化学物質というとちまたのイメージが良くないようです。
また、プラスチックというのもなんだか悪者扱いされることが多いように感じます。そして最近ちょくちょく話題に上るのがプラスチックが細かくなったマイクロプラスチックによって引き起こされているとされる問題です。
昨年、このマイクロプラスチックが魚類の成長などに影響を与えているという論文がScience誌に掲載され、いくつかのメディアにも取り上げられました。[1]しかし、この幾分センセーショナルに扱われた論文が撤回されたというニュースが入ってきました。
そこで今回のポストではマイクロプラスチックを含めてプラスチックの問題点などをおさらいしてみたいと思います。
ゴミの分別の際は必ずプラスチック、ペットボトルなどを分けて、燃えないゴミとして扱われています。が、筆者の居住している地域では数年前まではプラスチックは燃えるゴミに分類されていました。プラスチックは比較的小さな有機化合物の分子(モノマー)が多数連なって大きな分子(ポリマー)になっているものですので、原理的には普通の有機化合物と同じく燃やすことで二酸化炭素と水になります。当然原料のモノマーに窒素やハロゲンがあればそれに由来する酸化物なども生成することになります。それで一昔前に某テレビ局の高視聴率ニュース番組で「ダイオキシン」がある野菜に付着しているという報道がされたことがきっかけになり、その辺で色々なものを燃やして処理することが禁止されていく流れができたと思います。結局この報道には大きな問題があったことが後日明らかとされ、ダイオキシン問題というものは忘れ去られてしまうことになったわけですが、その後法整備が進み、プラスチックを焼却処分ではなく分別し、「リサイクル」するのは時代の流れで定着してきたように思います。
2,3,7,8-テトラクロロジベンゾパラジオキシン (TCDD)
ほとんどの有機化合物が最終的には様々な微生物によって分解されていくのに対して、プラスチックは環境中で容易には分解されないということが最大の問題となっています。焼却もされず、リサイクルもされなかったプラスチックはどこへ行くのでしょうか?その行き着く先が海洋であることは容易に想像できますね。海に浮かぶプラゴミなんてものは海水浴に行ったことがあれば目撃したことがあるでしょう。
そのプラゴミがどんどん細かくなり、分解もされず微粒子として漂っているのがマイクロプラスチックの一つの大きな生成原因です。マイクロプラスチックはまだ定義がはっきりしていませんが、概ね数mmよりも小さいプラスチックの粒子とされています。さらに最近では洗顔料などにも微少なマイクロプラスチックが配合されているものがあり、知らずに廃棄物として排出していた方も多いことでしょう。
では冒頭に紹介した撤回された論文の内容を少し紹介しましょう。スウェーデンの研究グループは、90 um(マイクロメートル)のポリスチレン粒子を1m3あたり1万、もしくは8万含有した水でヨーロピアンパーチを対象に実験を行ったところ、卵のふ化率が下がったり、生育に遅滞が起こったり、エサとして好んでポリスチレンビーズを摂取したりと様々な影響が出たという論文でした。海水に含まれているマイクロプラスチックの数は諸説あり、調査方法、海域によって様々なようです。この論文で使われた数が妥当なのかどうかも判断は難しいかもしれません。スウェーデンの沿岸では1m3あたり150-2400から68000-102000個のプラスチック粒子があるとされています。ちなみに日本近海では1m3あたり0.4個、東日本の太平洋で2.4個という報告もあります。
まあプラスチックをガンガン食べれば健康に良くないだろうなというのは感覚で分かります。そういった意味ではこの論文はその手の主張をする論陣にしては渡りに船の内容でした。論文にはその粒子を大量に腹にため込んだ魚の写真が仕込んであり、わかりやすい構図です。
図は文献より上が少ない個体、下が多い個体
結局それらのデータに疑義があり、撤回まで至るにあたってはデータの記録を提出することもできず、なんでもデータが入っていたPCが論文の出版数日後に盗難にあったとかなんとか。まあなんとか細胞と同じで、生データを提出できない時点で科学としては終わっています。
他にも海水から作った塩の中にマイクロプラスチックが含まれている!という論文があったりもしました。[2]で、どれ位含まれてるのかなと思ったら、日本製は塩1 kgあたり1から10個だそうで。日本人はおよそ1日10 gの塩分を摂取していますので、全て海水由来の食塩だとすると、4から40個のマイクロプラスチックを摂取していてもおかしくない計算です。で、これは健康に甚大な被害があるような量でしょうか?筆者にはわかりません。
物質には大なり小なり人体に影響はあるでしょう。水だって4Lも一気飲みすれば死に至ります。リスク0の物質は存在しません。健康被害のみの観点で言えば、現時点でマイクロプラスチックの問題はほとんど無視できるレベルだと思います。そもそも不思議なのは一昔前は管理が杜撰で、リサイクルやらがほとんど無視されていた時代、プラスチックで健康被害が出たということは記憶がありません。いやむしろその時代のプラスチックが今マイクロプラスチックにまで小さくなったのか。比較的大きなビニール袋やプラスチック塊を飲み込んでしまった野鳥や小動物の話題は現在でも続いています。東日本大震災における残骸が海洋をどのように移動したのかなどの研究をみれば、安易に廃棄されたプラゴミがどこを漂うことになるのかは容易に想像できます。
ではどうしましょうか?一つの選択としてある種の微生物が分解することができる「生分解性プラスチック」はどうでしょうか。バイオマス由来のものや、微生物が生産したものなど、様々なバイオプラスチックを利用した製品がすでに出回っています。問題はポリエチレンなどには全くコストでかないませんし、ポリカーボネートのような堅さも望めないということです。特徴に応じた使い分けが求められます。
生分解性プラスチックを利用した整形外科手術用製品 タキロン(株)HPより
長くなってしまいましたが、私たちの生活には欠くことができなくなったプラスチックについてたまにはふと考えるのもいいのかもしれません。例えマイクロプラスチックが人体への影響が皆無だとしても、それを無尽蔵に排出し、地球表面を覆い尽くしていいということはないのですから。まずはご自身のお住まいの自治体がプラスチックをどのように処分しているのかを調べるべきでしょう。その上でプラゴミやマイクロプラスチックを出さないようにするにはどのようにすべきなのか、ライフスタイルをちょっとだけふりかえることから始めてはいかがでしょうか。ただ、リスクばかり語るのではなく、政治に左右されず、解決法を考え、安心して使えるものにしていくことも化学の役目ですね。
関連文献
- Environmentally relevant concentrations of microplastic particles influence larval fish ecology. Oona M. Lönnstedt, O. M.; Eklöv, P. Science 352, 1213 (2016). DOI: 10.1021/ja02261a002
- The presence of microplastics in commercial salts from different countries. Karami, A.; Golieskardi, A.; Choo, C. K.; Larat, V.; Galloway, T. S.; Salamatinia, B. Sci. Rep., 46173 (2017). DOI: 10.1038/srep46173