[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

シンプルなα,β-不飽和カルベン種を生成するレニウム触媒系

[スポンサーリンク]

2016年、東京工業大学・岩澤伸治らは、単純なプロパルギルエーテルを原料としてα,β-不飽和カルベン種を発生させ、[4+3]付加環化形式による触媒的7員炭素環構築法の確立に成功した。

“Rhenium(I)-Catalyzed Generation of α,β-Unsaturated Carbene Complex Intermediates from Propargyl Ether for the Preparation of Cycloheptadiene Derivatives”
Sogo, h.; Iwasawa, N.* Angew. Chem. Int. Ed. 2016, 55, 10057-10060. DOI: 10.1002/anie.201604371

問題設定と解決した点

 α,β-不飽和カルベンは合成的に有用な3炭素ユニットになることが知られており、シクロプロパン化や環形成反応に用いられてきた[1,2]。

 α,β-不飽和カルベンの触媒的生成法の一つに、アルキンの活性化による分子内求核攻撃(Nu)→金属電子の押し出しによるプロパルギル脱離基(X)の放出 という機構が知られている(下図)[1]。方法論の都合、α位に求核剤(Nu)由来の置換基をもつカルベンのみが合成できる。

 今回筆者らは同様の機構で、α位が水素置換(Nu=H)されたα,β-不飽和カルベンを発生させることに成功し、[4+3]付加環化反応に応用した。入手容易なプロパルギルエーテルを出発点とできることから、幅広い合成への応用が期待できる。

技術や手法の肝

 上記スキームのNu、Xの設定に工夫がある。すなわち、エーテルα位ヒドリド移動(=Nu)を経て、生じたオキソニウムカチオン(=X)からカルボニル化合物を脱離基とすれば、α位無置換α,β-不飽和カルベンが発生できるのではないか、との発想に基づき、触媒探索を行っている。この際、π-アルキン錯体を経由する1,4-ヒドリド移動、ビニリデン錯体を経由する1,5-ヒドリド移動の2通りの経路が考えられる。

主張の有効性検証

①金属種の検討

アルキン活性化能を持ちうる様々な金属触媒の検討を行ったところ、PtCl2とReX(CO)5が[4+3]付加環化反応を進行させることを見いだした。最終的にReI(CO)5を2.5 mol%用いる冒頭図の条件に最適化させている。

②基質一般性の検討

ジエン側については、アリール基置換型、アルキル置換型ともに適用がある。

プロパルギルエーテル側に関しては、3級エーテルでは高収率で進行する。2級エーテルではジアステレオ選択性の制御が、1級エーテルではレニウムの関与しない[4+2]環形成反応の制御が難しい。

③反応機構に関する考察

 非ジエン型のシリルエノールエーテルを用いると、ビニルシクロプロパンを生成する。このことからカルベン錯体のオレフェンへの付加が経由されることが示唆された。

 アルキン末端を重水素化した基質を用いると、生成物では重水素が内部炭素に移動した。このことから、ビニリデン錯体を経由する1,5-ヒドリド移動機構で進行していることが示唆された。

 これらの事実を考え合わせると、カルベン錯体がアルケンとシクロプロパン化反応を起こし、その後ジビニルシクロプロパン転位を経ることで7員炭素環が得られていると考えられる。

議論すべき点

  • ジエン側の基質を色々見せているが、結局OSiの部分は必須らしい。また、その隣接する炭素に置換基のある化合物は未検討。
  • ビニリデン錯体経由なので、アルキンの末端が無置換の基質に限定されている。合成的有用性を考えると、そこに炭素ユニットなりハロゲンなりが入ると幅が広がるが、π-アルキン錯体経由ではヒドリドを上手く飛ばすような分子設計は難しくなるか。
  • 筆者らは「簡便な方法でできるようにした」と述べているが、そもそもこんな不飽和カルベンを作れる方法は大変少なく、事例として貴重である。古典的手法として以下のような手法が報告されている[3]が汎用性が低そう。

次に読むべき論文は?

  • Au,Ptを用いたカルベン発生手法[1]
  • 1,5-ヒドリド転位のReview[2]
  • カルベン錯体の化学[4]

参考文献

  1. Tang, W. et al. Chem. Eur. J. 2009, 15, 3243. DOI: 10.1002/chem.200801387
  2. Review: (a) Maulide, N. et al. Chem. Eur. J. 2013, 19, 13274. DOI: 10.1002/chem.201301522 (b) Seidel, D. et al. Angew. Chem. Int. Ed. 2014, 53, 5010. DOI: 10.1002/anie.201306489
  3. Review: Brookhart, M. et al. Chem. Rev. 1987, 87, 411. DOI: 10.1021/cr00078a008
  4. ハートウィグ有機遷移金属化学 上 13章

 

Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 市民公開講座 ~驚きのかがく~
  2. こんな装置見たことない!化学エンジニアリングの発明品
  3. ご注文は海外大学院ですか?〜出願編〜
  4. ハプロフィチンの全合成
  5. e.e., or not e.e.:
  6. オンライン座談会『ケムステスタッフで語ろうぜ』開幕!
  7. 温和な室温条件で高反応性活性種・オルトキノジメタンを生成
  8. 2007年度ノーベル化学賞を予想!(3)

注目情報

ピックアップ記事

  1. 高選択的な不斉触媒系を機械学習で予測する
  2. 2008年10大化学ニュース2
  3. シンガポールへ行ってきた:NTUとNUS化学科訪問
  4. ジアゾメタン
  5. NEC、デスクトップパソコンのデータバックアップが可能な有機ラジカル電池を開発
  6. 書店で気づいたこと ~電気化学の棚の衰退?~
  7. フラッシュ精製装置「バイオタージSelect」を試してみた
  8. 有機合成化学協会誌2023年11月号:英文特別号
  9. 日本農芸化学会創立100周年記念展に行ってみた
  10. Greene’s Protective Groups in Organic Synthesis 5th Edition

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2017年6月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  

注目情報

最新記事

植物由来アルカロイドライブラリーから新たな不斉有機触媒の発見

第632回のスポットライトリサーチは、千葉大学大学院医学薬学府(中分子化学研究室)博士課程後期3年の…

MEDCHEM NEWS 33-4 号「創薬人育成事業の活動報告」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

第49回ケムステVシンポ「触媒との掛け算で拡張・多様化する化学」を開催します!

第49回ケムステVシンポの会告を致します。2年前(32回)・昨年(41回)に引き続き、今年も…

【日産化学】新卒採用情報(2026卒)

―研究で未来を創る。こんな世界にしたいと理想の姿を描き、実現のために必要なものをうみだす。…

硫黄と別れてもリンカーが束縛する!曲がったπ共役分子の構築

紫外光による脱硫反応を利用することで、本来は平面であるはずのペリレンビスイミド骨格を歪ませることに成…

有機合成化学協会誌2024年11月号:英文特集号

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年11月号がオンライン公開されています。…

小型でも妥協なし!幅広い化合物をサチレーションフリーのELSDで検出

UV吸収のない化合物を精製する際、一定量でフラクションをすべて収集し、TLCで呈色試…

第48回ケムステVシンポ「ペプチド創薬のフロントランナーズ」を開催します!

いよいよ本年もあと僅かとなって参りましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。冬…

3つのラジカルを自由自在!アルケンのアリール–アルキル化反応

アルケンの位置選択的なアリール–アルキル化反応が報告された。ラジカルソーティングを用いた三種類のラジ…

【日産化学 26卒/Zoomウェビナー配信!】START your ChemiSTORY あなたの化学をさがす 研究職限定 キャリアマッチングLIVE

3日間で10領域の研究職社員がプレゼンテーション!日産化学の全研究領域を公開する、研…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP