3日連続でスポットライトリサーチです。第99回は、筆頭著者3名からの連名寄稿となります。理化学研究所 放射光科学総合研究センター久保稔専任研究員、同センターのSACLA利用技術開拓グループ菅原道泰特別研究員、岡山大学異分野基礎科学研究科・技術職員(沈建仁研究室)兼 自然科学研究科・博士後期課程2年(高橋研究室)の中島芳樹さんにお願いしました。
光合成では、光エネルギーを利用して水を酸素と水素に変換する水分解反応を行いつつ、生じた水素によって二酸化炭素を還元し炭化水素が生成します。光合成の触媒として作用する光化学系 II 複合体(PSII)は水を酸素・プロトン・電子へと分解しますが、その仕組みは光触媒が水と相互作用する直前の触媒構造を元に推測するのに留まっており、反応が実際どのように進行しているのかについては解明されていませんでした。
今回紹介する研究では、X線自由電子レーザー施設SACLAを用いることによって、PSIIが水分子を分解する直前の化学構造を2.35オングストローム分解能 (1オングストロームは1000億分の1メートル)で決定し、酸素が発生する仕組みを明らかにしました。この成果はNature誌に掲載され注目を集めており、プレスリリースとしても発表されています。
“Light-induced structural changes and the site of O=O bond formation in PSII caught by XFEL”
M. Suga, F. Akita, M. Sugahara, M. Kubo, Y. Nakajima, T. Nakane, K. Yamashita, Y. Umena, M. Nakabayashi, T. Yamane, T. Nakano, M. Suzuki, T. Masuda, S. Inoue, T. Kimura, T. Nomura, S. Yonekura, L.-J. Yu, T. Sakamoto, T. Motomura, J.-H. Chen, Y. Kato, T. Noguchi, K. Tono, Y. Joti, T. Kameshima, T. Hatsui, E. Nango, R. Tanaka, H. Naitow, Y. Matsuura, A. Yamashita, M. Yamamoto, O. Nureki, M. Yabashi, T. Ishikawa, S. Iwata, J.-R. Shen
Nature 2017, 543, 131. DOI: 10.1038/nature21400
筆頭著者のお三方の研究への取り組みについて次のようなコメントをいただいています。
久保さんについて、京都大学医学系研究科 岩田想先生からのコメント
実際に結晶中で起こっていることをモニターするためには分光学は非常に強力な手法で、久保くんが参加してくれることで、機能研究とX線構造解析をうまく結びつけることができていると思います。異なった手法を組み合わせることがこれまでにも増して大事になってきていると実感しました。
菅原さんについて、岩田先生と岡山大学異分野基礎科学研究科 沈建仁先生からのコメント
今回の論文では我々は測定装置の開発側として参加したわけですが、菅原君のインジェクター開発に対する貢献で、非常に難しいサンプルからのデータ測定が可能になりました。SACLAはこのように各種の新技術を組み合わせて問題を解決するためのユニークなプラットフォームとしても機能しています。(岩田)。
今回の成果は、私の研究室でのPSII試料調製と、岩田先生グループのSACLAでの装置開発、久保さんによるレーザー照射装置のセットアップなど多くの研究者の共同研究によるもので、研究者間の協力・協調が極めて重要だったのですが、皆さんが快く協力してくれたことで初めて得られたものと深く感謝しています(沈)。
中島さんについて、岩田先生からのコメント
沈先生のグループのように最先端の研究をされている方に、問題の解決方法を提供するのが私たちの仕事ですが、この共同研究にとって最も重要な要素の一つが良好な結晶を実験に用意することだと思います。中島君たちの非常に緻密かつ根気のいる仕事の成果に応えられる実験ができて本当に良かったと思います(岩田)。
それでは、本研究のストーリーに迫っていきましょう!
