[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

配位子だけじゃない!触媒になるホスフィン

[スポンサーリンク]

N–N結合形成反応を触媒する環状ホスフィンが報告された。四員環ホスフィン(ホスフェタン)を触媒とし、シランを再還元剤に用いることで、脱酸素化が律速段階となるN–N結合形成反応が進行する。

ホスフィンを触媒として用いる

三配位ホスフィンは、酸素原子の良い受容体であり、Wittig反応光延反応をはじめとした、脱酸素化を駆動力とする多くの有用な反応に用いられる。

しかしながら、これらの反応には当量のホスフィンオキシドが副生するという問題が残る。近年では、ホスフィンオキシドを再還元することで、ホスフィンを触媒的に用いる反応開発が行われている。

これを達成するためには、ホスフィンオキシドの選択的還元剤と温和な還元剤でも容易に還元されうるホスフィンオキシドの設計が重要となる。

O’Brienらは、五員環ホスフィン1と再還元剤としてジフェニルシランを用いることで、Wittig反応を触媒的に進行させることに成功した(図1A)[1]。環状ホスフィンの歪みエネルギー解消が温和な還元剤を利用できる所以である。

さらに、マサチューセッツ工科大学のRadosevich准教授らは、より構造的に歪んだ四員環の環状ホスフィンであるホスフェタンオキシド2·[O]を触媒に用いると、五員環ホスフィンとは異なった反応性を示すことを報告した(図1B)[2]。α-ケトエステルに対し、カルボン酸存在下、1を触媒に用いると還元体4が得られるが、2を用いることで縮合体5を与える。

今回、Radosevich准教授らは、古くから知られているN–N結合形成を含むインダゾール合成法(カドガンインダゾール合成法)を、ホスフェタンオキシド3·[O]によって触媒的に進行させることに成功したので紹介する(図1C)[3]。さらに、量子化学計算により、反応の進行に対するホスフェタン骨格の構造的利点を明らかとした。

図1. ホスフィン触媒と脱酸素化反応

 

A Biphilic Phosphetane Catalyzes N−N Bond-Forming Cadogan Heterocyclization via PIII/PV=O Redox Cycling

Nykaza, T. V.; Harrison, T. S.; Ghosh, A.; Putnik, R. A.; Radosevich, A. T. J. Am. Chem. Soc. 2017, 139, 6839.

DOI: 10.1021/jacs.7b03260

論文著者の紹介


研究者:Alex T. Radosevich

研究者の経歴:
2002 B.S. University of Notre Dame, In (Prof. Olaf G. Wiest)
2007 Ph.D, The University of California Berkeley, CA (Prof. F. Dean Toste)
-2010 Posdoc, Massachusetts Institute of Technology, MA (Prof. Daniel G. Nocera)
-2016 Assistant Professor, The Pennsylvania State University, PA
present Associate Professor, Massachusetts Institute of Technology, MA
研究内容:触媒開発(特にリン化合物の触媒開発)

論文の概要

ベンゾアルジミンに対し、触媒量のホスフィンオキシド3·[O]とその再還元剤フェニルシランを100℃、トルエン中作用させることで、既存の手法(150℃, neat)より温和な条件下、対応するインダゾールが得られた(図2A)。

この反応条件は幅広い基質に対して有効であり、o-ニトロアゾベンゼンからはベンゾトリアゾールが得られた。一方で、複数のニトロ基が置換した基質を用いると反応は低収率にとどまった。

本反応が良好に進行した大きな要因は、ホスフィンとして構造的に歪んだホスフェタン3を用いた点である。

本反応は、ニトロ基とホスフィンの(3+1)キレトロピック付加が律速段階であり、続く二度の脱酸素化によりN–N結合が形成し目的物が得られる 。これらの基質を単純化し、P-メチルホスフェタン(3′)とトリメチルホスフィンによるニトロメタンの脱酸素化(図2B)について、DFT計算により活性化エネルギーを比較した結果、3′を用いた場合の活性化エネルギーの方が小さくなることがわかった。遷移状態TS1の歪曲·相互作用エネルギー分析によると、歪曲エネルギー(ΔEd=ΔEdN+ΔEdP)はいずれのホスフィンを用いた場合でも同程度であった。

一方で、相互作用エネルギー(ΔEi)による分子の安定化は3′を用いた場合に大きく、活性化エネルギー(ΔE)が小さくなったと考えられる(図2C)。ただし、ホスフィンの構造の違いによる相互作用エネルギーへの影響は、フロンティア軌道計算により裏付けられている。詳細は本論文を参照されたい。

図2. インダゾール合成の基質適用範囲/遷移状態と活性化エネルギー

 

以上、ユニークな歪みのあるホスフィンであるホスフェタンを用いて、反応の触媒化に成功するだけでなく、より温和な条件で反応を進行させることに成功した。今後はより高度な還元的変換反応の触媒化に期待したい。

参考文献

  1. O’Brien, C. J.; Tellez, J. L.; Nixon, Z. S.; Kang, L. J.; Carter, A. L.; Kunkel, S. R.; Przeworski, K. C.; Chass, G. A. Chem., Int. Ed. 2009, 48, 6836. DOI: 10.1002/anie.200902525
  2. Zhao, W.; Yan, P. K.; Radosevich, A. T. Am. Chem. Soc. 2015, 137, 616. DOI: 10.1021/ja511889y
  3. Cadogan, J. I. G.; Mackie, R. K. Synth. 1968, 48, 113. DOI: 10.15227/orgsyn.048.0113
Avatar photo

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. 【日本精化】化粧品・医薬品の原料開発~「キレイ」のチカラでみんな…
  2. C–S結合を切って芳香族を非芳香族へ
  3. 理系で研究職以外に進んだ人に話を聞いてみた
  4. 免疫/アレルギーーChemical Times特集より
  5. 鬼は大学のどこにいるの?
  6. ノーベル化学賞メダルと科学者の仕事
  7. 第95回日本化学会付設展示会ケムステキャンペーン!Part II…
  8. とある化学者の海外研究生活:イギリス編

注目情報

ピックアップ記事

  1. 化学系企業の採用活動 ~現場の研究員視点で見ると~
  2. ドラマチック有機合成化学: 感動の瞬間100
  3. 化学者のためのエレクトロニクス講座~無電解めっきの還元剤編~
  4. 続々と提供される化学に特化したAIサービス
  5. エリック・ベッツィグ Eric Betzig
  6. ジョナス・ピータース Jonas C. Peters
  7. ケムステV年末ライブ & V忘年会2021を開催します!
  8. ちょっと変わったイオン液体
  9. ポリアクリル酸ナトリウム Sodium polyacrylate
  10. カーボンナノリング合成に成功!

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2017年7月
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31  

注目情報

最新記事

有機合成化学協会誌2024年12月号:パラジウム-ヒドロキシ基含有ホスフィン触媒・元素多様化・縮環型天然物・求電子的シアノ化・オリゴペプチド合成

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年12月号がオンライン公開されています。…

「MI×データ科学」コース ~データ科学・AI・量子技術を利用した材料研究の新潮流~

 開講期間 2025年1月8日(水)、9日(木)、15日(水)、16日(木) 計4日間申込みはこ…

余裕でドラフトに収まるビュッヒ史上最小 ロータリーエバポレーターR-80シリーズ

高性能のロータリーエバポレーターで、効率良く研究を進めたい。けれど設置スペースに限りがあり購入を諦め…

有機ホウ素化合物の「安定性」と「反応性」を両立した新しい鈴木–宮浦クロスカップリング反応の開発

第 635 回のスポットライトリサーチは、広島大学大学院・先進理工系科学研究科 博士…

植物繊維を叩いてアンモニアをつくろう ~メカノケミカル窒素固定新合成法~

Tshozoです。今回また興味深い、農業や資源問題の解決の突破口になり得る窒素固定方法がNatu…

自己実現を模索した50代のキャリア選択。「やりたいこと」が年収を上回った瞬間

50歳前後は、会社員にとってキャリアの大きな節目となります。定年までの道筋を見据えて、現職に留まるべ…

イグノーベル賞2024振り返り

ノーベル賞も発表されており、イグノーベル賞の紹介は今更かもしれませんが紹介記事を作成しました。 …

亜鉛–ヒドリド種を持つ金属–有機構造体による高温での二酸化炭素回収

亜鉛–ヒドリド部位を持つ金属–有機構造体 (metal–organic frameworks; MO…

求人は増えているのになぜ?「転職先が決まらない人」に共通する行動パターンとは?

転職市場が活発に動いている中でも、なかなか転職先が決まらない人がいるのはなぜでしょう…

三脚型トリプチセン超分子足場を用いて一重項分裂を促進する配置へとペンタセンクロモフォアを集合化させることに成功

第634回のスポットライトリサーチは、 東京科学大学 物質理工学院(福島研究室)博士課程後期3年の福…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP