[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

近傍PCET戦略でアルコキシラジカルを生成する

[スポンサーリンク]

2016年、プリンストン大学・Robert Knowlesらは、 可視光レドックス触媒を用いることでアルコールから直接的にアルコキシラジカルを発生させることに成功した。また続くC-C結合開裂により、環状3級アルコールからの鎖状ケトン合成を達成した。本反応のキモは分子内プロトン共役型電子移動(PCET)によるアルコールからのアルコキシラジカル生成である。

“Catalytic Ring-Opening of Cyclic Alcohols Enabled by PCET Activation of Strong O–H Bonds”

Yayla, H. G.; Wang, H.; Tarantino, K. T.; Orbe, H. S.; Knowles, R. R.* J. Am. Chem. Soc. 2016, 138, 10794–10797. DOI: 10.1021/jacs.6b06517

問題設定と解決した点

 アルコキシラジカルは生成後、水素原子移動(HAT)かβ-開裂のどちらかの反応を起こすことが知られている。有用な合成中間体である一方、ヒドロキシ基O-H結合のBDEの高さ(105 kcal/mol)ゆえ、アルコールからアルコキシラジカルを直接的に発生させる方法はこれまで知られていなかった。

 Knowlesらは培ってきた光触媒によるPCET活性化法を応用することで、この問題への解決を試みた。

 

技術と手法の肝

 本反応の鍵は近傍電子移動を活用したPCET過程にある。

 PCET過程によると、一電子酸化剤とブレンステッド塩基が協奏的に働くことによって、基質からプロトンと電子が同時に奪われ、酸化的にO-H結合の開裂が起きる過程が速度論的に有利となる。

 一方で、近傍にアリールラジカルカチオンを据えておくと、近接したアルコールからアルコキシラジカルが生じる事実が知られている[1]。Knowlesらはこれに着目して検討を行った。

 

主張の有効性検証

①反応条件の最適化

 冒頭図のようなPMP置換シクロヘキサノールを用いて条件検討を行っている。広く用いられているIr(dF(CF3)ppy)2(dtbbpy)(PF6)(1.22V vs SCE)では基質の酸化を行えず、より酸化力の強いIr-dCF3錯体 (1.30V vs SCE、冒頭図)を用いている。

 光・光触媒・ブレンステッド塩基いずれが欠けても反応は進行しない。

 チオフェノールなしでも50%収率で反応は進行することから、おそらくコリジンのベンジル位C-HでHATを起こす経路が競合していると考えられる。

②基質一般性の検討

 非対称化合物を基質とする場合、安定なラジカルを生成する方向で反応は進行する(ヘテロ原子隣接位など)。PMP に近いアルコールと遠いアルコールで、選択的な反応が可能(ステロイドの例)。鎖状アルコールでも同様のβ-開裂を起こしてケトンを与える。ラジカル捕捉剤をチオフェノールから変更することで、各種ハロゲン化も可能。PMP置換位置はアルコールα位でなくてもよく、γ位程度までは許容される。

③反応機構に関する示唆

 Stern-Volmer実験により、励起状態にあるIr(III)触媒と基質間との電子のやり取りは、PMPの1電子酸化のみであることを示している。

 続くO-H結合の開裂は、PT/ETでなく、PCETで進行していると考察されている。アルコールプロトンををコリジンで引き抜く過程が不利である(ΔGo = +34 kcal/mol)こと、Ir(II)とアリールラジカルカチオンの逆反応が有利である(ΔGo = -53 kcal/mol)ことを理由として挙げている。

 PCETの過程はエネルギー的に有利であり(ΔGo = -1 kcal/mol)、δ位より遠隔にPMPが存在すると反応が進行しづらく成るという実験結果ともおおむね一致する。

 また、アリール基をPMPから他の電子豊富なものに変え、塩基との組み合わせも様々に変えてBDFEごとに反応進行を調査している。その結果、102 kcal/mol近くかそれを超える組み合わせでは反応は進行することがわかった。PCET が起こるか否かを予測するのに有用な情報といえる。

