第102回のスポットライトリサーチ。今回は、理化学研究所・袖岡有機合成化学研究室の研究員、五月女 宜裕さんにお願いしました。五月女さんは、理化学研究所環境資源科学研究センターで触媒・融合研究グループの研究員も兼務されています。
袖岡研究室では、有機生理活性物質の効率的な合成を目指して、触媒的不斉合成手法の開発が行われています。五月女さんらは、キラルなニッケル錯体を触媒とする不斉[3+2]環化付加型反応を実現し、不斉炭素を3つ有するヘテロ環化合物の合成に成功しました。それだけに留まらず、様々な手法でニッケル触媒を解析することによって、その電子構造を明らかにし、触媒が基質をどのように活性化するかを実験的かつ定量的に理解できるようにしました。この成果は、金属錯体触媒の論理的かつ効率的な開発に役立つものと期待されています。
一連の結果はNature Communications誌に掲載されました。さらに、プレスリリースとしても取り上げられていましたので、今回インタビューをさせていただきました。
Y. Sohtome, G. Nakamura, A. Muranaka, D. Hashizume, S. Lectard, T. Tsuchimoto, M. Uchiyama, M. Sodeoka
Naked d-orbital in a centrochiral Ni(II) complex as a catalyst for asymmetric [3+2] cycloaddition
Nature Communications 2017, 8, 14875. DOI: 10.1038/ncomms14875
五月女さんについて、共同研究者の橋爪大輔先生 (理研CEMS) からコメントを頂戴しました。
五月女さんは金属錯体の触媒を研究しているのに、d軌道の結晶場分裂もまともに知らない人でした。しかし、結晶(回折)-溶液(分光と計算)を統合し、溶液中での触媒の姿を捉えようと方向が決まると、すごい馬力でどんどん研究が進みました。分野を超越しましたね、私にはマネできません。参りました。
それでは、本成果をご覧ください!
Q1. 今回の受賞対象となったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
従来、金属錯体触媒を用いる触媒的不斉反応では、金属塩とキラル配位子の組み合わせを変える”Try&Error”によって、反応の最適化が行われます。今回、私たちの共同研究チームは、触媒開発・反応開発に加え、錯体の結晶構造解析・溶液状態解析を融合させることで、「ニッケル錯体触媒が溶液中でどのように反応基質を活性化するか?」に迫りました。特に、X線回折法によって価電子分布を可視化する電子密度分布解析を駆使することで、「直感的」「定量的」に、ニッケル錯体の電子構造を議論することが可能となり、これにより新しい触媒反応機構を提唱することができました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
本研究は、袖岡研に異動した2011年、当時学部4年生の中村元太くん (明大理工、土本研究室)、特別研究員のシルバン・レクター博士とともに立ち上げた思い入れのあるテーマです。こだわったのは「メカニズム解析に迫った上で新しいコンセプトを提唱することを目指そう」という点です。あたらしい触媒系・反応系には未知の化学が秘められており、それを解き明かすことができれば、化学が広がると感じてきたからです。中村くんが反応開発をほぼ一人でまとめあげ、修論を書いている最中に、最後の置き土産としてニッケル錯体触媒の結晶を残してくれました。この錯体との出会いがこの研究の転機であり、(私にとっては) 壮大な錯体解析の始まりでした。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
不斉触媒反応の開発をライフワークの一つとしていた私にとっては、錯体の電子構造解析はまさに未知の領域でした。電子密度分布解析を行なって頂いた橋爪大輔先生 (理研CEMS)、また錯体の溶液解析とDFT計算をゼロから教えて頂いた内山真伸先生 (理研、理研CSRS、東大院薬) と村中厚哉博士 (理研、理研CSRS) には半ば居候のような形でお世話になり、親身に助けていただきました。この3人との出会い、日々のディスカッションがなければ「錯体の電子構造と触媒活性の理解」に辿り着くことはできませんでした。私の経験不足のため、論文発表まで計6年という長い歳月がかかってしまいましたが、ここで得られた経験は今後の研究人生に欠かせない最高の財産です。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
ケミカルエピゲノム (化学と生物の連携) にも力を入れており、研究室や研究分野の垣根を超えて友人を作りたいと思っています。他の分野にも「わかる」「使ってもらえる」アイディアを提供することで、有機合成化学の底力を発信することを心がけたいと思っています。
また、一緒に研究しているメンバーにとって財産になる研究生活を提供したいと思っています。論文アクセプト会と称して現在化学メーカーに勤める中村くんと祝杯をあげた時に、「特許を連発しています!」と聞いた瞬間が一番嬉しかったです。もちろん、中村くんが優秀だからであり、実験化学者に欠かせない強運に加え、結果を見逃さない洞察力を持っているからだと思います。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
理研では、玉尾皓平先生が設立してくださった「異分野交流の夕べ」という研究者の集いがあります。恐れ多くも、特別講演させていただく機会があり (しかも英語で)、そこで最後に使った言葉で締めさせてください。
“Interdisciplinary exchange enriches the interaction between people, ideas, and research philosophies. Keep building great friendship beyond fields and laboratories!”
関連リンク
・理科学研究所プレスリリース:ニッケル錯体触媒の電子構造を可視化-新しいキラル分子の合成を可能とする触媒反応機構を提唱-
・理化学研究所・創発物性科学研究センター・物質評価支援ユニット・橋爪研究室
研究者のご略歴
五月女 宜裕 (そうとめ よしひろ)
所属:
理化学研究所/袖岡有機合成化学研究室/研究員
理化学研究所環境資源科学研究センター/触媒・融合研究グループ/研究員 (兼務)
現在のテーマ: 触媒的不斉反応の開発、酸素を用いた酸化的触媒反応の開発、ケミカルエピゲノム
略歴:
2006年3月 東京大学大学院薬学系研究科 博士課程修了 (橋本祐一教授、長澤和夫助教授)
2006年4月~2008年3月 東京大学大学院薬学系研究科 助手・助教 (柴﨑正勝教授)
2008年4月~2009年3月 JSPS海外特別研究員 (Yale大学、Andrew D. Hamilton教授)
2009年4月~20011年3月 東京農工大学工学府 特任助教 (長澤和夫教授)
2011年4月より現職