第105回のスポットライトリサーチは、九州大学大学院薬学研究院・環境調和創薬化学分野・大嶋孝志研究室出身の森崎一宏博士(現在は京都大学・化学研究所・川端猛夫研究室博士研究員)にお願いしました。
生理活性化合物の効率的な合成法の開発は、化学ならびに薬学において重要な研究分野です。しかし、従来法ではしばしば過剰量の反応剤や多段階反応が必要なことが問題となります。
そこで、大嶋研究室は、この従来法を克服する「環境調和型触媒反応」の開発に取り組んでいます。
イミンに対する付加反応はアミン類の合成法として活発な研究がなされてきましたが、反応前後で窒素原子上の保護基の着脱が必要とされ、合成工程や環境調和性の面で課題が残っていました。今回、森崎さんらは、無保護イミンに対するアルキンの付加反応を触媒的に行える手法の開発に成功しました。本成果はすでに論文として発行され、プレスリリースとしても取り上げられています。
Direct access to N-unprotected tetrasubstituted propargylamines via direct catalytic alkynylation of N-unprotected trifluoromethyl ketimines
K. Morisaki, H. Morimoto, T. Ohshima
Chem. Commun. 2017, 53, 6319. DOI: 10.1039/c7cc02194a
それでは、詳細をご覧ください!
Q1. 今回の受賞対象となったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
これまで用いることが困難であった窒素上無保護のイミンに対する末端アルキンの触媒的付加反応を開発し、無保護アミン類を効率的に合成することに成功しました。
イミンに対する求核付加反応は種々のアミン類を合成可能なため多くの研究がなされてきました。しかし、そのほとんどは十分な反応性を得るため、及び副反応を防ぐために窒素原子が保護されたイミンを用いていました。このため、合成素子として有用な無保護のアミンを得るためには生成物の保護基を除去する操作が必要となり、反応工程数の増加・廃棄物の増加を招いていました。
今回私たちは、無保護トリフルオロメチルケチミンに対する末端アルキンの直接的な付加化反応に有効な新規亜鉛触媒系を開発し、種々のα位四置換炭素含有無保護アミン類を効率的に合成することに成功しました。また、得られた無保護生成物は脱保護を行うことなく直接窒素上に置換基を導入可能であり、生物活性物質の四置換アナログの合成に利用できることを実証しました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
アルキニル亜鉛種の生成法として、ジエチル亜鉛と酸添加剤を1:1の比で用いる条件を思いついたところです。
無保護イミンを用いる反応は、保護されたイミンに対する反応と比較して、次のような問題のため反応の開発が困難になります。
- 保護基によるイミンの反応性・安定性の調節ができないこと
- 生成物が無保護のアミンであるため副反応や触媒の失活が起きやすくなること
- 求核剤とNHプロトンの脱プロトン化が競合し得ること
そのため、活性種であるアルキニル金属種が目的の反応のみを促進するような細かいチューニングが重要になると考えました。私たちは、ジエチル亜鉛に対し1当量の酸添加剤を加えることで、末端アルキンの存在下2分子のエタンの生成を伴ってカウンターアニオンを有する種々のアルキニル亜鉛種の効果的な生成が可能であると予想しました。
実際に検討を行ったところ、他の触媒系や当量のアルキニルリチウムを用いても全く進行しなかった無保護イミンに対する付加反応が、触媒量のジエチル亜鉛とカルボン酸を組み合わせた条件では進行することがわかりました。さらに、(反応機構の解明に関してはさらなる検討が必要ですが)本条件は酸添加剤を変えるだけで反応系のチューニングが可能であり、容易に最適な条件を見出すことができました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
まだ解決すべき問題の方が多いのですが、反応に適した無保護イミンの選択と無保護イミンの合成です。
無保護イミンはあまり用いられてこなかったため、研究の初期段階では様々な無保護イミンの合成と種々付加反応への適応を検討し、その安定性や反応性を見極めていく必要がありました。今回はα位にトリフルオロメチル基を有するケチミンが比較的安定であり、プロトン移動型の付加反応に適用可能であることを見出すことができました。
しかし、アセトフェノン由来の無保護ケチミンに対する反応など、より広範囲な基質を用いることは反応性や安定性の点から未だ困難であります。また、簡便かつ環境調和性に優れた無保護イミンの合成法は未だ確立されておらず、これらを解決していく必要があると考えています。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
あまり表面に出ることのなかった問題点を提示し、さらにそれを解決する方法論を見出せるような研究者になりたいと考えています。
また、純粋にフラスコの中で起こっていることを想像し、有機化学を楽しむ心を忘れずにしていきたいです。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
今回の研究は一見すると無保護の基質を使っただけの反応ですが、検討する中で安定性・反応性・合成法などいくつもの見えなかった問題点が見えてきました。
案外難しいなと思ったら、それは新しい知見を得るチャンスだと思います。なぜなら、そこにはこれまで得られた知見を元に立てた仮説と実際の反応との間にギャップがあり、そのギャップこそが見えてきていなかった問題点であるからです。
関連リンク
・九州大学プレスリリース:無保護アミン類の直接的かつ効率的な新しい合成方法の開発に成功!
・九州大学大学院薬学研究院・環境調和創薬化学分野・大嶋孝志研究室
研究者のご略歴
森崎一宏 (もりさきかずひろ)
所属:京都大学 化学研究所 川端猛夫研究室
日本学術振興会特別研究員(PD)
研究テーマ:位置・化学選択的分子変換法の開発、環境調和型アミン合成法の開発
略歴
2012年3月 九州大学薬学部卒業
2014年3月 九州大学薬学府創薬科学科修士課程修了(大嶋孝志研究室)
2017年3月 九州大学薬学府創薬科学科博士課程修了(大嶋孝志研究室)
2017年4月〜 京都大学 化学研究所 博士研究員(川端猛夫研究室)
受賞など
第137回薬学会年会:優秀発表賞
5th Junior International Conference of Cutting-Edge of Organic Chemistry Asia: Outstanding Oral Presentation Award
第 5 回大津会議: 選抜参加
第 31 回有機合成化学セミナー: ポスター賞
九州大学学生表彰 (学術研究表彰)