冒頭論文より引用

議論すべき点

  • この概念をHAT触媒に応用することを考えた場合、光触媒とPMP基の間で電子移動起こるかどうかをまず調べるのが効率的。Mechanism-Based Screening はこの目的にかなり使い勝手の良い考え方となる。
  • アルコキシラジカルからC-C 開裂とHAT が起こる速度もいろいろと調べられている。

参考文献

  1. Baciocchi, E.; Bietti,M.; Lanzalunga, O. Acc. Chem. Res. 2000, 33, 243. DOI: 10.1021/ar980014y
Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. タキサン類の全合成
  2. (+)-フォーセチミンの全合成
  3. 糖鎖クラスター修飾で分子の生体内挙動を制御する
  4. マテリアルズ・インフォマティクスの基礎知識とよくある誤解
  5. 米国版・歯痛の応急薬
  6. 低投資で効率的な英語学習~有用な教材は身近にある!
  7. 今冬注目の有機化学書籍3本!
  8. 和製マスコミの科学報道へ不平不満が絶えないのはなぜか

注目情報

ピックアップ記事

  1. グレッグ・フー Gregory C. Fu
  2. 亜鉛クロロフィル zinc chlorophyll
  3. 病理学的知見にもとづく化学物質の有害性評価
  4. トリフルオロメタンスルホン酸トリエチルシリル : Triethylsilyl Trifluoromethanesulfonate
  5. 第49回「キラルブレンステッド酸に魅せられて」秋山隆彦教授
  6. 祝100周年!ー同位体ー
  7. 科学部をもっと増やそうよ
  8. MOF の実用化のはなし【京大発のスタートアップ Atomis を訪問して】
  9. えっ!そうなの?! 私たちを包み込む化学物質
  10. 会社説明会で鋭い質問をしよう

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2017年6月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  

注目情報

最新記事

ヘム鉄を配位するシステイン残基を持たないシトクロムP450!?中には21番目のアミノ酸として知られるセレノシステインへと変異されているP450も発見!

こんにちは,熊葛です.今回は,一般的なP450で保存されているヘム鉄を配位するシステイン残基に,異な…

有機化学とタンパク質工学の知恵を駆使して、カリウムイオンが細胞内で赤く煌めくようにする

第 641 回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院理学系研究科化学専攻 生…

CO2 の排出はどのように削減できるか?【その1: CO2 の排出源について】

大気中の二酸化炭素を減らす取り組みとして、二酸化炭素回収·貯留 (CCS; Carbon dioxi…

モータータンパク質に匹敵する性能の人工分子モーターをつくる

第640回のスポットライトリサーチは、分子科学研究所・総合研究大学院大学(飯野グループ)原島崇徳さん…

マーフィー試薬 Marfey reagent

概要Marfey試薬(1-フルオロ-2,4-ジニトロフェニル-5-L-アラニンアミド、略称:FD…

UC Berkeley と Baker Hughes が提携して脱炭素材料研究所を設立

ポイント 今回新たに設立される研究所 Baker Hughes Institute for…

メトキシ基で転位をコントロール!Niduterpenoid Bの全合成

ナザロフ環化に続く二度の環拡大というカスケード反応により、多環式複雑天然物niduterpenoid…

金属酸化物ナノ粒子触媒の「水の酸化反応に対する駆動力」の実験的観測

第639回のスポットライトリサーチは、東京科学大学理学院化学系(前田研究室)の岡崎 めぐみ 助教にお…

【無料ウェビナー】粒子分散の最前線~評価法から処理技術まで徹底解説~(三洋貿易株式会社)

1.ウェビナー概要2025年2月26日から28日までの3日間にわたり開催される三…

第18回日本化学連合シンポジウム「社会実装を実現する化学人材創出における新たな視点」

日本化学連合ではシンポジウムを毎年2回開催しています。そのうち2025年3月4日開催のシンポジウムで…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー