[スポンサーリンク]

一般的な話題

三中心四電子結合とは?

[スポンサーリンク]

初めまして、さかのうえと申します。先月修士課程を卒業し、4月から某試薬メーカーで勤務しています。大学院では有機化学、特に有機典型元素化学の分野で高配位化合物の研究を行ってきました。

この度、Chem-Stationに有機典型元素化学にまつわる記事をもっと増やしたいと思い、ケムステスタッフにしていただきました。未熟者ですが、よろしくお願いいたします。

本題ー三中心四電子結合

さて今回は、「三中心四電子結合」について解説したいと思います。

高周期典型元素の特徴の一つとして、形式的にオクテット則を超えた価電子を有する、”超原子価化合物”が多数安定に存在するという点が挙げられます。

特に超原子価ヨウ素化合物が有名ですね。この、超原子価化合物を形成する際の3つの原子の間の結合様式として提唱されているのが、三中心四電子結合です。Pimentel[1]とRundle[2]によって独自に提唱され、Musher[3]によってまとめられたため、Rundle-PimentelモデルRundle-Musherモデルとも呼ばれています。例として、以前の記事でも登場した、XeF2を挙げます。[4]

XeF2の分子構造はF-Xe-Fの直線型です。このF-Xe-F間の結合様式が、まさに三中心四電子結合です。この結合は次のように成り立っていると考えられています。

まず中央のキセノン原子の5p軌道の1つと、両端のフッ素原子のそれぞれの2p軌道が直線的に相互作用し、3つの原子上に広がる結合性軌道(φ1)と反結合性軌道(φ3)、両端に局在化した非結合性軌道(φ2)に分裂します。ここにフントの規則に従って4個の電子を収容すると、結合性軌道(φ1)、非結合性軌道(φ2)に2つずつ配置され、反結合性軌道(φ3)は空となります(下図)。

The Rundle–Pimentel orbital model for 3c–4e hypervalent complexes.

F-Xe-FのRundle-Pimentelモデル(図は文献[4]より抜粋)

3つの原子にまたがる結合性軌道に2電子が収容されるため結合力が生じますが、中心原子と両端の原子との間の結合次数は0.5となります。さらに両端に局在化した非結合性軌道にも2電子収容されるために、負電荷が両端に偏ることが考えられます。

XeF2のF-Xe-F結合に、Xe原子の最外殻軌道は5p軌道が一つしか使われていません。この時、残りの最外殻軌道(5s軌道1つ、5p軌道2つ)はsp2混成軌道を形成しており、いずれも非共有電子対が収容されていると考えられます。これらを踏まえると、XeF2の構造は非共有電子対を明記して、次のように表記できます。

XeF2の構造

非共有電子対も配位子の1種と考えると、XeF2は5配位で三方両錘構造を取っていることがわかります。これと同様に、5配位の超原子価化合物は基本的には三方両錘構造を取ります。いくつか例をあげてみます。

5配位超原子価化合物の例

これらの化合物を例に説明するとわかりやすいかと思いますが、三中心四電子結合で形成されている、中心原子の上下をアピカル位と呼び、sp2混成軌道で形成されている、同一平面上にある3つをエクアトリアル位と呼びます。(シクロヘキサンのいす型配座の水素はアキシアル位とエクアトリアル位でしたね。対になる言葉が異なるのは不思議です。)

三中心四電子結合は結合次数が0.5になると先に述べましたが、5つの配位子が同じであるPF5の結合長を挙げて確認してみます。P-Fapical 結合は1.577 Å、P-Fequatorial 結合は1.534 Åであることから、確かに三中心四電子結合は通常の単結合より伸長していることが見て取れますね。

結合が長いということは当然安定性が低下する訳です。Ⅲ価の超原子価ヨウ素酸化剤は、ヨウ素-アピカル位結合が開裂しやすく、開裂に伴ってオクテット則を満たすⅠ価のヨウ素化合物へ還元されることで、酸化剤として働きます。

ケムステの記事に、ちょくちょく現れる超原子価化合物。その考えの基礎となる三中心四電子結合の解説がなかったので、初歩の部分を解説してみました。皆さまの理解の助けに少しでもなれば嬉しいです。

