毎年恒例になりました、Reaxys PhD Prizeの発表です。有機化学・無機錯体分野の博士課程の学生もしくは博士取得後の1年以内の方が対象の国際賞です。非常に簡単に応募できる国際賞であるため、いまや同分野で今後活躍する若手研究者の登竜門としても有名です。
今年は世界中400件以上の強者の応募があったようですが、先日、その中から最終候補者(フィナリスト)45名が決まりました。
ここから10月に上海で行われるシンポジウムでの発表を経て、最終的に3人の受賞者が選ばれることとなります。なおファイナリストに選出された方は、このシンポジウムに無料で招待されます。
ケムステではここ数年ファイナリストおよび受賞者の研究を写真付きで紹介しています。過去のファイナリストは以下のリンクから。
過去のReaxys Ph.D Prizeファイナリスト(日本人中心)2016年|2015年|2014年|2013年| 2012年
過去のReaxys Ph.D Prize受賞者 2016年|2015年| 2014年 | 2013年 |2012年 | 2011年 | 2010年
最近ファイナリストで満足して、受賞者は紹介していないですね…。すみません。では、気を取りなおして今年もファイナリストに選ばれた日本人を中心に紹介しましょう!
日本からのREAXYS PH.D PRIZE 2017ファイナリスト
日本の大学で博士を取得もしくは博士課程在学で選ばれたファイナリストはこの8名(順不同)。
- 岩根由彦 東京大学菅研究室
- 栗山翔吾 東京大学西林研究室
- 長田 浩一 京都大学時任研究室
- 中室 貴幸 京都大学村上研究室
- 中野遼 東京大学野崎研究室
- 野木 馨介 京都大学辻研究室
- 佐野航季 東京大学相田研究室
- 山本久美子 東京大学金井研究室
おめでとうございます!ケムステでもすでに登場している方は何人かいますが、ひとりひとりファイナリストたちの現状と選定された研究内容を簡単にみてみましょう。
新たな特殊ペプチド合成を切り拓くー岩根由彦さん
岩根さんは東京大学菅研究室出身。研究は最近スポットライトリサーチで取り上げさせて頂きました。記事:新たな特殊ペプチド合成を切り拓く「コドンボックスの人工分割」
試験管内翻訳系においてこのコドンボックスを人工的に分割し、片方にもとの天然アミノ酸を保持したまま、他方に特殊アミノ酸を遺伝暗号として新たに追加することに成功しています。この研究で、独創性を拓く 先端技術大賞 文部科学大臣賞も受賞しています。
当時は博士課程の3年生でしたが、本年3月に修了し、現在は企業で研究をされているのか調べきれませんでした。
“Expanding the amino acid repertoire of ribosomal polypeptide synthesis via the artificial division of codon boxes.”
Iwane, Y.; Hitomi, A.; Murakami, H.; Katoh, T.; Goto, Y.; Suga, H. Nat. Chem.2016, 8, 317-325. DOI: 10.1038/nchem.2446
窒素をアンモニアとヒドラジンに変えるー栗山翔吾さん
栗山さんは東京大学西林研究室出身。現在京都大学杉野目研究室で博士研究員をしているようです。ケムステでもよく取り上げさせていただいていますが、窒素の触媒的変換反応に関する研究です。鉄錯体により、窒素をアンモニアとヒドラジンに変換することに成功しています。
関連記事
“Catalytic transformation of dinitrogen into ammonia and hydrazine by iron-dinitrogen complexes bearing pincer ligand”
Kuriyama, S; Arashiba. K; Nakajima. K; Matsuo, Y.; Tanaka, H.; Ishii, K.; Yoshizawa, K.; Nishibayashi, Y. Nat. Commun, 2016, 7, 12181. DOI: 10.1038/ncomms12181
アルミニウムで水素分子を活性化するー長田 浩一さん
長田さんは京都大学時任研究室出身。低酸化状態のアルミニウム化学種であるAl=Al二重結合化学種(ジアルメン)を用いて、室温・1気圧という穏和な条件で水素分子を活性化し、水素化アルミニウム化合物を得ることに成功しました。研究はスポットライトリサーチで取り上げさせていただいていますので、そちらの記事をおよみください。記事:「アルミニウムで水素分子を活性化する」
現在は、米国カリフォルニア工科大学Jonas Peters研にて日本学術振興会海外特別研究員として活躍しているようです。
Activation of Dihydrogen by Masked Doubly Bonded Aluminum Species
Nagata, K.; Murosaki, T.; Agou, T.; Sasamori, T.; Matsuo, T.; Tokitoh, N. Angew. Chem., Int. Ed. 2016, 55, 12877. DOI: 10.1002/anie.201606684
光学活性な環状化合物の合成ー中室 貴幸さん
中室さんは京都大学村上研究室より受賞。現在も博士課程の学生として研究を行っています。研究は上図にあるような、おにぎりのようなユニークな分子。光学活性な環状化合物を合成しました。
“Synthesis of Enantiopure C3-Symmetric Triangular Molecules,”
Miura, T.; Nakamuro, T.; Stewart, S. G.; Nagata, Y.; Murakami, M. Angew. Chem. Int. Ed. 2017, 56, 3334. DOI: 10.1002/anie.201612585
CO2の資源利用を目指した新たなプラスチック合成法ー中野遼さん
中野さんは、東京大学野崎研究室出身。独自に考案した合成法を用い、CO2とブタジエンを重合させ、まったく新しい形の高分子材料(プラスチック)をつくる方法を開発することに成功しました。現在はカリフォルニア大学サンディエゴ校Guy Bertrand研究室で博士研究員としてご活躍されています。本研究も、以前ケムステで取り上げさせていただきました。記事:「CO2の資源利用を目指した新たなプラスチック合成法」
“Copolymerization of Carbon Dioxide and Butadiene via a Lactone Intermediate”
Nakano, R.; Ito, S.; Nozaki, K. Nature Chem. 2014, 6, 325. doi:10.1038/nchem.1882
安価な遷移金属で二酸化炭素を有機化合物に取り込むー野木 馨介さん
野木さんは京都大学辻研究室出身。アルキンと二酸化炭素および亜鉛粉末存在下、コバルト触媒を作用させると、カルボ亜鉛化反応が進行し、続く求電子剤との反応で多置換オレフィンを合成しています。現在は、同大学の依光研究室で、助教として大学でのキャリアをスタートしています。
Carboxyzincation Employing Carbon Dioxide and Zinc Powder: Cobalt-Catalyzed Multicomponent Coupling Reactions with Alkynes
Nogi, K.; Fujihara, T.; Terao, J.; Tsuji, Y. J. Am. Chem. Soc. 2016, 138, 5547–5550. DOI: 10.1021/jacs.6b02961
環境の変化によって自在に色を変える”水”の開発ー佐野航季さん
佐藤さんは東京大学相田研究室出身。水に分散した微量の酸化チタンナノシートを数百ナノメートルの周期で規則配列させることにより、99%以上が水からなるにも関わらず鮮やかな色を呈し、環境の変化に応じて瞬時に色を変える新材料を開発しました。現在も博士課程の学生として研究に勤しんでいるようです。
“Photonic water dynamically responsive to external stimuli”
Sano, K.; Kim, Y. S.; Ishida, Y.; Ebina, Y.; Sasaki, T.; Hikima, T.; Aida, T. Nat. Commun 2016, 7, 12559. DOI: 10.1038/ncomms12559
ポリオールを選択的に合成するー山本久美子さん
山本さんは東京大学金井研究室出身。アルデヒドに対して特定の方向から結合させられる独自のエノラートを発生させる手法を見出し、これを用いることで、特定の数・立体の水酸基を有するポリオールを選択的に合成することに成功しました。山本さんはロレアル・ユネスコ女性科学者賞の受賞者であり、ケムステでも取り上げさせていただきました。記事:「科学は夢!ロレアル-ユネスコ女性科学者日本奨励賞2015」。現在は長田さんと同じく米国カリフォルニア工科大学Jonas Peters研にて博士研究員として活躍中です。
“Catalytic Asymmetric Iterative/Domino Aldehyde Cross-Aldol Reactions for the Rapid and Flexible Synthesis of 1,3-Polyols”
Lin, L.; Yamamoto, K.; Mitsunuma, H.; Kanzaki, Y.; Matsunaga, S.; Kanai, M. J. Am. Chem. Soc. 2015, 137, 15418.
5員環を含むPAHの特異な反応性開発と高発光性パイ共役分子群の創製ー朝魯門さん
朝さんは京都大学村田研究室出身。4つのベンゼン環がつらなるテトラセンにベンゼンを含む5員環を導入。その後、反応させる化合物によって、曲がったものや平面のπ共役分子に変化させました。現在は博士研究員として引き続き村田研究室で研究を行っています。
“Electron-Deficient Tetrabenzo-Fused Pyracylene and Conversions into Curved and Planar π-Systems Having Distinct Emission Behaviors”
Murata, M.; Sugano, Y.; Wakamiya, A.; Murata, Y. Angew. Chem. Int. Ed. 2015, 54 , 9308. DOI: 10.1002/anie.201503783
その他日本人以外のファイナリスト
日本人だけ受賞者や研究の概要を述べましたが、もちろん国際賞ですので、全世界の一流研究室が名を連ねています。受賞者の顔ぶれをぜひご確認ください!
2017年Reaxys Prize ファイナリスト一覧はこちら