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Glenn Gould と錠剤群

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Tshozoです。突然ですがこの動画をご覧ください。

元々は” the CBC show, “”The Subject Is Beethoven”” (06.02.1961).”によるもの
共演しているのは当代随一のチェロ奏者 Leonard Rose

このピアニストこそ、不世出の天才と謳われた”Glenn Gould“。ピアノの音自体がぼちぼち好きだったので有名どころのRichiter, Horowitz, Weisenbergあたりを昔から聴いてたのですが、その中で圧倒的な存在感を放っていたのがGould、その人でした。

音楽の素養の深い両親のもとでカナダのトロントに生まれ、母から学んだ声楽を基礎にした圧倒的な才能と驚異的な集中力、そして「これはGouldが弾いている」、と、素人の筆者が一瞬で判るほどの豊かな表現力とそのアイドル的容姿によって狂信的なファンを世界中に獲得し時代を駆け抜け、1982年に50歳という若さで他界された、天才という言葉がなまぬるいほどのピアニストでした。

正直これほどのピアニストが出てくるまでにあと何百年待てばいいのかわからんくらいという印象を受けます。

QueenのFreddie Mercuryと並んで、もし生きていたならば筆者が何を犠牲にしようともコンサートに参加したい演奏者の1人であります。バーンスタインに狙われていたという噂があったのも頷けるその容姿もさることながら、ややもすれば当時は説教的で地味な印象であったBachの「ゴルトベルグ協奏曲」を現代の至宝としてよみがえらせたほか、同じく「平均律」は人類を代表する傑作として彼の演奏がボイジャーに黄金製のレコードに記録され(こちら)、搭載されたことはあまりにも有名です。

・・・が、今回はそーいう本人の演奏とか楽曲とかピアノそのものの話ではなく、本人が服薬していた錠剤類の話。

上の動画を見てもらえばわかりますが、演奏中に手と体をブンブン振っててうっとうしい奇妙な印象を受けます。彼以前にはこのような形で演奏を表現するピアニストは筆者の知る限り皆無で、だいたいのピアニストは直立不動で弾いていたため、この行動は色々物議を醸していました。あと演奏中に歌っててこれも独特の雰囲気を出しています。

なお彼のCDによっては実際に彼の声が入ってるものもあり、最初は何の音か不気味に思ってた時期がありました。更に真夏でもトレンチコートを着て手袋を着ける、コンサートでは父親の作ってくれた子供用と見まがうばかりの低い椅子に座って決して良い姿勢とは言えない猫背の状態で演奏する等、現在で見ても奇行ととられるような行動が多かったわけです。

度々議論になった親父さんの手作りの椅子に座るGould
カナダのツアー紹介サイト(こちら)より引用

そしてそうした奇行と「思われる」行動のひとつに、特に壮年期以降「食事をほとんど摂らず、ビタミン剤と数々の薬、そして水だけを口にしていた」というものがありました。是非はともかくプロテイン好きな筆者にとっては耐えられない話。

そこで今回は彼が口にしていた薬品類について、地元カナダの監督が彼の人生を映画化した中で結構詳細に述べているものを見つけたため、それをまとめてみることにしました。いつもと同じく何とも前後の記事と毛色が違う話になりますが、お付き合いください。

今回参考にした映画”Thirty Two Short Films About Glenn Gould”の一節より
(日本語題「グレン・グールドをめぐる32章」リンクこちら)
ドキュメンタリーベースの内容で、トロント映画祭でも賞を受賞したもよう

 お薬一覧

上記の動画の中の薬を全部書き出してみると、だいたい10種類以上の薬を継続的に服用していたもようです(参考文献にも同様の薬品群が記載されていたので、おおむね間違いがないようです)。この他にもビタミン剤とかの栄養剤を含め色々服用していたようなのですが今回は割愛。

1. Valium : 1,4-ベンゾジアゼピン誘導体 Minor tranquilizer (抗不安薬)
2. Trifluoroparazine  :トリフロペラジン Schizophrenia(統合失調症)
3. Pentobarbital : ペントバルビツール Barbiturate(向精神薬)
4. Librax :  臭化クリジニウム(A, B) Anticholinergic drug(抗コリン作用薬)
5. AldometMethyldopa (血圧降下剤)
6. Clonidineクロニジン Vasodilator(血管拡張剤)
7. Indocin : インドシン Antiinflammatory(消炎剤)
8. Hydrochlorothiazideヒドロクロロチアジド (高血圧症治療薬・利尿剤)
9. Septra : トリメプリム (抗菌剤 特に尿道系の感染症に使用)
10. Fiorinal : パラセタモール (鎮痛剤 アスピリン代用薬)
11. Phenylbutazone : フェニルブタゾン (鎮痛剤・解熱剤)
12. Allopurinol : アロプリノール (痛風治療薬)

ここらへんまったく作用とか合成方法とかが突き止められんので死ぬ泣くしかないのですが、これらの薬はかなり古い時代から使われており、現在も使用されているほどに実績がある薬も含まれているわけです。しかし、いずれの薬も副作用もどうも相当あったもよう。有機化学美術館でも描かれているように、アスピリンですらおそらくひっかかるような厳格な審査レベルで実施される現在の治験では通らんようなものも交じってるんじゃないでしょうか。

こういうモンをガバガバ飲んでたらそら早死にするわな、という感じでありまして・・・
たとえばPhenylbutazoneなどは副作用が酷いので欧米では使われなくなってます

こうした系統の薬を服用し続けて長く生きられるわけがなく、Gouldは50歳という若さでこの世を去ります。老いさらばえて晩節を汚すよりはよっぽどいいのでしょうけど、せめて筆者がこの方の凄さを実演奏で体験できるまでは生きていてほしかったなぁ、と(注:かなり若い段階でライブは実施されなくなってましたが)。音楽になんぞ興味は無いと言われる方でも、是非Gouldの弾くBachは一度は耳にして頂きたいと切に思うばかりであります。

「人の奇行を笑うな」

・・・とまぁ、稀代の天才らしく一般人にはどうにも捉えにくい食事、というか服用をしていたわけです。ただ筆者はこの点をあげつらうわけではありません。

たとえば作曲家の團伊玖磨氏の妻で料理研究家の團和子さんがその昔に書かれた書物の中に、確か集英社からの出版物だったと思いますが、インドの仏教からの話が引用されていました。詳細な文章を忘れてしまったのですが、要旨としては

「盲目の村人たちが初めて巨象を触る機会を得たが、ある者は鼻を触ってこれを象と言い、ある者は足を触ってこれを象と言い、ある者は牙に触れてこれを象と言った」(このあと続けて「中国という巨大な国」を象に例えた話をしています)

というものでした。要は『目を開けて見てない』から、一部分だけ、特に気になった部分だけを採り上げてあげつらい、その対象に言及するということが如何に無意味であるかということだと思います。筆者ごときがGouldを批評するなぞ烏滸がましいにも程があるのですが、同じ観点でみるならばこういう奇行すらもひっくるめてGouldその人だったのでしょう。

翻って周囲を見てみると素晴らしい技術センスがある人に対してごく一部分の言動や考え方がおかしいからとレッテルを貼り、小姑のように嫉妬深く難癖を付けて全くその方の才能を活かさずつぶしにかかる人間が極めて多いというのが実感です。

筆者は才能の欠片も無いのでサクっと潰して頂いてサメザメと泣いてるのが性に合ってるんですけど、才能ある人が妄想癖だろうがTransvestiteだろうが***だろうが、その人が全体としてどういう人間であるかを全体的に把握し、活躍させることこそが全体の活性化に繋がると思うんですが、何故か組織的にそういう方向に行かないのは農耕民族的に不可避な根深い文化なのかなぁと実感しているところです。

別にGouldのような天才レベルの方のことは言ってないのですけど、もう少しやりようがあるんじゃねぇかなぁとつくづく思う次第で。お読みの方々がお見えになる各組織でそんなことが起きないことを祈りつつ、今回のまとめといたします。

それではこんなところで。

[参考文献]

・”Wondrous Strange: The Life and Art of Glenn Gould”, Kevin Bazzana, 2005 , リンクこちら

・”The Secret Life of Glenn Gould: A Genius in Love”,  Michael Clarkson, 2010,  リンクこちら

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Tshozo

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メーカ開発経験者(電気)。56歳。コンピュータを電算機と呼ぶ程度の老人。クラウジウスの論文から化学の世界に入る。ショーペンハウアーが嫌い。

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