゴペプチド合成

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年12月号がオンライン公開されています。…

「MI×データ科学」コース ~データ科学・AI・量子技術を利用した材料研究の新潮流~

 開講期間 2025年1月8日(水)、9日(木)、15日(水)、16日(木) 計4日間申込みはこ…

余裕でドラフトに収まるビュッヒ史上最小 ロータリーエバポレーターR-80シリーズ

高性能のロータリーエバポレーターで、効率良く研究を進めたい。けれど設置スペースに限りがあり購入を諦め…

有機ホウ素化合物の「安定性」と「反応性」を両立した新しい鈴木–宮浦クロスカップリング反応の開発

第 635 回のスポットライトリサーチは、広島大学大学院・先進理工系科学研究科 博士…

植物繊維を叩いてアンモニアをつくろう ~メカノケミカル窒素固定新合成法~

Tshozoです。今回また興味深い、農業や資源問題の解決の突破口になり得る窒素固定方法がNatu…

自己実現を模索した50代のキャリア選択。「やりたいこと」が年収を上回った瞬間

50歳前後は、会社員にとってキャリアの大きな節目となります。定年までの道筋を見据えて、現職に留まるべ…

イグノーベル賞2024振り返り

ノーベル賞も発表されており、イグノーベル賞の紹介は今更かもしれませんが紹介記事を作成しました。 …

亜鉛–ヒドリド種を持つ金属–有機構造体による高温での二酸化炭素回収

亜鉛–ヒドリド部位を持つ金属–有機構造体 (metal–organic frameworks; MO…

求人は増えているのになぜ?「転職先が決まらない人」に共通する行動パターンとは?

転職市場が活発に動いている中でも、なかなか転職先が決まらない人がいるのはなぜでしょう…

三脚型トリプチセン超分子足場を用いて一重項分裂を促進する配置へとペンタセンクロモフォアを集合化させることに成功

第634回のスポットライトリサーチは、 東京科学大学 物質理工学院(福島研究室)博士課程後期3年の福…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP