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化学者のつぶやき

「芳香族共役ポリマーに学ぶ」ーブリストル大学Faul研より

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第15回目にしてケムステ海外研究記は、初めてのイギリスからの寄稿です。第12回の西口昭広さんからのご紹介で、ブリストル大学でポスドクをされた渡辺和誉博士(現在は立命館大学総合科学技術研究機構研究員(赤木和夫研究室))にお願いしました。

専門のポリマー研究からイギリスでの生活まで、たくさんお話を伺うことができました!ぜひご覧ください!

Q1. 現在、どんな研究をしていますか?

「芳香族共役ポリマー(Aromatic Conjugated Polymer: ACP)」を主軸に研究しています。ACPは有機高分子でありながら発光性、光捕集性、電気伝導性などの半導体的性質を示すユニークな材料です。しかも分子そのものがこのような性質を有しているので、会合状態や配向方向を制御すると、円偏光性や異方的キャリア伝導などの特異な機能を発揮します。また、ACPは主鎖全体に広がったπ電子系を持っていますから、分子間π-スタッキング構造を形成しやすいという特徴も持っています。そのため、他の非共有結合性の相互作用と組み合わせれば様々な自己組織化構造をデザインすることができます。このような観点から、ACPの自己組織化や光電子特性の高機能化にフォーカスした研究を行っています。具体例を挙げると、光学活性なACPが自発形成するらせん構造の同定とそのキラル光学特性の評価(図1, 2)[1],[2]や、外部からの光刺激に応答して発光色が変化する機能性ACPの合成(図3)[3] などです。

留学中は、University of Bristol のCharl FJ Faul教授のグループに博士研究員として所属しながら、イオン性自己組織化(Ionic Self-Assembly: ISA)と両親媒性テトラアニリン誘導体の研究を行いました。ISAは、電荷を持つ界面活性剤と、反対の電荷を持つ高分子電解質(またはオリゴマー)との間に働く静電相互作用を利用して、疎水性のイオン性塩を得る合成手法です[4][5]。上記の二つを化学量論比で水中にて混合するとイオンペアの組み換えが起こり、互いの疎水部がイオン結合で結びついた難溶塩が沈殿してくるため、簡便に純度の高い生成物を得ることができます。生成された塩の分子内では、脂溶性の疎水部と親水性のイオンペアとが整然と配列することになるので、分子スケールのナノ相分離構造が実現できます。もともとイオン性ACPを用いてISAに類似の方法でらせん構造を構築していたので、これまでの経験を発展させる形でこのテーマに取り組みました。もう一方のテトラアニリンは、ACPの一つ、ポリアニリンの最小等価体として知られる分子です。ポリアニリンは酸化やプロトンドーピングによって様々な状態を取るのですが、テトラアニリンはその全ての状態を再現できる最小のオリゴマーです(図4)。さらに、テトラアニリンにはポリマーのような分子量分布がないため、分子間会合によって精緻な超分子構造を形成できるという利点があります。これらの特徴から、テトラアニリンをポリアニリンの自己組織化を研究する上での理想的なモデル分子として扱い、両親媒性テトラアニリン誘導体の自己組織化構造と、その構造に対してドーピングが与える影響について研究しました。

図1. 不斉添加剤にとってキラリティ誘起されたACPが自発形成するポリマースフェルライト(内部に主鎖間らせん構造を含む)[1]

図2. 光学活性なACPの主鎖内らせん構造と、添加剤による会合で形成される分子間らせん構造[2]

図3. 外部からの光刺激に応答して発光のON-OFFが可能なRGB&W発光体、およびRGB各色に相互切り替え可能な白色発光体[3]

図4. テトラアニリンの4つの状態(Leucoemeraldine base: LEB; Emeraldine base: EB; Emeraldine salt: ES; Pernigraniline base: PB)間の相互変換関係。右下はポリアニリン。

Q2. なぜ日本ではなく、海外で研究を行う(続ける)選択をしたのですか?

化学では、他のサイエンス分野と同じように、英語による成果発表が主流です。論文にせよ学会発表にせよ、国際的に発信する場合には英語で行うことが求められます。また、研究者同士のコミュニケーションも英語で行うのが一般的です。そのため、海外、特に英語圏に身を置いて研究生活を送ってみたいという気持ちが強くありました。もっと言えば、現在の「科学」発祥の地である欧米に渡り、その気風や研究姿勢を肌で感じ取りたいという思いもありました。たまたまイギリスの University of Bristol に縁があったこともあり、こちらで2年間の研究生活を送ることを決意しました。

Q3. 研究留学経験を通じて、良かったこと・悪かったことをそれぞれ教えてください。

良かった点には、効率化された大学の研究環境が体験できたことを挙げたいと思います。

まず、作業の分業化が進んでいます。例えば、合成化学や材料化学では必須ツールであるNMR、MASS、元素分析や、汎用性の高い電子顕微鏡およびX線回折は学内に個別のセクションが設置されており、それぞれに専門のスタッフが常駐して装置の保守管理や学生への指導を行っていました。スタッフに測定を委託することも、学生や研究員自身が装置を扱うこともできるようになっており、ニーズに応じた利用が可能でした。さらに自動化できる部分は極力自動化され、ユーザーの負担軽減を図っている様子が感じとれました。例えば、6台あった共用のNMRはどれもオートサンプラーがついているので、利用者は測定が終わるまで別の作業に時間を割くことができます。

次に、学生への化学教育が行き届いていた点です。研究室配属前に化学合成のいろはをしっかり学んでいるようで、「目的化合物の合成・精製・同定(NMRの測定と帰属, MASS, 元素分析)」は独力でできるようになった状態で配属されてきました。日本では配属されたばかりの4回生に対してこれらを一から教えていたので、いい意味で驚きでした。学生も与えられたテーマにすぐ取り掛かれますから、学生側にも教員側にも負担が少ないよい環境だと思います。

他にも、メールシステム、スケジュール管理、オンラインストレージはGoogleのサービスを基盤にしており、ウェブブラウザやスマートフォンとの親和性が高く、どこにいても容易にアクセス・編集できるので大変便利でした。Googleカレンダー上で機器の予約や教員の予定を確認できた点もありがたかったです。新しいサービスを全学レベルで取り入れる柔軟さに感心してしまいました。他にも、大学で研究データバックアップ用の大容量サーバーを運用していた点など、IT関連はかなり充実していたと思います。

これらの事柄から感じたのは、学生や教員が効率よく研究活動を行えるように、大学が組織的にバックアップしているという点です。「研究の場」としての大学が、組織・制度の両面から形作られているのです。翻って日本の大学では、個人や個々の研究室の努力に依存している部分が存外に多いような気がします。公共性の高い装置の共用化・専業化・自動化と、基礎実験教育の手厚さは、日本の大学でもぜひ力を入れるべきだと感じた部分です。これらが充実すれば、学生も教員も自身のテーマに向き合う時間が長くとれるようになっていくのではないでしょうか。

悪かった点、というよりは海外で研究を行うデメリットと言うべきかもしれませんが、「英語では自身の思考能力が貧弱になる」のを実感したことを挙げたいと思います。これは、私の知る英語の語彙やフレーズが日本語のそれらに比べると少ないことが原因です。思考が言葉で成り立っている以上、これは思考力に制限がかかっていることを意味します。実際、英語でのやりとりでは表現・言い回しが画一的になりがちでした。細かなニュアンスの違いを意識してはいても、表現しきれなかったのです。指導教員や研究室メンバーと議論している最中にはこれが「思考の枷」となって、自分の発想や考えが稚拙なものになっている感覚がありました。個人の英語力に大きく依存する事ではありますが、イギリスで長く過ごしていた友人も同じことを言っていたので、英語を第一言語としていない日本人留学生には共感してもらえる話ではないかと思います。

図5. ブリストル大学での実験室の様子。日本以上に安全管理に厳しいお国柄でしたが、試薬は柵もない棚の上に置いてOKでした。この辺りは地震の多い日本と違いが出ていて面白いところです。

図6. Bletchley Parkに展示されているドイツの暗号機 Tirpitz Enigma(日独間の通信に使用された型)と、復元されたイギリスのEnigma解読装置 Bombe。かつて Government Code and Cypher School (GC&CS) が置かれ、現在は当時を伝える博物館となっています。「暗号解読(サイモン・シン著)」という本を読んで以来ずっと訪れてみたかった場所でした。短期の旅行では諦めがちなマイナースポットを気が済むまで堪能できるのも留学のメリットだと思います。

Q4. 現地の人々や、所属研究室の雰囲気はどうですか?

現地の人の雰囲気はさまざまでしたが、所属研究室にはフレンドリーだったり気さくに声をかけてくれたりする人が多くいました。右も左もわからなかった私が無事にイギリスで新生活を始められたのも、彼らがサポートしてくれたおかげです。研究室を率いるFaul教授は温厚な人柄で、定期的にグループの学生や研究員と個人面談を行うなど、きめの細かい指導を行っていました。奥さんが留学生向けの交流会を主宰している関係で、イベントに呼ばれたり手伝いを頼まれたりと、プライベート面でも色々な経験をさせてもらえました。研究以外にも多くの機会をもらえたことはとてもありがたかったです。お酒を飲むのが好きな人が多くて、何かお祝い事や記念日があるたびに研究室で昼間から飲み会が始まったのが印象的でした。そのあと外に出てバーをハシゴするところまでが既定路線です(笑) 日本の飲み会と違って何も食べずにひたすら飲み続けるだけなので、最初は面食らいました。が、一回当たりのコストが小さいので気軽に行けるというメリットも。学外に目を向けると、日本をテーマにした交流会がブリストル内だけでも3グループあり、日本に関心を持つ人が意外と多いという印象でした。もちろん、開催場所はどれもバーです!