 

参考文献

  1. Pimentel, G. C. J. Chem. Phys. 1951, 19, 446. doi:10.1063/1.1748245
  2. Hach, R. J.; Rundle, R. E. J. Am. Chem. Soc. 1951, 73, 4321. doi:10.1021/ja01153a086
  3. Musher, J. I. Angew. Chem. Int. Ed. Engl. 1969, 8, 54. doi:10.1002/anie.196900541
  4. Braïda, B; Hiberty, P. C. Nature Chem. 2013, 5, 417. doi:10.1038/nchem.1619

関連書籍

[amazonjs asin=”4061543377″ locale=”JP” title=”有機典型元素化学 (KS化学専門書)”]

関連リンク

さかのうえ

投稿者の記事一覧

試薬メーカーに勤務しています。修士課程まで有機化学、特に有機典型元素化学を専攻していました。典型元素化学をもっと広めたいです。

関連記事

  1. 【速報】ノーベル化学賞2014ー超解像顕微鏡の開発
  2. 日本薬学会第144年会 (横浜) に参加してきました
  3. 典型元素を超活用!不飽和化合物の水素化/脱水素化を駆使した水素精…
  4. γ-チューブリン特異的阻害剤の創製
  5. 世界の化学企業いくつ知っていますか?
  6. 好奇心の使い方 Whitesides教授のエッセイより
  7. 【PR】Chem-Stationで記事を書いてみませんか?【スタ…
  8. Dead Endを回避せよ!「全合成・極限からの一手」⑦(解答編…

注目情報

ピックアップ記事

  1. 2007年度ノーベル医学・生理学賞決定!
  2. 研究室でDIY!~エバポ用真空制御装置をつくろう~ ③
  3. 血液検査による新しいがん診断方法の開発!
  4. Ph.D. Comics – Piled Higher and Deeper
  5. iPhoneやiPadで化学!「デジタル化学辞典」
  6. 2009年7月人気化学書籍ランキング
  7. 【十全化学】核酸医薬のGMP製造への挑戦
  8. 近傍PCET戦略でアルコキシラジカルを生成する
  9. アメリカで Ph. D. を取る –希望研究室にメールを送るの巻– (準備編)
  10. 傷んだ髪にタウリン…東工大などの研究で修復作用判明

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2017年4月
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930

注目情報

最新記事

新発想の分子モーター ―分子機械の新たなパラダイム―

第646回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院理学研究院化学部門 有機反応論研究室 助教の …

大人気の超純水製造装置を組み立ててみた

化学・生物系の研究室に欠かせない超純水装置。その中でも最も知名度が高いのは、やはりメルクの Mill…

Carl Boschの人生 その11

Tshozoです。間が空きましたが前回の続きです。時系列が前後しますが窒素固定の開発を始めたころ、B…

PythonとChatGPTを活用するスペクトル解析実践ガイド

概要ケモメトリクスと機械学習によるスペクトル解析を、Pythonの使い方と数学の基礎から実践…

一塩基違いの DNA の迅速な単離: 対照実験がどのように Nature への出版につながったか

第645回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院工学系研究科相田研究室の龚浩 (Gong Hao…

アキラル色素分子にキラル光学特性を付与するミセルを開発

第644回のスポットライトリサーチは、東京科学大学 総合研究院 応用化学系 化学生命科学研究所 吉沢…

有機合成化学協会誌2025年2月号:C–H結合変換反応・脱炭酸・ベンゾジアゼピン系医薬品・ベンザイン・超分子ポリマー

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2025年2月号がオンライン公開されています。…

草津温泉の強酸性硫黄泉で痺れてきました【化学者が行く温泉巡りの旅】

臭い温泉に入りたい!  というわけで、硫黄系の温泉であり、日本でも最大の自然温泉湧出量を誇る草津温泉…

ディストニックラジカルによる多様なアンモニウム塩の合成法

第643回のスポットライトリサーチは、関西学院大学理工学研究科 村上研究室の木之下 拓海(きのした …

MEDCHEM NEWS 34-1 号「創薬を支える計測・検出技術の最前線」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP