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化学者のつぶやき

有機反応を俯瞰する ーMannich 型縮合反応

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今回は、Mannich 反応を出発として、Borch 還元的アミノ化反応Strecker アミノ酸合成のような 3 成分縮合反応へ視点を移し、さらには最新の有機分子触媒反応まで俯瞰します。これらの反応機構は多段階にわたり、複雑なものです。しかし、いくつもの成分が順次連結していく反応の原理を覗き見ることは、有機合成における思考実験の訓練にも繋がるため、反応機構の各段階を詳しく解説します。加えて、カルボニル化合物への付加反応により生じる四面体炭素では、一分子的な脱離反応が起こりやすいことについて説明し、そこで発生したカルボカチオンがどのような反応へ発展可能かについてお話しします。

Mannich 反応の全体図

さっそくですが、本記事の出発点として Mannich 反応を取り上げます。その反応式を以下に示します。

この反応では、アルデヒド (通常はホルムアルデヒド (R3 = H) が用いられます)、アミン、そしてケトンの 3 つの基質を、酸触媒条件下で反応させます。その結果、出発物であるアルデヒドのカルボニル酸素が消失し、カルボニル炭素とアミンの窒素、およびケトンの α–炭素との間に新たな結合が生成しています。このことをわかりやすく示すために、上の反応式には簡単なイラストを付け加えています。つまり、カルボニル炭素の C=O 二重結合をハサミで切断し、新しく繋ぎ変えられる C-N 結合および C-C 結合を赤色で示しています。なぜこのようなイラストを書いたかというと、今回の反応は反応機構が非常に複雑なので、電子の流れの矢印だけを追いかけていると反応全体の目標を見失ってしまうからです。それでは、どのようにカルボニル酸素が消失するのか、そしてどのような秩序で 3 種の化合物が反応を起こしていくかを理解するために、Mannich 反応の反応機構を見ていきましょう。

第一段階 : アミンのアルデヒドへの付加

はじめにアミンが非共有電子対を用いてアルデヒドのカルボニル炭素を攻撃し、C=O 二重結合の電子対を酸素上に移します。このとき酸素が負電荷を帯び、窒素原子が正電荷を有する双性イオンが生じますが、この双性イオンは、窒素原子上のプロトンを酸素原子へ移すことで、中性分子であるヘミアミナールとなることができます。

ここで、少し脱線して補足を加えます。はじめの反応式を思い出すと、この反応溶液中には、アルデヒドの他に、同じくカルボニル化合物であるケトンも存在します。しかし、この段階では、アミンはケトンのカルボニル炭素ではなく、アルデヒドのそれを攻撃する方が有利です。なぜなら、この付加反応ではカルボニル炭素が sp2 炭素から sp3 炭素に変わり、炭素の結合角が小さくなります。このとき、ケトンは、アルデヒドが持つ水素よりも立体的に大きいと考えられるアルキル基を 2 つ持つため、生成物における置換基同士の反発が大きく、付加反応がアルデヒドよりも不利であると考えることができます。いつも思い通りに反応するとは限らないので、反応系中に何を混ぜたかを忘ないでおき、狙い通りの反応が進行するかを疑うことは重要です。

第二段階 : 脱水によるカルボニル酸素の消失

話が飛んでしまいましたが、Mannich 反応の反応機構の続きに戻ります。カルボニル炭素へのアミンの付加により生じたヘミアミナールは ‘不安定な中間体’ とみなされ、本記事の 1 つ目の鍵段階である脱離反応に発展します。つまり、OH 基がプロトン化されることで、優れた脱離基である H2O となります。続いて、窒素原子が脱離基を有する炭素に向けて非共有電子対を流し、炭素に結合した H2O を追い出します。これにより、C=N 二重結合を持ち窒素上に正電荷を帯びたイミニウムイオンが形成されます。

第三段階 : エノールによるイミニウムイオンの捕捉

最後に、第 3 の成分であるケトンが登場します。といっても、反応に関与するのは、酸触媒によるケトンの互変異性で生じるエノールです。すなわち、エノールのヒドロキシ酸素が二重結合へ非共有電子対を押し流し、α–炭素からその電子が流れ出ます。 この電子の流れをイミニウムイオンの窒素が引き寄せ、イミノ炭素がエノールの α–炭素の攻撃を受けます。最後に、正電荷を帯びた酸素上のプロトンを放出することで、最終生成物としてアミノケトンを与えます。

追い出して、引き寄せる

これらの一連の過程をまとめます。この反応機構の途中のプロトン化や脱プロトン化の段階は、溶液中で可逆的に起こる過程なので少し省略し、下の反応機構では本質的な部分のみを抜き出しています。つまり (1) カルボニル基へのアミンの付加、(2) 水の脱離、続いて (3) 求核剤によるイミニウムイオンの捕捉の 3 点が反応の要点となります。そして、今回の記事の鍵となる電子の流れは、「非共有電子対により脱離基を追い出して、求核剤を引き寄せる」と読みます。有機化学の反応形式の分類でいうと、要するにカルボニル化合物への付加反応と、それに続く  SN1 反応です。

ヘミアミナールはなぜ不安定か

ここからは、様々な有機反応を俯瞰するために Mannich 反応の各過程を凝視します (長くなりますが、お付き合いください)。上の説明文の中で「ヘミアミナールが ”不安定な中間体”」と書きましたが、なにがどう不安定なのでしょうか。質問を投げかけておいていきなり答えを書いてしまいますが、「脱離基と電子供与基が同じ原子に結合しているから不安定」なのです。これだけでは少し抽象的なので具体例を挙げましょう。まず、今回のイミニウムイオン形成での脱離基は OH 基です。より厳密にいうと、上の反応は酸触媒条件で行っているので、OH 基が可逆的なプロトン化を受けて H2O (水) という良好な脱離基になっています。加えて、この H2O が結合した炭素は、非共有電子対を持ち電子供与性を示すアミノ基を有しています。

では、なぜこの構造が不安定かというと、H2O が脱離してしまうと炭素上に正電荷が生じますが、アミノ基上の窒素原子が炭素上に非共有電子対を流し込むことで正電荷を安定化できるからです。この一連の電子の流れは、本記事の鍵段階である「非共有電子対により脱離基を追い出す」様子を省略せずに書いたものです。わざわざ矢印を1つ1つ書くよりも、ヘテロ原子の非共有電子対から電子の流れを出発すると、ヘテロ原子によって安定化されたカルボカチオンを経由する反応が起こることに気付きやすくなります。

 なお、脱離反応が起こりやすい構造、つまり「脱離基と電子供与基が同じ原子に結合していること」のもっと簡単な見分け方を紹介すると、「同じ炭素に 2 つのヘテロ原子が結合していること」になります。なぜなら、先ほども説明したように、一般的な電子供与基は非共有電子対を持つようなヘテロ原子である上に、典型的な脱離基は水、アミン、あるいはハロゲン化物であるからです。それらの脱離基中の O, N あるいはハロゲン原子は、炭素原子よりも電気陰性度が大きいため、結合電子対を引っ張っており、電子供与基からの電子の流れの終着点となる役割を果たします。そのように同一炭素に 2 つのヘテロ原子が結合している化学種は、カルボニル基への付加反応の生成物が多く、具体的な化合物としては下の図に示すようにアセタールやオルトエステルが挙げられます。

ただし、「2 つのヘテロ原子が結合している」という判定法は万能ではなく、アルドールのような例外もあります。つまり、逆アルドール反応では C–C 結合が開裂してエノールあるいはエノラートが脱離します。しかし、アルドールにおける脱離反応でも、開裂する結合電子対の電子の流れを、多重結合を伝って動かして行くと、電気陰性なヘテロ原子に電子を押し込むことができます。したがって、逆アルドール反応におけるエノール (あるいはエノラート) の脱離も不自然な電子の流れではありませんが、このような例外もあるため、非共有電子対で “追い出す” 機構を書いてよいときの、より一般的な規則としては「脱離基と電子供与基が同じ原子に結合していること」となります。

イミニウムイオンが求核剤を引き寄せる

次に、この脱離反応が起こった直後のイミニウムイオンに注目します。非共有電子対で脱離基を追い出したことにより、ヘテロ原子が正電荷を帯びたカチオンが生じますが、このカチオンは様々な反応に発展可能です。つまり、このイミニウムイオンは正電荷を持っているため、電子に飢えており、反応系中の化合物の電子を求めて活発に反応します。その求電子性は電気的に中性である出発物のアルデヒドの C=O のカルボニル炭素よりも増大しており、系中に何らかの求核剤が存在すれば、それが穏やかな求核剤であっても引き寄せます。

以下に、イミニウムカチオンを活性種とする 3 成分縮合反応の例を示します。還元的アミノ化では、シアノ水素化ホウ素ナトリウムのように穏やかなヒドリド還元剤を用いることで、出発物のアルデヒドの C=O を還元せずに、アルデヒドとアミンの脱水縮合により生じたイミニウムイオンの  C=N 二重結合を選択的に還元し、アミンを与えます。また、Strecker アミノ酸合成では、シアン化物とイミニウムイオンの反応により得たアミノニトリルを加水分解することで、アミノ酸を合成可能です。

さらに、最近の研究例では MacMillan 触媒のように、α,β-不飽和アルデヒドから生じるイミニウムイオンを利用した有機分子触媒もあります。この例では、イミニウムイオンの C=N 二重結合が C=C 二重結合と共役し、元の α,β-不飽和アルデヒドの求電子性アルケンとしての性質が高められています (LUMO-activation)。さらに、キラルな第二級アミンがイミニウムイオンを形成しているため、求核剤がアルケンに近づく際に、その π 平面の表裏が区別されるのです。下の例であれば、画面の表側に嵩高い置換基が張り出しているため、求核剤は画面の裏側から攻撃します。その後、エナミンが加水分解を受けて、反応基質のカルボニル基および触媒を再生します。

というわけで、今回はヘテロ原子上の非共有電子対の押し出しが駆動力となる脱離反応の詳細を説明し、そこで生じたカチオンは反応系中の求核剤により直ちに捕捉されることについてお話ししました。以下に、Mannich 型の多成分縮合反応のフロー式、およびできるだけ詳細な反応機構をまとめます。(プロトン移動などの細かい部分は、ところどころ省略しています。)

反応名 フロー式
 Mannich 反応
Betti 反応   
 
Borch 還元的アミノ化
Strecker アミノ酸合成
Kabachnik-Fields 反応
アセタール形成反応

(カルボニル基の保護)

Bredereck 試薬によるカルボニルの α-メチレンアミノ化
Johnson-Claisen 転位
Biginelli 反応
MacMillan 触媒

関連反応

本連載の過去記事はこちら

関連書籍·参考文献

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PhD候補生として固体材料を研究しています。学部レベルの基礎知識の解説から、最先端の論文の解説まで幅広く頑張ります。高専出身。

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