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高専の化学科ってどんなところ? -その 2-

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前回、高等専門学校 (高専) について、化学系の学科を中心に、そのカリキュラムや特色を説明し、高校生の時期から 5 年間かけて化学に関する専門性を深めることや、実験実習の授業が毎週あることについて紹介しました。今回の記事では、実際の高専生活や学生の本音について、お話ししようと思います。

レポート三昧

まずは、高専の最も魅力的な特徴である、「週に一度の実験」について、学生の本音をお話しします。毎週実験があるということは、科学大好きっ子には羨ましい限りかもしれませんが、そうとも限らないのです。なぜなら、実験のたびにレポートを手書きで作成して提出しなければならないからです。そのレポートでは、実験の原理、操作方法、結果、そして考察 (結果から何がわかるか) を A4 のレポート用紙で 5ページから 10 ページくらいにまとめます。場合によっては 20 ページを超える大作を書くこともあります。

実験のテーマについては、前回、大学の学生実験と同じものもあるということを紹介しました。実験テーマが大学レベルということは、つまり理論的な背景も大学学部相当の教科書を読んで理解することが望ましいので、実験の原理や考察を書くことは非常に苦労します。学生実験を行い、レポートを書くこと自体は、一般的な大学でも同じですが、これを高校生のうちから課されるため、非常にハードな課題となります。

しかし、私の場合 1, 2 年生のうちは、レポートを採点した先生のコメントをつきでレポートが返却されたため、それを振り返って次に活かすことができました。丁寧なレポートを書く習慣をコツコツと身につけていると、科学的な文章を書くスキルは向上します。したがって、深夜までかかってレポートを書いている最中は、レポート作成は憎く思いますが、今では感謝すべきスパルタ教育だったと振り返っています。

極めて高校的な大学相当の専門科目と超高校級の数学

次に、授業の雰囲気について紹介します。前回に説明したカリキュラムを見て、

高校生のうちから大学相当の内容を学ぶなんて、なんて天才集団だ!

と感じる方もおられるかもしれませんが、決して天才ではありません。確かに、2 年次から開始する専門科目の授業では、大学レベルの標準的な教科書を使用するため、高校生からすると高度な内容となります。しかし、それらの授業の雰囲気は極めてアナログで高校的なのです。つまり、先生が黒板を使って丁寧に解説し、学生がそれをノートに取るという形式で授業が進みます。実際には私は高校の授業の雰囲気や大学の講義なんてものを知らないのですが、授業の形式が中学のときからと大きく変わることがなかったので、「この授業は大学レベルだ」という変な先入観もなく専門科目の授業を受けていました。

一方、高校生から大学相当の専門科目を学ぶために、数学の授業で無茶をします。つまり、三角関数 (sin, cos) や微分・積分を朝飯前に扱えなければ、物理化学 (物理の数式を使って化学にアプローチする科目) などの分野に太刀打ちできないので、普通高校の 3 年間の数学の内容を 2 年間に凝縮し、数学を叩き込まれます。そのため、数学が苦手な学生は、ここで非常に苦しい思いをします。とはいえ、教授陣も鬼ではないので、テストの点数が悪かった学生のために、学習支援と題して勉強会を開き、なんとか学生を授業について来させようとします。このような先生方の親切心が、学生からすると、逆にお節介なのかもしれませんが…。

留年は高専の文化

高専といって、切っても切れない縁にあるのが留年です。なぜならテストの欠点は 60 点で、レポート未提出の場合は原則留年と非常に厳しい設定が定められてるからです。学生がテスト勉強やレポートをサボらないのは、留年に対する恐怖が常に潜んでいるからだと言えるでしょう。しかし留年率の高さは高専の化学科に限ったことではなく、高専全体の傾向であるため、ここではあまり深く突っ込まないでおきます。気になる方はリンクをご参照ください (たとえばこちら)。一言だけいうならば、遅刻せずに授業に出席していて、提出物を期限内に出すという誠意があれば、再試験や追加の課題を条件に、進級させてくれます。先生方は学生をいじめているわけではく、卒業生に最低限の知識を身につけさせたいという思いでやっておられるようです。

大学設置基準に律儀な大学過程

では、スパルタな高校生時代を終えて、大学生の年齢に相当する 4, 5 年生ではどのような学生生活を送るかというと、基本的には授業の雰囲気もレポート課題に追われる日々も変わりません。また大学のように、自分で時間割を決めることもなく、大体はクラスで揃って朝 9 時から授業を受けるという、変わり映えのない学生生活をおくります。あえて付け加えるなら、実験レポートだけでなく、通常の授業にもほぼ毎回簡単なレポートが課されるようになります。これは、大学教育における単位制度にのっとったものです。詳細は省略しますが、文部科学省が定める大学設置基準によると、「1 単位の授業項目を 45 時間の学習を必要とする内容をもって構成する」と明記されています。高専では 1年生からこれに従っているのですが、4, 5 年生になると自己学習の時間も単位の中に含められるようになります。どういうことかというと、どの科目でも最初の授業でシラバスという授業の計画書が配られ、「この科目の単位の習得には 30 時間の授業と 60 時間の自己学習を必要とする」と宣言されます。そして、1 週間にその授業が 1 時間あるとすると、2 時間くらいかかるであろう宿題を出されます。こうして授業に出席して課題を提出することで、晴れて 2 単位習得 (90 時間 = 45 時間 × 2 単位) となります。

実は、この単位制度は大学設置基準なので、一般的な大学にも適用されるはずなのですが、噂に聞くところでは、大学ではそれほど厳密に守っているわけではないらしいです。高専は名前に “大学” がついていないだけに、大学設置基準をしっかり守って外部機関 (JABEE) の審査を受け、「大学レベルと同等です」ということをアピールしているわけです。

研究活動の訓練としての卒業研究

前回の記事の「カリキュラムの概要」の部分で簡単に説明しましたが、5 年生になると卒業研究に取り組みます。しかし、5 年生になっても相変わらず授業があり、研究だけをするわけではありません。例えば私の場合は、午前中に授業を受けた後で、午後から研究室に行き、そこから実験を始めるなどしていました。これはこれで実験のスケジュールをうまく立てる練習になった、と前向きに考えていますが、大学の研究活動と比べると活発ではなく、研究に憧れている人にとっては物足りないと思います。

さらに、時間がないのは学生だけではありません。つまり、高専の先生もクラスの担任やクラブの顧問、学生指導のような、高校の先生と同等の仕事をこなされており、研究一筋という先生は珍しいです (なかには、多忙ななか研究でも一所懸命な先生もいます)。だからといって、多くの先生はやる気がないのではなく、むしろ教育者としての側面を大事にしているように思います。実際、先生方の学生への面倒見は非常によく、卒業研究の発表前となれば PowerPoint でのスライド作成の助言をくださり、何度も発表練習に付き合ってくださいました。卒業研究で深めた専門性そのものが、卒業後のキャリアに直接役に立つ場合は少ないと思いますが、そこで磨いた研究を実践する力や研究発表のスキルは、就職してからでも役立つはずです。また、研究活動があまり活発ではないと言っても、大学 2 年生の時期から研究を経験できること自体は貴重であると思います。なので、高専での卒業研究が物足りなさを感じれば、大学に編入すればよい話ですし、編入した場合には卒業研究を一度経験したことで、大学や大学院での卒業研究を効率的に進めることができるのではないかと思います。

卒業生の進路 番外編 –専攻科–

最後に、卒業生の進学先の 1 つであり、今私が身を置いている専攻科という過程について、解説します (いよいよ需要は限りなくゼロに近い内容になりそうです…)。専攻科とは、高専を卒業した人に対して創設された 5 年間の高専教育の延長上にある 2 年間の専門過程です。専攻科を修了すると、ちょうど大学卒業の年齢になります。そのため、専攻科 2 年次の秋頃に学位授与機構という大学教育の評価機関に申請すれば、学士号を取得することができます。つまり大学卒業と同等の称号が得られます。

また専攻科では、大学と同様に、履修する授業を自分で選択して、時間割を組みます。しかしながら、そもそも大学ほど先生が多いわけではないので、開講されている科目は限られています。さらに、卒業のために必要な単位の数も少ないわけではありません。したがって、開講されている授業の中から、履修しない科目を選ぶという感覚で履修届を出します。加えて、分野の基礎的な内容はすでに本科のカリキュラムで学習しているため、いろいろな分野の先生方から非常に専門性の高い授業を受けることになります。私の場合は、「物理有機化学」や「化学反応論」のような化学の理論的な科目から、「大気環境化学」のような工学的な講義、さらには「分子生物学」のような生物寄りの授業も受けました。このようなカリキュラムは、器用貧乏になる可能性は否めませんが、化学という分野の中の幅広い知識を身につけることができます。

そして、本科の 4, 5 年次の授業と同様に、ほぼ全ての講義で課題が出されます。放っておくと課題は溜まる一方で、大変なことになります。さらに、授業に加えて、研究活動にも取り組み、本科での卒業研究のテーマをさらに深めます。私の場合は、授業がない時間は研究室で実験をしているため、溜めた授業課題は週末に一気に消費するしかなく、課題が多い時にはそれらを片付けるだけで次の週を迎えます。

最後に、専攻科卒業後の進路についてお話しします。まず、就職についてですが、専攻科からの就職も、本科と同様に申し分ない実績です (こちらを参照)。しかし、専攻科に入学した学生の多くは、大学院への進学を見据えており、進学という選択肢の方がメジャーな進路になっています。具体的な進学先はこちらに記載されている通りで、一般的には難関と位置付けられる国立大学の大学院への進学も可能です (容易ではないです)。とはいえ、大学院への受験は興味のある研究室で研究することを目的に行くものなので、当事者からすると、希望の研究室に行けるかどうかの方が関心事になっています。

3 年間にわたる研究経験を積んだ状態で自分を見つめ直し、大学院での研究分野をもう一度選び直すことができる点は、一般的な大学生より恵まれているかもしれません。もちろん、一般的な大学からでも外部の大学院へ受験することはできますが、高専専攻科から大学院へ進学する場合、そうせざるを得ないので必死さが違います。

総括

高専に進学することは、中学卒業後の早い時期から専門的な教育を受けられるというメリットがあります。実際、高専は大学と同程度の専門知識を習得できるように設立された教育機関であり、名称は高校に近いですが、カリキュラムはむしろ大学寄りです。したがって、学生生活は高校生と比較するとハードで、卒業するまでには努力を必要とします。また、中学卒業時点に専門分野を選ぶという点で、高専を受験するという選択は、必ずしもすべての学生にとって最善であるとは限りません。高専進学に迷う理由はいくつかあると思いますが、「勉強について行ける不安だ」と心配している中学生は、おそらくついて行けます。というより、高専の教授陣は教育熱心な方が多いので、なんとか卒業させてくれます。

私自身は高専の化学科を選んでよかった、と今のところ感じています。しかし、専攻科を卒業して外の世界を見れば、気が変わるかもしれません。そうなれば続編を書くかもしれませんが、今回はこれでおわります。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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やぶ

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PhD候補生として固体材料を研究しています。学部レベルの基礎知識の解説から、最先端の論文の解説まで幅広く頑張ります。高専出身。

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