Q1. 今回のプレス対象となったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
久保:理研播磨にSACLAという名前の「X線自由電子レーザー(XFEL)」施設が建設され、平成24年より利用研究が進められています。XFELとは、パルス幅<10 fsの短パルスを出力するX線領域のレーザーです。われわれはこの新しい光を用いて、化学反応過程の分子の構造変化をコマ送りのように再生できる、時分割X線結晶構造解析の装置を開発しました(図1)。その装置を、植物の光合成で重要な光化学系II(PSII)に応用しました。PSIIは、可視光を利用して水を酸素にまで分解する反応の触媒として働きます。この反応は4パルスの可視光照射で段階的に進みますが、本研究では、2パルス照射後の酸素発生直前の構造を観測し、PSIIの活性中心(Mnクラスター)における酸素発生部位を明らかにしました(結果の詳細は岡山大・中島のコメントを参照して下さい)。
中島:酸素発生型光合成生物の間で高く保存されている光化学系II (PSII)複合体は、二量体の状態で機能している700 kDaにも及ぶ巨大膜タンパク質であり、光エネルギーを利用して水分子を酸素原子、プロトン、電子に分解し分子状酸素を発生させています。
本研究ではこのPSII複合体の水分解・酸素発生メカニズムを明らかにするため、X線自由電子レーザーを用いたPSII微小結晶の時分割シリアルフェムト秒結晶構造解析を行いました。その結果、二回閃光照射によって誘導されたS3状態と呼ばれる反応中間体に相当するPSII構造を2.35 Å分解能で決定することに成功しました。暗条件で安定なS1状態と呼ばれる構造とこの構造を比較すると、反応中心であるマンガンクラスター周辺においてプロトンの放出に由来すると思われる構造が確認され、またマンガンクラスターを構成し、酸素の基質の一つとなることが示唆されていた酸素原子O5の近くには水分子に由来する新たな酸素原子O6が挿入されていることが確認されました(図2)。これらの構造変化から、これまで明確になっていなかったプロトン放出や分子状酸素の形成についての有力なメカニズムを提唱しています(図3)。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
久保:本研究ではPSIIの結晶試料を用いるのですが、PSIIは多数の発色団を含むため、反応を誘起するための可視光を照射しても、結晶表面で光が吸収されてしまい、結晶内部は容易に励起されません。われわれは励起効率を上げるために、結晶のサイズや励起光の強度を最適化し、さらに2パルスの可視光とも2方向(すなわち結晶の表面・裏面)から照射できるPSII特有の励起光学系を開発しました。
菅原;本研究では連続フェムト秒結晶構造解析(SFX: ランダムな配向のタンパク質結晶をX線レーザー照射ポイントに連続的に供給しながら,多数の結晶からの各回折イメージを収集して構造解析を行う)と呼ばれる手法を用いました。我々はSFXにおける要素技術開発を進めており、これまでに少量のタンパク質消費量で構造決定ができる「グリースマトリックス法」(結晶をグリースと混ぜることで高粘度化し低速でインジェクターから吐出する方法)を見出しました。本手法を利用することによって、SFXにおけるPSII結晶の消費量を大幅に低減できました。
中島:微小結晶の処理過程であまり意味のなさそうな処理を加えてみたことです。
結晶作成後のある処理がPSII結晶の分解能を向上させる上で欠かせないものなのですが、所属研究室の菅先生や秋田先生、沈先生とのディスカッションやそれまでの実験経験から、私はこの処理を効果的にするためには微小結晶をやや高濃度の結晶作成溶液で一定時間インキュベートするという前処理が重要と考え、実践したところ要求されている高分解能領域に近いところまで回折点が確認できるイメージを得ることに初めて成功しました。
最終的には、菅原先生たちによる活発な装置・手法改良に加えて、秋田先生とさらに溶液条件や実験手法改善に取り組んだ結果、より高分解能で構造解析可能なデータセットを得ることができ、このとき現地で沈先生から回折イメージを見せて頂いたときには回折実験の疲労で反応が薄かったのですが実は大きな達成感を感じていました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
久保:結晶のサイズを小さくすると励起効率の面では有利なのですが、構造解析の精度(結晶構造解析の分解能)が下がり、Mnクラスターの構造変化を観測することが困難になります。励起効率と分解能のトレードオフがこの研究テーマを難しくしていました。この壁は奇抜なアイデアで乗り越えたわけではなく、実験条件の地道な最適化により研究が進められました。なお、励起効率は名古屋大学のグループのFTIR分析により評価されました。最近は技術革新が進んでいるため、多くの手法を組み合わせることで乗り越えられることが増えていると思います。
