記念すべき第100回のスポットライトリサーチ!今回は、東京大学大学院 工学系研究科 総合研究機構・西林仁昭研究室の博士課程2年、永澤 彩さんにお話を伺いました。
窒素分子を有用分子へと変化するためには、まずアンモニアを合成する必要があります。ハーバー・ボッシュ法はアンモニア合成法として世界中で用いられている反応ですが、鉄系触媒存在下、高温・高圧(400–600 ℃、100–200気圧)条件が必要なことがネックと言えます。そこで、高活性なアンモニア合成触媒の開発が活発に行われています。将来は、新しい高活性触媒を用いた手法がハーバー・ボッシュ法を代替するかもしれません。
西林先生は、アンモニア合成触媒の設計・合成の第一線でご活躍されています。これまでに、常温・常圧条件で触媒的に窒素をアンモニアに変換できるモリブデン錯体の合成に成功しています。
永澤さんは、それよりもさらに高い、世界最高の触媒能を持つアンモニア合成錯体を開発しました。本研究成果はNature Communicationsに掲載され、プレスリリースもされています。
Remarkable catalytic activity of dinitrogen-bridged dimolybdenum complexes bearing NHC-based PCP-pincer ligands toward nitrogen fixation
A. Eizawa, K. Arashiba, H. Tanaka, S. Kuriyama, Y. Matsuo, K. Nakajima, K. Yoshizawa, Y. Nishibayashi
Nature Communications 2017, 8, 14874. DOI: 10.1038/ncomms14874
西林先生は永澤さんについて次のように評されています。
永澤さんは非常に穏やかで人柄も良く、現在の研究に対して非常に精力的に取り組んでいることはもちろんですが、国際化学オリンピックメダリストとしての経歴と共に、4才から現在までバイオリンをたしなみ、クラシック音楽のアンサンブルを演奏会で発表するなど芸術的才能も兼ね備えている才女です。今回の論文では受理まで合計3回の改訂を行いましたが、審査員からの厳しいコメントに対して、最後まで粘り強く対応してくれたことに敬意を表しています。今後どの様に成長していってくれるのか、将来が非常に楽しみです。
それでは、触媒開発過程の裏側に迫りましょう!
Q1. 今回の受賞対象となったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
PCP型ピンサー配位子を持つモリブデン窒素錯体がアンモニア合成に対して高い触媒活性を示した、という研究です。当研究室では過去にPNP型ピンサー配位子を持つモリブデン窒素錯体が常温常圧で触媒的に窒素ガスから最高で23当量のアンモニアを生成することを報告しています (Nat. Chem. 2011, 3, 120.)。この錯体は配位子が解離しやすかったため、本研究ではそれを抑えるべくPNP配位子のピリジン部位をN-ヘテロ環状カルベン (NHC) へと変換した2種類のPCP配位子 (PCP[1]配位子およびPCP[2]配位子、PCP =リン―カルベン―リン、[]内の数字はNHCとホスフィンとを繋ぐアルキル鎖の長さ) を持つモリブデン窒素錯体を合成しました (図)。これらの錯体を触媒として用い、窒素ガスと還元剤、プロトン源からアンモニアを合成する反応を検討したところ、PCP[2]配位子を持つモリブデン窒素錯体を用いた場合には触媒あたり3.2当量のアンモニア生成にとどまりました。一方で、PCP[1]配位子を持つモリブデン窒素錯体を用いた場合には触媒あたり最高で230当量のアンモニアが生成し、遷移金属錯体を用いた温和な条件下でのアンモニア合成の触媒としてはこれまでで最高の活性を達成しました。(ハーバー・ボッシュ法を超えた訳ではありません)
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
配位子のNHC部位とホスフィンとを繋ぐリンカーの長さを変えた点です。学部4年生の時の卒業研究ではPCP[2]配位子を持つ窒素錯体を研究しており、アンモニア合成に対する触媒活性が全く出ていませんでした。西林先生からはとある飲み会の席で「触媒活性出るまで論文出さへんで(笑)」と言われ、論文になるのはいつになることやらと思っていました。そんな時に荒芝博士から「リンカーを短くしたらどうか」とアドバイスを頂きました。内心「こんなちょっとの差では触媒活性が出るようにはならないだろうな」と思いつつ合成していたのがPCP[1]配位子を持つ窒素錯体です。できた錯体を使ってアンモニア合成を試し、その結果が出たときの感激を今でもよく覚えています。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
アンモニア合成に高い触媒活性を示したPCP[1]配位子をもつ窒素錯体がなかなか結晶化しなかったためX線構造解析ができず、とても苦労しました。1年弱かけて様々な溶媒の組み合わせを試しても一向に結晶化する気配がなく、もう無理かと諦めかけていたところ、粗生成物をTHFに溶解して冷凍庫に3ヶ月ほど放置していたものから結晶が析出していました。もう一度同じように再結晶してみると、1ヶ月冷却しただけではX線解析に十分な大きさの結晶は析出せず、2–3ヶ月冷却することが必須であることがわかりました。数日の冷却で結晶が生えなかったからといってサンプルを捨てていなくて本当にラッキーでした。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
この元素ってこんな性質があったんだ、と皆を驚かせるような分子を作りたいです。
将来どんな環境にいるかまだ全く分かりませんが、どこにいるにせよ自分だけでなく周りの人も巻き込んで楽しくやっていきたいと思っています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
研究が思うように進まない時もありますが、そんな時は研究室の外に出てリフレッシュしましょう。学会や若手の会などに行って他の研究室にも友達をたくさん作ると非常に刺激を受けられるのでおすすめです。
最後に、今までご指導して下さった西林先生、中島先生、荒芝博士をはじめとする研究室内外の皆様、そしてこのように研究を紹介する機会を下さったケムステスタッフの皆様に深く御礼申し上げます。
関連リンク
・東京大学大学院 工学系研究科 総合研究機構・西林仁昭研究室
・世界最高の活性を示すアンモニア合成触媒の開発に成功~モリブデン錯体を触媒とした常温・常圧での窒素固定反応~
・アンモニアがふたたび世界を変える ~第2次世界大戦中のとある出来事~
・鉄錯体による触媒的窒素固定のおはなし-1
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・窒素 Nitrogen -アミノ酸、タンパク質、DNAの主要元素
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研究者のご略歴
永澤 彩(えいざわ あや)
[所属]
東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻 西林研究室 博士2年
日本学術振興会特別研究員 DC1
研究テーマ 「遷移金属錯体を用いた高効率な触媒的窒素固定反応の開発」
[経歴]
2010年3月 白陵高等学校 (兵庫県) 卒業
2014年3月 東京大学工学部化学生命工学科 卒業
2016年3月 東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻 修士課程修了
2016年4月―現在 東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻 博士課程
2016年4月―現在 日本学術振興会特別研究員 DC1