第101回のスポットライトリサーチです。今回は、東京農工大学・工学部・生命工学科・川野研究室の川野竜司先生、京都大学・高等研究院物質—細胞統合システム拠点・古川研究室の古川修平先生にインタビューを行いました。
川野研究室は2014年に始動した若いグループです。ナノサイズまで材料加工できる精密な工学的技術を駆使しながら、膜タンパク質などの生命科学的物質を模倣した微小デバイスを開発したり、様々な生命科学的現象を研究しています。
また、古川先生はメゾスケールの金属錯体分子集合体の合成や、その物性に関する研究をされています。金属錯体分子集合体への基礎的な理解を通じて、微小環境で機能を発現する新材料を創り出すことを目標としています。特に、センサーデバイスへの融合や細胞生物学への応用を目指しています。
最近、川野先生と古川先生は、二つの電流値を持つ人工イオンチャネルの開発に成功しました。合成パートは古川先生が、計測パートは川野先生がそれぞれ先導して共同研究を行いました。異分野がうまく融合したことによって、今回の成果が生まれました。また、本成果は米Cell Press社の新しい化学雑誌Chemに報告されました。同時に、プレスリリースとしても取り上げられていましたので、今回記事として取り上げさせていただきました。
Metal-Organic Cuboctahedra for Synthetic Ion Channels with Multiple Conductance States
R. Kawano, N. Horike, Y. Hijikata, M. Kondo, A. Carné-Sánchez, P. Larpent, S. Ikemura, T. Osaki, K. Kamiya, S. Kitagawa, S. Takeuchi, S. Furukawa
Chem 2017, 2, 393.
また、川野先生・古川先生のお人柄について、竹内昌治先生・北川進先生からそれぞれコメントをいただきました。
竹内先生からのコメント:
川野さんは、脂質2重膜を用いた膜タンパク質機能計測の専門家として、約8年前に研究室に来ていただきました。当時、研究室で開発されたドロップレット接触法による脂質2重膜を使って何かできないかと悩んでいた時期だったので、アイディアマンの川野さんの加入のおかげで様々な方向性が生まれ、創薬から匂いセンサまで一気に応用が広がりました。研究室では、異分野融合を推進しているため、メンバーの多くが、自分とは異なる分野の研究者との共同研究を推進しています。共同研究が生まれるきっかけはさまざまですが、川野さんと古川さんのように「とにかく飲み会」から仲良くなるケースは少なくありません。何か面白いことができないか?と気の合う仲間通しで楽しく議論したことが、今回のような先進的な成果につながったのだと思います。お二人の飽くなき興味と世界を驚かせようという意気込みにはいつも感心しています。独立してからも数々の興味深い成果を出されていくものと楽しみにしております。
北川先生からのコメント:
私は古川さんが4年生に研究室に所属して以来の付き合いです。常々、研究について、発見(discovery), 驚き(wonder), 感動(passion)のレベルがある、我々は感動を目指そう。と言っています。研究すれば、何がしかの発見があるのは当たり前です。そこで予想とは異なる驚きがあれば、これは「素晴らしい研究」と言われるレベルと思います。しかし、「感動」となると専門家でなくても一般の方々に感動を与えるものでなくてはならないレベルです。大発見、ブレークスルーなどと言われるものでしょう。今回の川野さんとの共同研究で第一歩を踏み出したものが「感動」に至る道に繋がるものと大いに期待しています。
それでは、本研究にまつわるストーリーをご覧ください!
Q1. 今回のプレス対象となったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
今回の研究では、一つの分子で複数のイオン電流を示す、人工イオンチャネルの合成と機能評価を行いました。生体内には、「Tow-pore channel(TPC)」に代表されるように、一つの分子で複数のイオン電流を示す膜タンパク質が存在します。今回はその機能再現に大きく近づく成果となりました。アルキメデス立体である立方八面体という正三角形8つと正方形6つの入り口があり、中心に大きな孔を有する金属錯体多面体分子(MOP)を合成しました(図1)。これをマイクロデバイス中に再現した人工細胞膜の中に埋め込み、単一分子レベルでのチャネル電流計測を16個並列に可能な「ハイスループット計測」により評価したところ(図2)、正三角形の入口、正方形の入り口をイオンが通るとそれぞれ別の電流値を示すことが明らかになりました(図3)。すなわち、二つの入り口を切り替えることで、二つの異なるチャネル電流を示す新しい人工イオンチャネルの創成に成功しました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
古川:今回のロジウム錯体を骨格としたMOPは、実は博士課程学生時代にも合成に挑戦した分子です。エカトリアル部位のカルボン酸が配位不活性であるため置換反応が起こりにくく、僕は合成できませんでした。北川研でグループリーダになった後、技術員の堀毛奈央さんに合成をお願いし、1年近くかけて条件を検討して合成方法を見つけてくれました。単結晶X線回折測定できちんと構造解析できた時は大変嬉しかったですね。
川野:一番初めにMOPのチャネル電流シグナルが出たときのことが忘れられません。その後に大量のデータを取りましたが、今でもその時のデータが最も綺麗だと思います。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
川野:この研究は実は始めてから論文が掲載されるまで7年ほどかかっています。自分のメインテーマとして集中して取り組めなかったので、古川さんと長い時間をかけてコツコツと積み上げてきた成果です。これだけ時間がかかるとダメになることもあるのですが、共同研究者の古川さんとの人間的な相性が良かったお陰で最終的に形にすることができました。周りからは共同研究ではなく二人で遊んでいると思われていたかもしれなかったので、論文になってホッとしています。
古川:川野さんも書いていますが、得られたデータから本当にどこまで言えるのかを考え、論文に仕上げるところが大変でした。論文の新規性と確からしさを補強するために、合成、測定、解析、そして計算(名大ITbMの土方優さんとの共同研究です)のフィードバックを回して、じっくりデータを集めました。それから論文にする過程で、何度も川野さんと議論し、書き直しを繰り返してやっと世に出すことができました。分野が違う研究者がお互いに信頼し、意見をぶつけて、良いものを出そうと思っていたからこそ、乗り越えられたのだろうと思います。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
川野:化学は物質としての分子を扱う学問だと思います。分子と物質ではない情報や空間(場)を組み合わせることで、一つ階層が上のシステムを研究したいと考えています。そのためには工学のアプローチが有用だと感じています。
古川:新しい分子をつくるのは合成化学の醍醐味だと思いますが、色んな種類の分子をうまく集めて個々にはない機能を発現させられる「集合体としてのシステム」をつくっていきたいと思っています。化学を柱に、他の科学分野の方々と協力して、「面白い何か」をつくっていきたいです。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
川野:私の尊敬する先生に「研究者にとって最も大切なことはなんですか?」と訪ねたら「健康やで」と言われたので、皆さんも健康に気をつけて研究に取り組みましょう!
古川:「酔っ払って夜中過ぎても仕事の話で盛り上がれるのが研究者だ」と学生時代に先輩に言われたのですが、これは学生、教員に関係なく真理かなと思っています。研究者にかぎらず、周りにいる仲間をぜひ大切にして、楽しく研究していきましょう!
関連リンク
・二つの電流値を持つ人工イオンチャネルの合成に成功 —多面体分子でイオンの流れを切り替える—(プレスリリース)
・京都大学・高等研究院物質—細胞統合システム拠点・古川研究室
【研究者のご略歴】
川野竜司
ナノポアによる一分子計測、分子ロボット
古川修平
錯体化学、メゾスコピック領域における合成化学