菅原:SFXでは、一定の流速で、そのサンプルストリームを乱すことなく結晶をX線レーザー照射ポイントに供給する必要があります。小さな内径のインジェクターノズルを利用すれば、サンプル消費量は低減しますが、ノズル内で結晶が詰まりやすくなります。本研究においては,実験で用いるPSII結晶に応じた最適なノズル径の調査等、全員でSFX実験条件の検討を積み重ねて行ったことも、実験が成功した要因の一つと思います。
中島:PSIIの微小結晶では思った以上に分解能が出なかったことです。微小結晶がある程度作れるようになってからも分解能を上げるための試行錯誤は一年半ほど続きました。その間は、SACLA(SPring-8併設のX線自由電子レーザー施設)のビームタイム自体が非常に貴重であるのに加えて、この実験に関わっていただいている多くの方々が完璧な仕事をされていても結晶試料が悪かったために実験が成功しないということが続き、非常に申し訳ない気持ちでした。ですが、沈先生をはじめ研究室の先生方とは非常に密に意見を交わすことができ、その中で出てきた様々な案を着実に実践していくことで少しずつ問題を解決していけたように思います。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
久保:分子ダイナミクスの研究はこれまで主に時分割分光法が用いられてきましたが、時分割X線結晶構造解析により化学反応途中の分子構造変化が見られるようになると、分光スペクトルで同定できなかった変化がクリアに見えるだけでなく、種々の分光法で観測できなかった部位の変化が見えるようになってきます。これまで分光測定で定義されてきた「反応中間体」という概念も変わってくる可能性があります。化学反応を、より多次元的に、よりシームレスに捉えられるようになるのではないかと思います。そういう研究例を出せればと思います。
中島:PSII複合体はKokサイクルと呼ばれるサイクルの中で、5つの遷移状態(S1→S2→S3→S4→S0{→S1})をとることが知られています。今明らかになっている構造はS1状態と本研究で示されたS3状態です。今回身につけた微小結晶作成・取扱いの経験を活かしてさらなる遷移状態の結晶構造解明に貢献すると共に、その後はそれらの穴を埋めるような形でより詳細な光合成メカニズムについて研究できる環境に身を置きたいと考えています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
久保:本研究では一つの成果を出すために、多分野の専門家が協力しました。私はその内の一人にすぎません。読者の皆さんには、専門性を高めておくと後々面白いことがある(かも)というメッセージを送ります。
中島:個人的感想ではありますが、本研究を成功させるうえで重要だったのは根気ととにかく実践していく力だったように思います。私のような者でも今回の成果に貢献できたのはそういった性質と私の気質が合っていたからかもしれません。今後も困難は多々あると思いますし、そのときには今回と同じようなやり方が通用しないかもしれませんが、それでも実践する力をなくさずにいたいと思っています。
最後になりますが、非常にご多忙の中指導をしていただいております沈先生、菅先生、秋田先生をはじめとする沈研究室の皆様、共著者である岩田先生、菅原先生、久保先生、そしてこの研究に携わり尽力して頂いたすべての方々へこの場をお借りしてお礼を申し上げます。
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研究者のご略歴
久保稔
所属:理化学研究所・放射光科学総合研究センター・専任研究員
研究テーマ:生体分子の構造ダイナミクスを見るための手法開発
2003年北海道大学大学院理学研究科生物科学専攻博士後期課程修了,博士(理学).岡崎統合バイオサイエンスセンターIMSフェロー,JSPS海外特別研究員(ノースイースタン大学),兵庫県立大学特任准教授などを経て2014年より現職.
菅原道泰
所属:理化学研究所放射光科学総合研究センターSACLA利用技術開拓グループ 特別研究員
研究テーマ:「XFEL施設SACLAを活用した連続フェムト秒結晶構造解析」
【略歴】2000年大阪大学大学院工学研究科物質生命工学専攻博士後期課程修了,工学博士.米国リーハイ大学博士研究員,理化学研究所研究員などを経て,2015年7月より現職.
中島芳樹
所属:岡山大学異分野基礎科学研究科・技術職員(沈研究室)兼 自然科学研究科・博士後期課程2年(高橋研究室)
研究テーマ:閃光照射により誘導されたPSII複合体反応中間状態の結晶構造解析、ガラクト脂質SQDG欠損PSII複合体の構造と機能解析