図7. ブリストルでの留学生交流会へお手伝いにいったときの様子。ゲストとして参加する側になることもありましたが、裏方に駆り出される機会のほうが多かったです(笑)

図8. イギリス出立前に研究室のメンバーと。

Q5. 渡航前に念入りに準備したこと、現地で困ったことを教えてください。

渡航前に特に気にかけていたのは、現金通信手段、そして住居の3つです。1つ目の現金については、留学当初はイギリスでの銀行口座がなく、多額の現金を持ち歩くことにも抵抗があったため、現地のATMから日本の口座のお金を引き出せるサービスを利用することにしました。日本にいるうちに口座開設を行う必要があったので、出発前に手続きを済ませました。当初はATMの操作に戸惑いましたが、余剰な現地通貨を持つ必要がなかったため重宝しました。2つ目について、今はスマートフォンが多機能なので、通信環境さえ整えば検索、翻訳、地図、乗り換え情報、ホテルや交通機関の予約など、多くのことができます。特に慣れない異国の地では非常に頼りになります。そこで、スマートフォン(SIMカード)の契約方法やどんな会社があるのかなどは事前に十分に調べていきました。結局、threeという会社のサービスを利用しましたが、イギリスで提供されるサービスは日本よりも安くて充実しており、助かりました(物は日本より高くて当然なのに通信サービスだけは安かった)。3つ目の住居は、見つけるのにとても苦労しました。私は学生ではなく大学寮を利用できなかったので、自力で探す必要があったのですが、日本からでは勝手がわからず出発前に見つけることは叶いませんでした。仮住まいに滞在している間に研究室メンバーが協力してくれたおかげで事なきを得ましたが、やはり住居が決まらないのは落ち着かないですので、事前の十分な準備をお勧めします。

Q6. 海外経験を、将来どのように活かしていきたいですか?

研究者として活動していく上で役立てていきたいと考えています。2年間イギリスに滞在できたおかげで、英会話に対する抵抗感はかなり小さくなりましたし、外国の方と話す場合にも物怖じしなくなりました。自身の英語スキルもいくらか向上したと実感しています。言葉がわからない場合でも、表情や身振り手振りでだいたい伝わるという経験を積めたことも大きかったですね。今後、海外の方と研究協力をしたり国際会議に参加したりする際に、今回の経験がメリットとなって活きてくることでしょう。

Q7. 最後に、日本の読者の方々にメッセージをお願いします。

2年間の留学生活を振り返ってみると、割となんとかなるものだなというのが正直な感想です。出発前はわからないことが多くて不安でいっぱいでしたが、実際に行動に移してみるとそこまで大変ではないことがほとんどでした。わからないことがあれば現地の人や留学生仲間に聞いてもいいし、今はネットで調べるという手もあります。その一方で、現地での生活を経験して得るものはとても大きいです。海外で生活したということ自体も自信になります。留学を終えた今、イギリス行きへの心理的ハードルはもはや国内旅行のそれと同程度になったので、自分の中の世界が一回りも二回りも大きくなった実感があります。留学ならば期間も目的も明確ですから、行くべきか迷っている人は必ず行くべきだと思います。案ずるより産むが易し、だいたいのことはなんとかなるのでまずは一歩踏み出してみてください。

関連論文・参考資料

  1.  K. Watanabe, H. Iida, and K. Akagi, Adv. Mater. 2012, 24, 6451-6456. DOI: 10.1002/adma.201203155
  2. K. Watanabe, Z. Sun, and K. Akagi, Chem. Mater. 2015, 27, 2895-2902. DOI: 10.1021/acs.chemmater.5b00121
  3. J. Bu, K. Watanabe, H. Hayasaka, and K. Akagi, Nature Commun. 2014, 5, 3799 (1-7). DOI: 10.1038/ncomms4799
  4. C. F. J. Faul, M. Antonietti, Adv. Mater. 2003, 15, 673-683. DOI: 10.1002/adma.200300379
  5. C. F. J. Faul, Acc. Chem. Res. 2014, 47, 3428−3438 DOI: 10.1021/ar500162a

関連書籍

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研究者のご略歴

渡辺和誉(わたなべ かずよし)

略歴:

2002-2006年 筑波大学 第三学群 工学基礎学類
2006-2008年 筑波大学大学院 数理物質科学研究科 物性・分子工学専攻(修士)
2008-2015年 京都大学大学院 工学研究科 高分子化学専攻(博士(工学)、赤木和夫教授)
2015年4月-2017年3月 School of Chemistry, University of Bristol (UK), 博士研究員(Prof. Charl FJ Faul)
2017年4月-現在 立命館大学 総合科学技術研究機構 研究員(赤木和夫教授)

研究テーマ:芳香族共役ポリマーの自己組織化・機能性芳香族共役ポリマーの合成

海外留学歴:イギリスに2年間

Orthogonene

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有機合成を専門にするシカゴ大学化学科PhD3年生です。
趣味はスポーツ(器械体操・筋トレ・ランニング)と読書です。
ゆくゆくはアメリカで教授になって活躍するため、日々精進中です。

http://donggroup-sites.uchicago.edu/

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