有機合成化学に関わる方ならばおなじみの有機合成化学協会誌。有機合成化学協会の会員誌であり、様々な有機合成化学に関する話題が日本語で読むことができる、今日ではかなり貴重な雑誌です。
さて、早速ですが今月号からこの有機合成化学協会誌の紹介することなりました(理由は後ほど)。今月、5月号は特集号で「キラリティ研究の最前線」。キラリティの研究での第一人者・代表選手(研究者)たちが自身の研究について詳しく述べています。
会員の方ならば、それぞれの画像をクリックすればJ-STAGEを通してすべてを閲覧することが可能です。それでは御覧ください!
キラルブレンステッド酸触媒の創製と新展開
学習院大学の秋山隆彦教授らによる論文。
BINOL由来のキラルリン酸触媒(秋山・寺田触媒)は大変有名で誰もが利用する代表する有機触媒(キラルブレンステッド酸)のひとつとなっています。現在様々な反応で使用されているキラルリン酸触媒に関する最近の進歩を、開発者である筆者自身の研究を中心にまとめたもので、キラルリン酸を用いる上での注意点も記載されており、有機触媒研究者のみならず不斉合成に携わる研究者の必読論文です。
DOI: 10.5059/yukigoseikyokaishi.75.410
イリジウム触媒による高原子効率型の不斉合成反応
大阪市立大学に栄転された西村貴洋教授らによる論文。
イリジウム触媒を用いた原子効率の高い反応に取り組んでおり、特に触媒不斉反応の開発に力をいれています。本論文では、筆者らが最近開発したイリジウム触媒による新しい反応とその不斉反応への展開を述べています。イリジウム触媒にキラルジエンなどの配位子を組み込んだオリジナルな触媒を使い、原子効率の高い様々なタイプの不斉環化反応などで複雑な骨格を持つキラル分子を短行程で構築しています。
DOI: 10.5059/yukigoseikyokaishi.75.421
fasiglifam(TAK─875)合成中間体の触媒的不斉水素化反応の開発:触媒量の低減への道のり
武田薬品工業の山田雅俊主任研究員らによる論文。
同社が見出した2型糖尿病治療薬fasiglifamの重要な鍵中間体の合成について、鍵反応である不斉水素化反応の触媒をごく微量まで低減するとともに、洗練された実用的製造法として確立したプロセスの研究結果について述べています。
様々な工夫により、キラルカラム使用回避、入手可能かつ低コストの原料への代替、触媒使用量の低減(s/c 20,000)を達成し、fasiglifam の合成中間体を400 kg スケールで製造することに成功しています。
DOI: 10.5059/yukigoseikyokaishi.75.432
加水分解酵素と金属の触媒集積型動的光学分割:ラセミ体アルコールを光学的に純粋な化合物に収率100% で変換する新手法
大阪大学の赤井周司教授による論文。
筆者らが最近開発したリパーゼとオキソバナジウム触媒を併用する「ラセミ体アルコールを光学的に純粋な化合物に収率100% で変換する動的光学分割法」を中心に、加水分解と金属の集積型反応不斉合成を紹介しています。通常、ラセミ体のアルコールのリパーゼによる光学分割は、50%収率が最高値となるが、ラセミ化触媒との併用により、100%収率を達成しています。
メソポーラスシリカに担持したバナジウム触媒は空孔内でラセミ化を進め、リパーゼとの干渉を避けることで高活性を維持します。空孔外ではリパーゼによる選択的アシル化が進行し、100%ee, 100%yieldの変換を達成しています。
DOI: 10.5059/yukigoseikyokaishi.75.441
面不斉ヘテロ中員環分子の化学
裏返るとエナンチオマーになるキラル分子:九州大学の友岡克彦教授による論文。
手袋を裏返すとキラリティーが反転して逆の手にはめられるようになります。同じようにして環骨格が裏返ることでエナンチオマーが相互変換する面不斉ヘテロ中員環分子が見出されています。このような動的キラル分子は新しいキラル化学・技術をもたらすものと期待されます。
本論文では、同研究室が独自に推進している面不斉中員環分子の合成と応用研究、とくにヘテロ中員環分子に関して述べています。ヘテロ環では炭素環に比べて合成しやすく、扱いやすく、有用性が高いものが多いという利点があるそうです。
DOI: 10.5059/yukigoseikyokaishi.75.449
ヘリセンのロジウム触媒を用いたエナンチオ選択的合成とキロプティカル特性
東京工業大学の田中健教授らによる論文。
本論文は、ロジウム触媒を用いるらせん分子の不斉合成とキロプティカル特性に関する論文です。基質アルキンの電子的特性に立脚したユニークな合成戦略であり、複雑な機能性分子の剛直構造を1段階で構築できます。キラリティーの制御や物理化学的な特性についても議論されています。
DOI: 10.5059/yukigoseikyokaishi.75.458
伸縮運動をするらせん分子・高分子の開発
名古屋大学の八島栄次教授らによる論文。
本論文は、これまでの刺激応答性らせん高分子の歴史を包括的に紹介し、その中から筆者らの見出したイオン応答性らせんオリゴマーの例を中心に、伸縮運動するらせん分子の構造と機能について解説しています。
DOI: 10.5059/yukigoseikyokaishi.75.466
キラル側鎖による高分子らせんキラリティーの動的誘起に基づいた新しいキラル機能開拓
京都大学杉野目道紀教授らによる論文。
ポリ(キノキサリン-2,3-ジイル)を主鎖とする高分子のらせん不斉は、モノマー側鎖の光学活性置換基に加え、溶媒や圧力といった外部環境によっても制御可能です。また、得られたらせん不斉高分子は、不斉触媒や光学材料への応用が可能な、キラル機能性高分子としての利用が期待されます。
同筆者らはすでに2013年に総合論文を紹介しており、重複を最小限にとどめるため、特にらせんキラリティの精密制御の詳細と、前報告以降に見出した新しい触媒機能とキラル工学機能について紹介しています。
DOI: 10.5059/yukigoseikyokaishi.75.476
キラルインターロック分子の合成と機能
東京工業大学の高田十志和教授らによる論文。
2016年のノーベル化学賞の受賞者SauvageとStoddartは、インターロック分子研究のパイオニアであり、同筆者らとの関係深い。本論文では、キラルなインターロック分子の合成と機能について、インターロック分子固有のキラリティから説明してます。超分子によるキラリティーについて、わかりやすく解説されている。
『軸』と『輪』によって構築されるインターロック分子について、不斉合成や不斉環境を利用したらせんポリマー合成およびその特性まで書かれており、超分子のキラリティーに興味がある方は必読の論文である。
DOI: 10.5059/yukigoseikyokaishi.75.491
有機結晶で発生する超分子キラリティー:キラル結晶化の立体化学的経路
大阪大学名誉教授である宮坂幹二氏による論文。
本論文は、結晶中のキラリティー発生について、特に、カラム状の分子集合体のパッキング様式を軸にした系統的な分類を述べています。結晶学的な対称性の議論とは少し異なる視点から、分子の並び方を解説した興味深い内容です。
DOI: 10.5059/yukigoseikyokaishi.75.503
有機結晶のキラリティーを利用した不斉合成法の開発
千葉大学の坂本昌巳教授らによる論文。
本論文は、有機結晶のパッキングによって生じるキラリティーの発生とそれを利用した不斉合成反応を網羅的に解説したもので、特に、結晶化の動的過程を通じた不斉制御に関する興味深い例に焦点をあて紹介した、大変興味深い内容の総合論文です。
DOI: 10.5059/yukigoseikyokaishi.75.509
円二色性(CD)・赤外円二色性(VCD)による立体構造解析― 実践例と注意点―
北海道大学の門出健次教授らによる論文。VCD(赤外円二色性)を用いた立体配置・立体配座決定法の開発・応用に関する論文です。
円二色性(CD)・赤外円二色性(VCD)による立体構造解析について、特に最近進展著しいVCDを用いた立体配置・立体配座決定方法に重点をおき、最近の研究成果の紹介と、理論計算も組み合わせた構造解析を実践する上で解説しています。また関連事項として、著者らに寄せられた質問事項などに基づいて、CD・VCDによる構造解析を実践するうえでの注意点についても簡単に解説しています。
DOI: 10.5059/yukigoseikyokaishi.75.522
G─HAUP を用いた有機結晶のキラル光学的研究
早稲田大学の朝日透教授らによる論文。同筆者らは、異方性媒質のLB,LD,CB,CDスペクトルを同時に高感度で測定可能な高精度万能旋光度計(High Accuracy Universal Polarimeter: HAUP)を開発、改良を重ね、無機・有機問わず様々な固体材料のキラル光学分割研究を行っています。本論文では、HAUPの原理とHAUPを用いた研究例(グリシン結晶、サリチリデンフェニルエチルアミン結晶)について説明し、最後にHAUP研究の今後の展望についても示しています。
DOI: 10.5059/yukigoseikyokaishi.75.530
結晶スポンジ法による絶対配置決定
東京大学の藤田誠教授らによる論文。従来、有機化合物の絶対配置決定は困難を伴う解析であり、試料の量、結晶性などから事実上不可能な場合も多々ありました。本論文は筆者らの開発した絶対配置決定法である「結晶スポンジ法」の最近の進展を具体例を元にまとめたものです。それを用いた絶対立体配置決定に焦点を絞り、最近の成果を報告しています。その劇的な進歩は、本手法が絶対配置決定の最も確実性の高い手法になりつつあることを示しています。
DOI: 10.5059/yukigoseikyokaishi.75.538
多糖系耐溶剤型キラルカラム“i ─CHIRAL”シリーズの開発と応用
ダイセルCPIカンパニーの大西敦所長らによる論文。同社はキラルカラムの製造で大変有名な企業です。本論文では、全世界で最も使われている多糖系キラルカラムについて、初期コーディング型製品から最新版である耐溶剤型キラルカラムキラル中圧カラム、キラルTLC)に至るまでの研究開発の概要について解説しています。特に、当社が行ったジイソシアネート架橋結合による耐溶剤化検討の結果を例に、どのような仮説をもって研究開発を進め、製品化を達成したかについて詳しく解説しています。
DOI: 10.5059/yukigoseikyokaishi.75.548