第89回のスポットライトリサーチは、東北大学大学院工学研究科ロボティクス専攻分子ロボティクス研究室の佐藤佑介さん(博士課程3年・日本学術振興会特別研究員)にお願いしました。
紹介する成果は、化学も関わる新しい研究分野「分子ロボティクス」についてのものです。分子を組み合わせてアメーバのように変形するロボットを作ったという内容で、AAASから昨年創刊されたばかりのScience Roboticsに掲載されるとともにプレスリリースされています。
Sato, Y.; Hiratsuka, Y.; Kawamata, I.; Murata, S.; Nomura, S. M. Science Robotics 2017, 2, 4, eaal3735.
DOI: 10.1126/scirobotics.aal3735
記事最上部のイメージ画像は上記論文掲載号ホームページのスライドバナーになったものを利用させてもらいました。一見写真のようですが、学部3年の荒舘 笙(あらだち しょう)さんが作製した3DCGだそうです。ロボットとしての具体的なイメージをつかむには、この画像とあわせて、Twitterで配信された以下の動画をご覧下さい。
Researchers led by @SMNomura at @TohokuUniPR use the force of #DNA to activate shape-shifting in tiny #robot https://t.co/xTc1FBk7bT pic.twitter.com/1jKHi1jJv4
— Science Robotics (@SciRobotics) 2017年3月1日
研究を指導されている野村慎一郎准教授は、論文の筆頭著者である佐藤さんをこう評しておられます。
佐藤君は、分子ロボティクスという分野名を掲げて6年になるラボの第1期生です.とはいえ当初「分子ロボット」は世の中になかったため、改良や改変ではなく「無から有をつくりだす」無理難題を1年半かけて実現したあたりが男前ですね。特に彼は3年生からBIOMODという国際分子デザインコンペにリーダーとして殴り込んだ経歴もあり、まわりを扇動しつつまとめていく姿勢がすばらしいです。疑問に感じたことを考え抜くタイプですが、機をみるに敏で、データをとるための実験条件を揃える能力には感心しきりです。自分よりおもしろい研究にどんどん対抗していこうという考えの持ち主でもあるので、研究者としてやっていくのはきっと楽しいことでしょう。今後が楽しみです。
それでは、佐藤さんから現場のお話を伺っていきましょう。
Q1.今回のプレスリリース対象となったのはどのような研究ですか?
生体分子からなる分子機械群をシステマチックに動作するように組み合わせ、細胞サイズの人工分子システム「分子ロボット」のプロトタイプを開発しました。誤解を恐れず噛み砕いていうと「生き物の材料でとても小さなロボットを作った」という研究です。
この分子ロボットは、ダイナミックな変形を示す「変形状態」と球形状で動かない「静止状態」を、特定の信号分子(DNA)に応じて制御できる機能をもっています。具体的には、脂質二分子膜からなる人工細胞膜(リポソーム)に、脂質膜を変形させるための「分子アクチュエータ」と,アクチュエータからの駆動力の伝達を制御するための「分子クラッチ」が内包されています。私たちは、この分子ロボットを「アメーバ型分子ロボット」と呼んでいます(図)。これは、分子ロボットが「分子信号」を認識し、変形挙動を制御できる事実に由来しています。分子アクチュエータはタンパク質(微小管とキネシン)で構成されており、分子クラッチはDNAで構成されています。これら「生体分子機械」とその他25種類以上の分子を適切に混合することで、アメーバ型分子ロボットは調整されます。
分子ロボティクス研究はまだ黎明期にあり、すぐ応用につながる段階にはありません。ですが将来的に応用への道筋を広げる一端を担えればと考えています。
Q2.本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
実験手順(分子の混ぜる順番)や、分子クラッチの設計を工夫しました。それ以上に、多角的な視点から実験結果を見ることを意識しました。
研究テーマの性質上、「明確な作りたいモノ」があるため、仕様を満たさなければ全て失敗ということになります。失敗の中で「次にどのようなアプローチをするか」が重要になってきます。時には大きくアプローチを変えたり、デザインのコンセプトから考え直したりすることもありました(結局は最初のコンセプトでうまくいったのですが)。最初の考えにはあまり固執せず、柔軟に(アメーバのように)研究に取り組んだことが、最も工夫した所かもしれません.
余談になりますが、私は学部・修士課程では生細胞を扱う実験をしていました。細胞と同じ材料で細胞のように形を変える人工物を作ることができたということは、個人的にとてもおもしろいと思っています。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
難しかったところを選ぶのが一番難しいかもしれません(苦笑)。アメーバ型分子ロボットが動くようになるまで、うまくいかないことの連続でした。1つに絞るなら、25種類以上ある構成要素をどう組み合わせるか、という点が一番難しかったところです。
分子ロボットは顕微鏡を使って本体がやっと見える、という大きさであり、構成要素である分子群がどのように影響しているか、明確に理解することはできません。うまくいかない時には「いかに分子の気持ちになって想像力を働かせられるか」という点が重要だったと考えています。その一方で、想像すれば解決できる問題なのかというと、そんなことはありません。失敗の日々が本当に何日も続きました。ただ、成功への鍵は「たった1種類の分子を脂質膜に加える」という至極単純なことでした。その答えに気が付くきっかけとなったのは、別の実験を行っている時でした。そういった経験もあり、「常に問題解決のための嗅覚を働かせておく」ということを日々意識しています。
Q4. 将来はどのような分野に関わっていきたいですか?
「使える分子ロボット」を作りたい、という思いを強くもっています。
分子ロボティクスという分野は分野横断的で、参加している研究者の背景も多岐にわたっています。制御工学、情報科学、分子生物学、有機・無機化学など、挙げればきりがありません。そのような分野に身を置き、研究に携われていることをとても幸せに思っています。
ただし当然のことですが、1人ですべての分野の知識や技術を身につけることはできません。多くの方々と協力して研究を進めつつ、その中で自身の独自性を発揮し、分野の発展・社会に貢献できるようになりたいと考えています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
前述の通り、分子ロボティクス分野は多様なバックグラウンドを持つ研究者から構成される分野です。その中でも「化学」は分子ロボットにとって有益な「部品」を提供できる分野だと考えています。今回の成果を知ってくださった皆様の中から、分子ロボットについて興味をもってくださる方が1人でも増えることにつながれば幸いです。
関連リンク
- NOMURA Laboratory 野村研究室
- 分子機械を組み合わせ「アメーバ型分子ロボット」を開発 〜信号分子を認識し変形機構を制御する世界初の人工分子システム〜 | プレスリリース | 東北大学 -TOHOKU UNIVERSITY-
研究者の略歴
佐藤 佑介(さとう ゆうすけ)
所属:東北大学大学院工学研究科 ロボティクス専攻 分子ロボティクス分野 野村研究室
研究分野:分子ロボティクス
研究テーマ:信号分子を認識し変形機構を制御する人工分子システムの構築
略歴:2013年3月東北大学工学部機械知能・航空工学科卒業、2013年3月東北大学大学院工学研究科ロボティクス専攻修士課程修了。同4月より博士課程進学。2016年より日本学術振興会特別研究員DC2。