第88回目のスポットライトリサーチは、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の生体模倣ソフトマターユニット・Ye Zhang研究室に所属するGuanying Li(グウンイン リー)博士研究員にお願いしました。Ye Zhang先生は、香港科技大学で博士号を取得した後、ポスドクとしてブランダイス大学に在籍し、イタリアのトリノ大学とスイス連邦工科大学(EPFL)ローザンヌ校との共同研究に参加しながら、色素増感太陽電池の研究を行ったそうです。その後、2014年にOISTに着任し、アクティブマター及びソフトマターの研究に取り組んでいます。具体的には、蛍光性ハイドロジェルの細胞イメージング分野への応用や、超分子鎖を用いた細胞の構造システムの構築を研究対象としています。
ちなみにOISTは、大規模な政府の援助を受けて、2011年、沖縄に設立された新しい研究施設です。日本だけでなく諸外国から多くの学生や教員を迎え入れ、教職員の外国人率は50%ほどに上るそうです!博士課程の学生に至ってはなんと80%以上が国外出身です(ソースはこちら)。通常の日本国内の大学とは大幅に異なる特徴を持つことが分かります。今後OISTのさらなる発展に注目です。
さて、最近、Zhang研究室ではLiさんを筆頭著者として、Chem誌にがん細胞を破壊する分子に関する論文を発表しました。当論文では、光触媒として近年注目を集めているポリピリジル金属錯体を上手く活用されています。また、この業績はプレスリリースとしても取り上げられています。
G. Li, T. Sasaki, S. Asahina, M. C. Roy, T. Mochizuki, K. Koizumi, Y. Zhang
Patching of Lipid Rafts by Molecular Self-Assembled Nanofibrils Suppresses Cancer Cell Migration
Chem 2017, 2, 283. DOI: 10.1016/j.chempr.2017.01.002
*本寄稿は、当該論文の日本人共著者の方の翻訳協力があってこその賜物です。ここに深謝いたします。
Q1. 今回のプレス対象となったのはどんな研究ですか?
我々は物理的なアプローチにより、 動的な細胞膜を留めて、がん細胞の細胞郵送、侵襲を抑制することに成功しました。
ルテニウム(II)を中心に3個のペプチドが結合した複合体を設計して、自律的に集合が起こるようにしました。この複合体を、脂質ラフトに局在し、何種類のがん細胞でもマーカーするとされているグリコシルフォスファチジルイノシトールアンカー胎盤アルカリフォスファターゼ(GPI-anchored PLAP) と反応させたところ、自律的に集合がはじまり、脂質ラフト上(細胞外)でナノ繊維を形成することが分かりました。この“成長し続ける”ナノ繊維は脂質ラフト同士を括り付け、大きな脂質ラフトの集合体を形成することで、結果として細胞接着を強め 、細胞の遊走を抑制します。
また、この分子レベルでの自律的な集合により、脂質ラフトに結合している受容体が常に刺激されるため、細胞は強まった細胞接着から逃れようとして、反対側で細胞運動能を上昇させ、遊走を引き起こします。この相反する動きにより、細胞内ではアクチン繊維を介して、物理的な力が生まれます。この物理的な力が増大すると、接着している細胞が破裂することを見出しました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
ガン細胞が細胞の遊走や侵襲により体内を移動する能力(つまりガン転移)はガンを考える上で最大の脅威になっています。
これまで研究者はガン細胞の遊走を研究するために、ガン細胞に特異的、あるいは多く発現する分子に着目してきましたが、効果的なものを見つけることはかなり難しい状況でした。
脂質ラフトは細胞骨格と結合し、細胞膜の恒常性を保つと共に、ガン細胞の転移率にも影響を及ぼしていると考えられています。超分子化学により、我々は自律的に集合するナノ繊維を脂質ラフト上で形成させ、脂質ラフトを留めるようにしました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
グリコシルフォスファチジルイノシトールアンカー胎盤アルカリフォスファターゼは、細胞外で分子を脱リン酸化して疎水性分子を親水性分子に変えることで、自律的な集合を促しています。すべての培養細胞において、いくつかの形態のアルカリフォスファターゼが細胞膜から分泌され、過剰な分泌性アルカリフォスファターゼと細胞膜上の細胞外アルカリフォスファターゼが競合しています。このことにより、グリコシルフォスファチジルイノシトールアンカー胎盤アルカリフォスファターゼを認識し、脂質ラフトに限定した自律的集合をさせることは難しい状況でした。
そこで細胞膜上での胎盤アルカリフォスファターゼの局在を考慮し、分子表面に多くのフォスファターゼが出るように“伸びきった”構造にしたところ、分子と胎盤アルカリフォスファターゼの結合率が上がり、胎盤アルカリフォスファターゼによる脱リン酸化が促進されました。そのため、ルテニウム(II)を中心にし、多くのフォスファターゼを8面体上に配置したペプチド分子を作製することにしました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
正直なところ、高校生のころは、生物学が嫌いでした。研究者として生化学の分野でスタートし、生命の本質は化学反応だと思い、複数の分野にまたがるような研究に喜びを感じています。
化学に携わる人間は新しいものを作ることが得意であり、このようなアプローチは生物学の諸問題を解決するのに役に立つと思います。私はこのような興味を持ち続けたいし、それを生化学の分野だけに限定したくないと思います。将来的には、自身の見聞を広め、関連する領域全体の知識を深めていきたいと考えています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
OISTは異なる領域間の共同研究をすることにおいて、とても自由かつ突出した研究環境です。私の限られた知識、経験を補うべく、研究に協力していただいたOISTと日本電子の方々に感謝します。
また、私は物質の性状を調べるために貢献して下さった、佐々木敏雄、マイケル ロイ博士、朝比奈博士、光学顕微鏡でのイメージングに協力して下さった小泉、望月両博士に感謝致します。
【ご略歴】
Guanying Li(グウンイン リー)
博士研究員、生体模倣ソフトマターユニット、沖縄科学技術大学院大学 (OIST)
Research Interest: Metal complexes based self-assembly system and its application in biomaterials
09, 2006 – 07, 2010 B. S. in Sun Yat-sen University, Guangzhou, China
09, 2010 –06, 2015 Ph. D. in Sun Yat-sen University, Guangzhou, China
09, 2015 – Now Postdoctoral Fellow in OIST, Okinawa, Japan