Tshozoです。
さてカーボンナノチューブ。1990年代に飯島澄男博士により構造を確定された「筒のグラフェン」。
フラーレン、グラフェンと併せてカーボン三兄弟ですが、これらの材料(グラフェン除く)の発見後まもなく、当時の米国クリントン政権によって推し進められた「ナノテクノロジープロジェクト」によって爆発的にナノテク関連の研究予算が増えていき、民間企業でもとにかくナノテクというと研究開発予算がつく、なんというか今の「AI」とか「*ッグデータ」とかのヘンな流れと同じ感覚がありました。猫も杓子も、と言ったらちょっと語弊があるでしょうか。もう20年くらい前なのですがその時のなんとも言えない全体主義的な感じをよく覚えています。
「ナノテク」を国家プロジェクト化したビル・クリントン大統領(Wikipediaより)
この話題よりもアレなことで名前が残ってしまったのは個人的には残念
で、今回は当時ナノマテリアルの代表格であったカーボンナノチューブが今どんな状況なのか、当時提燈持ち達が予想していた通りになっているのか、実際に商品に応用された例はあるのか、を中心に振り返ってみましょう。
構造のおさらい
一応時系列的には構造はフラーレン→ナノチューブ→グラフェン、という順に決まった
ここんとこの生産量
現在、世界中で生産されているナノチューブの量は・・・正確な情報を載せている元がなかなか見つからないのですが毎度の化学系重要情報が載っているknakブログ(こちら)に頼ると2016年時点での生産量は世界トップ3の合計で約2000トン/年と、タイヤ等に使われるような標準的なカーボンブラックが世界生産200万トン/年レベルであるのに対しかなり少ない印象を受けます。炭素繊維もカーボンブラックまではいきませんが近いうちに10万トン/年を迎えるだろうという規模で、それに比べてなんともはや。2013年にScienceに書かれた[文献1]では、2013年時点で見込み生産量が2300トン/年くらいだったのですが、そこから増えるでも減るでもなく、2000トン/年前後で横ばいとなっています(下図)。今後韓国のLG Chemが400トン/年を目指して試験生産を開始したりしているほか、この他にも少量生産しているメーカはあるのですがだいたい200トン/年を切ってるようなので誤差程度でしょう。
文献1より 棒グラフの濃い色(右軸)にあたる値が実生産量
応用先の例も載せてあったので先出ししておきます グラフェンが載ってるのはご愛嬌で
ここ近年は世界で経済成長があまり進んでいないという背景もあるのでしょうが、それを見込んでもなかなか厳しい時期であると言わざるを得ないですね。
とは言え、地道に応用範囲を広げていかれる企業・開発者が居られるのも事実で(というかそういう方々が居ないと産業が発展しないです)、以下ではここんとこ10年くらいに出た楽しそうな応用例を、機能を中心とした特長ごとに採り上げてみようと思います。なお構造部材への応用は今回は都合により省略してまた別の機会に。ご了承ください。
①導電材料として
カーボンナノチューブに当初期待されていたのが、理論的に予想された高い導電性。もし欠陥が極めて少ないものが合成出来たなら、銅などの金属に匹敵する低抵抗で、かつ軽量な電線が出来る、と期待されていた時期がありました。
しかし、その理論的な計算はあってんのかどうかは筆者には判断しかねますが、ナノチューブのほとんどは化学合成で作る以上、その結晶性についてYieldを100%にすることはありえんはず。化学反応自体、よっぽどのスジでないか繰り返し反応を行うかしない限り副反応は最小化出来ないのですからCNTと言えども超高結晶≒欠陥ほぼ無し、のものはまず作れんでしょう。チョクラルスキー法みたいなやり方で相当な高温でナノチューブを結晶化するような方法とか欠陥を後補修出来るパッチ合成方法が開発されれば別ですが、原理的にはどうにも難しそうです。または、もしかしたら以前述べたようなこちらの成果のように、バンドルとしての結晶性が上がればまた面白い特性が出てくるのかもしれませんがこれまでの状況からはなかなかそのような結果は出てきにくいかと。
とはいうものの、関係者のたゆまぬ努力の結果現状世界最高レベルで古河電工殿が中心に進められたこちらの成果でみられるように、だいたい銅の1/4という低抵抗を実現した導線作製まで持ってこれています。技術的なキーとしてはダブルウォールCNTの純度を上げることだったようですがいったいこれどうやって見つけたんでしょうね。コンビナ的にガンガン作って、たまたま導電性が高いものをTEM(透過電顕)で見たらダブルウォールが多かったと言う可能性が一番高そうですが・・・ここらへんの関係諸氏の探究心は凄いものがあるなと。最近ではこの技術を用いて小型モータまで作ってしまったそうで(化学工業日報殿:こちら)、重要な軽量化技術の根幹になりうるものと期待されます。
古河電工殿による高導電率CNTのキーとなったダブルウォールナノチューブ
これを高度な撚糸技術を組み合わせることで高い導電率を持つ電線をつくることができたもよう
同時期に同じ効果を見つけた東レ資料[文献2]より引用
で、これだと例えば径の太さが銅の2倍になってもほぼ同じくらいの重量が実現できますから、使い様によっては活躍の可能性があるでしょう。実際、応用で先行するアメリカのNanocompというベンチャー企業は下記のようなかなり乱暴な作り方(失礼)で実際にケーブルまで仕上げています[文献3]。
Nanocompが作製した導線の外観[文献3]
左側から原料ガス(アセチレン?)を高速でぶっこんで出てきた髪の毛のようなモサモサを
プロセス最後で巻き取るという感じのかなりランボーな作り方だが、できてる
ただしいわゆる「CNT」であるかどうかはやや疑問が残る[同じく文献3]
実は当時関係者の間から見ていても、古河電工殿の取組もNanocomp殿の取組もどっちも「ムリだろう」というものだったので、いずれも技術的には相当な快挙であることには間違いないです。加えてかなり導電性が上がってきているので、EMS(Electro-Magnetic Shielding)系統の基礎材料としても十分使用に足るはず。上記の[文献1]から引っ張ってきた一番右下の図にも、EMSではありませんが類似用途としてESD(Electrostatic Discharge)、要は静電防止にも使われていることがわかります。ということで、まだまだ性能は飛び抜けたものはないけれども銅のような導電性は要らないが軽さは欲しいという宇宙開発用途を中心ににそのニーズを見出している、というのが現状と言えましょう。
②発熱体として
筆者が「もっともニーズにうまく合わせた使い方をされている」と感じたのが、これ。東京大学特任教授の古月文志先生(当時は北大所属)の研究成果をもとにクラレリビング殿(こちら)、茶久染色殿(こちら)、松文産業殿(こちら)の3社が作り上げた薄型軽量面ヒータ(こちら)です。
中部経済産業局殿のサイトより引用(こちら)
(左)分散CNTによる染色前後の糸 (中)発熱中のCNTヒータの温度均一性 (右)CNTヒータの実証結果
古月先生の技術により分散されたCNT(北大の解説HPより引用) 左がAFMで見た分散CNTで、右がTEMで見たもの
上記のAfterの黒い糸はこれが綺麗に「染色」されている状態
カーボンナノチューブはその名のとおりカーボンなので空気中で高熱に晒すと酸化されますから、高温ヒータとして使うにはガラス管の中などに入れないと燃えてなくなってしまう。空気中で使えるのは耐久性も考えるとせいぜい100℃未満でしょう。なら低温で使うとするか・・・とはいえ一般的な金属ヒータに比べたらコストで勝てない。それなら均一に広げて使えて、しかも軽くできると嬉しいニーズはどこにあるのか、ということで雪国の融雪用ヒータとしての価値を見出されたようです。
これまでの融雪用ヒータは基本的にニクロム線を通したもので、まぁ安いですが均一に温まらないうえに重く、見栄えもアンマリなものが多かったのが一般的です。そこで分散性のよいナノチューブを新たに作った古月先生と企業が組み、この全面発熱ヒータを開発したということのもよう。
確かに均一に全面発熱しますし、軽ければ屋根への設置も簡単、しかも折り曲げや耐久性にもすぐれ、発熱面は燃やせばなくなるという特徴を持ち、極めて製品のスジが良いように感じます。実際に積雪地方の施設エントランス付近での検証結果を見てみると一目瞭然。コスト次第でしょうけど、世界中の寒冷地でニーズがあるんじゃなかろうかと思わせる成果なのではないでしょうか。
同じく松文産業殿のページより引用(こちら)
福井県の繊維に関する記念館「ゆめおーれ勝山」での事例 色々楽しくてオススメなとこ
こうしたニーズを考慮した研究成果の応用は筆者としては非常に羨ましく、また是非さらに活躍の場が広がることを期待しています。実際かなり広い、昔作られた工場の中で色々と動き回ることの多い筆者ですが、この時期は寒さが骨身にこたえ足元が少しでも暖かくなればと思う時があります。その時こうしたヒータがエリアに敷いてくれていれば体への負担も低くなりますし・・・って、そこから筆者が動かなくなってしまいますね。とにかく是非、断熱材や粘着剤と組み合わせる等していただき色々なロケーションへの適用が進めば、と願う商品でもあります。
なお同商品では、さらっと書いていますが「ナノチューブを繊維に染色する」という、逆転の発想でもありかつ非常に難易度の高い製法にチャレンジし成功された点が技術的に最も興味深い点です。ただ単に練り込んだだけでは、ここまで均一な導電パスが出来上がらない。そこで染料について奥深いノウハウを活かした茶九染色殿(こちら)が活躍された、と昔の講演で聞いた覚えがあります。発想といい切り口といい現実化する技術力といい、脱帽です。筆者なら間違いなく繊維に練り込んで失敗しますからね。
茶九染色殿の技術を紹介した愛知産業技術研究所の資料[こちら]より引用
細かく見える糸くずのようなものがCNTで、それが原糸表面に均一にまとわりついている
③電極材料として
おなじみリチウムイオン電池。この正負極の活物質内に極少量混ぜると初期内部抵抗が下がるのに加えて電極(というか電池)の充電・放電に伴う膨潤・収縮を起因とした接触抵抗増大と、活物質及び活物質凝集体の微細クラックを原因とした内部抵抗増加を抑制する効果がある(と言われている)ため、様々なメーカが使用しているのが昭和電工を中心とした多層CNTです[文献4]。
昭和電工殿による(主に)電池用の添加材料VGCF
定義からすると多層CNTに分類されるモノ [文献4]より引用
なおこの材料は昭和電工殿がCNTの構造特定が正式に為される前から既に上市していた発売していた商品名VGCF(Vapor Grown Carbon Fiber)というもの。つくりかたもほとんどカーボンナノチューブそのまま。リチウムイオン電池の需要が伸びている現在、性能的にも不可欠で高い量産実績を持つ重要な添加剤として世界で活躍している材料のひとつでもあります。試験生産を開始した1980年代当初は極めて少なかった生産量も、現在では昭和電工殿単独で年間400トン/年をうかがい、その高い純度と品質管理にもとづいて信頼性を伸ばして行っております。・・・が、例によって生産量では中国・韓国勢が勢力を延ばしてきておりなかなか安穏とはしておれん状況でしょう。
電池内でのVGCFの外観(ファイバー状のもの)と、その効果を端的に表す模式図
少ない添加量で多数の活物質をつなぐことができ、状態変動にも強い 同じく[文献4]より引用
蛇足ですが、信州大の遠藤守信先生と昭和電工は共同開発に基づきVGCFを既に1982年あたりに試作しており、製品として発売された1980年代後半には概ね「そういう(グラフェンが丸まったような)構造だね」というコンセンサスは関係者の間ではあったもようなのです。が、正確に、物理学的に妥当なやり方でナノチューブの構造を決定したのは飯島先生が使用された高精度TEMの技術が必要だったわけで。遠藤先生は合成と構造解析の成果を同時に得るところまであと1歩のところまで来ていたわけですが、ここらへんは流石に運が左右したと感じずにおれません。
まとめ
以上、機能性材料として代表的な成果を3点挙げました。成果は色々出ているものの、当初喧伝されていた「宇宙エレベータとかの支柱に使う」といった用途には手つかずであるなど、地味なスタートであるというのが正直な感想です。実際のところカーボンナノチューブにとって不運なのは強大な競合相手であるカーボンブラックという親玉が存在するのに加えて、時期的に先行していたVGCFと狙い市場がバッチリかぶっててなかなかその特異性を出し切れてない、というのが実際のところではないでしょうか。
ただ今回のような応用例に加えて構造部材・機械部材で「非常に少ない添加量で低抵抗性や強度向上、また制電効果がみられる」という結果が得られており(Nanocyl社の発表・こちら)実際に工業製品へ応用開発が続いているほか、ゴムに特定のCNTを練り込むと非常に高い温度でも高性能な複合材料が出来た、という産総研殿の発表(こちら)もありますから、CNTに限った話ではないですがやっぱり粘り強い応用検討は継続されるべきだと考えます。
おわりに
今回本記事を書くに当たり下記の書物を利用したのですが、今から考えると一番最初に挙げたクリントンによる国家プロジェクトについては「バカ騒ぎ(Hype)」のように見えた一面もあったのではないでしょうか。
[amazonjs asin=”4622074605″ locale=”JP” title=”ナノ・ハイプ狂騒(上)アメリカのナノテク戦略”]
本記事のサブタイトルにした参考書物 amazon.comより引用
Hypeとは「ばかさわぎ」くらいの意味・・・だったはず 原書はこちら
ただ、一つの分野が発展するにはある意味「お祭り」をやらないと進まない、という一面もあると思います。実際、NASAがやってきたように、とある要素を再定義してタグ付けし、巨大プロジェクト化して一気にその鉱脈を突き進み、その結果出てきた成果を社会に還元するってのはアメリカお得意の開発のやり方ですし、事実歴史的にもそうやって新たな材料、産業、システムと人材の発掘が進みましたから、一概に否定するのもどうかなとも思います。
ただ、ナイロンとかポリイミド、炭素繊維のように材料ひとつで世界が変わるといったような時代はなかなか最近は難しくなってきている気がします。Carl Boschの名言に下記のようなものがありますが(筆者意訳含む)、
“…新しい材料や、新しい手法の発見が常に成功の主要部とは限らない…重化学においてならまだしも…実際には材料や手法だけでは不十分で、反応の細部やあらゆる意味においての制御が理解されねばならない。そうしてこそ真の意味で合成を制御することができ、金字塔と成りうるのである”
この言葉のとおり、新材料・新商品の出現は重要ではありますがその後ろにあるサイエンスが正しく理解されることもセットでようやく世の中へ広く出ていけるのではないでしょうか。その意味で、ナノチューブのポテンシャルとサイエンスと「構造制御」はまだまだ見出されていないのかそれとも既に掘り尽くされたのか、筆者には想像もつきませんが、「限界は人間の意識の内にある」という、どなたが言われたか忘れたことばと、「努力は無限ですよ!」という故・沼正作教授のお言葉を最後に記事を閉じたいと思います。
それでは今回はこんなところで。
【参考文献】
1. “Carbon Nanotubes: Present and Future Commercial Applications”, A. John Hart et al, SCIENCE VOL 339 1 FEBRUARY 2013
2. “カーボン材料について”, 2012年 東レ㈱ 総合科学技術会議 ナノテクノロジー・材料共通基盤技術検討WG資料 リンクこちら
3. “Building a World Impact Business on Carbon Nano Tubes”, 2016年 MicroNano International Conference, P. Antoinette リンクこちら
4. “The effects of CNTs for lithium-ion batteries as additives” 2009年 昭和電工㈱ Safety of manufactured nanomaterials Conference リンクこちら