第87回のスポットライトリサーチは、名古屋大学大学院理学研究科伊丹研究室博士後期課程2年の瀧瀬瞭介さんです!
ジアリールエーテル類は生物活性天然物や医農薬に頻出の化合物群でありながら、その合成には未だ改善の余地がありました。今回、我らがケムステ代表である早稲田大学山口潤一郎准教授と名古屋大学伊丹健一郎教授のグループから、ジアリールエーテルの画期的な合成法が報告されプレスリリースとしても発表されました。
“Decarbonylative Diaryl Ether Synthesis by Pd and Ni Catalysis”
Ryosuke Takise, Ryota Isshiki, Kei Muto, Kenichiro Itami, and Junichiro Yamaguchi
J. Am. Chem. Soc. 2017, 139, 3340. DOI: 10.1021/jacs.7b00049
新しいジアリールエーテル合成法を実現させたのは、筆頭著者である瀧瀬さんが独自に開発した配位子でした。配位子は有機金属触媒反応の要であり、多くの場合で不可能を可能に変える「鍵」としての役割を担います。そんな配位子を設計する段階から取り組み、合成し、実際に用いて世界初の反応を実現させるという研究は、まさにゼロからのものづくり、有機合成の真骨頂だと思います。
瀧瀬さんは今回の成果に限らず、これまでに発表されてきた論文をみても(参考文献[1]〜[3])、独自で開発した配位子を駆使した多くの反応を達成されてきたことがわかります。そんな瀧瀬さんを、伊丹教授はこのように評しています。
この新反応は、D2の瀧瀬瞭介君が山口潤一郎君(現・早稲田大学准教授)とともに、違う反応を開発しようとしている最中に偶然発見した反応です。確か2015年5月の出来事だったと思います。当研究室では、2012年頃から山口君、武藤慶君(現・早稲田大山口研助教)、天池一真君(現・京大浜地研PD)が中心となって、「エステル基を脱離基として使う」新しいカップリング反応の開発をしていました。瀧瀬君は、この化学をさらに一般性の高いものにすべく、様々な反応を検討していました。その最中に、芳香族エステルから一酸化炭素が外れて芳香族エーテルを作る触媒が存在しうることを突き止めました。狙ってはいなかったものの、実は古くから化学者が求めていた反応であったため、素晴らしい発見だったと思います。今後、多くの化学者が参画することで、適用範囲の拡大や反応条件の温和化が実現し、有用な標準プロセスの一つになればと願っています。
瀧瀬君は、私が最も好きなタイプの学生で、研究室のモットー(work hard, play harder, dream even more)を最も「正しく」体現する、ザ・伊丹研です。膨大な実験量に基づいて研究を確実に前進させる凄まじい能力の持ち主であるばかりでなく、4年生の配属時から飲み会リーダーです。瀧瀬君がいるお陰で、研究室が盛り上がるので、本当に感謝していますね。こんな学生はあまりいませんから。ただ、彼のコールはやばいですね。実は、昨年末の忘年会で僕は教員になって初めて潰されてしまいました。。。でも、彼は本当にいいヤツです。エピソードは山ほどあるのですが(本当に!)、もうやめておきます。
瀧瀬君の日頃の頑張りが、今回の論文となったこと、本当に嬉しく思います。実は今、瀧瀬君はまた違う面白い反応(現象)を発見しています。僕のblueprint 通りなら、極めてユニークな新現象をして世に出せると思います。お楽しみに。
伊丹健一郎
この度はおめでとうございます!それでは瀧瀬さんのインタビューをお楽しみください!
Q1. 今回のプレスリリース対象となったのはどんな研究ですか?
今回の研究は芳香族エステルをジアリールエーテルに変換する脱一酸化炭素型の触媒反応を開発です。ジアリールエーテルは医薬品や天然物などに頻繁に見られる骨格であり、新たな骨格構築法の開発が強く求められています。通常ジアリールエーテルはハロゲン化アリールとフェノール類のカップリング反応で作ることが多いかと思いますが、今回の開発によりジアリールエーテルの新たな合成法を提供したと言えます。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
この反応、実はアイディア自体は元からありました。下に示す反応機構から『求核剤を入れず、最適な触媒を使えばジアリールエーテルができそうだなぁ』と思い付く人も多いと思います。
しかし言うは易し行うは難しでして、条件検討しても全く反応がいかず原料回収が続く日々…よし一旦置いておいて違う反応にしよう!と狙いを変えて異なる反応を開発していたら、TLCのスポットが原料以外にもう一点…マスをとるとちょうど28小さい値が検出されました。良くも悪くも思い通りにいかない化学の難しさと面白さを感じた瞬間でした。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
これは今も難しいと感じている点ですが、基質適用範囲を拡張するところでしょうか。反応する基質が2-アジン類限定的で、最終的にはPd触媒を用いることで4-アジン類までは反応に利用できることがわかりましたが、それ以上はなかなか収率良く目的物が得られませんでした。
分子変換という観点から考えると、非常に興味深いとは思うのですが、真に使える反応に昇華させるためにはまだまだ超える壁は高く、だからこそ化学はやりがいがあるなぁと感じています。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
常識にとらわれない姿勢を常に持ち、社会に貢献できるような画期的なモノを創り出していきたいです。また同時に化学の楽しさ・ワクワク感を多くの人に伝えられる研究者でありたいと思います。
大学院を卒業しても『Work hard, Play harder, Dream even more』をいつまでも忘れないユニークな化学者を目指していきたいです。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
賛否両論あるとは思いますが…私は、有機化学は努力して実験した分だけ必ず応えてくれる学問だと思います。もちろん、運も実力の内ですし、頭を使って考えて思考実験するのも大切です。ただ私自身、自分は頭が良いとは口が裂けても言えませんし、要領が良いとも思えません。それでも化学に対して真摯に向き合って、あれこれ考え、頼れる仲間とディスカッションして、諦めずにやり続ければ必ず結果は付いてくると信じています。だからこそ有機化学は楽しく、こんなにもハマってしまったんだと思います笑
今まさに研究で行き詰まっている人は、自分が成功した時の姿を妄想し、やる気を出して実験台に向かってみませんか?世界を変えるような発見は意外とすぐそこにあるかもしれませんよ!!
最後になりましたが、本研究において共同で実験をしてくれた早稲田大学の一色遼大くんに感謝します。まだ4年生にも関わらず怒涛の勢いで実験してくれました。そして同じく早稲田大学の武藤慶助教、山口潤一郎准教授には多大なアドバイスをして頂きました(夜3時にアクセプトメールが届いた時、起きていなかったのは流石に許してください笑)。この場を借りて御礼申し上げます。そして名古屋大学の伊丹健一郎教授には『伊丹牧場』の中で好き勝手に自由に研究する私を温かく見守って支えていただきました。心の底から感謝しています。今後も飲み会で僕ら学生と楽しく一緒にワイワイしましょう!
参考文献
- Takise, R.; Muto, K.; Yamaguchi, J.; Itami, K. Angew. Chem., Int. Ed. 2014, 53, 6791. DOI: 10.1002/anie.201403823
- Koch, E.; Takise, R.; Studer, A.; Yamaguchi, J.; Itami, K. Chem. Commun. 2015, 51, 855. DOI: 10.1039/c4cc08426h
- Takise, R.; Itami, K.; Yamaguchi, J. Org. Lett. 2016, 18, 4428. DOI: 10.1021/acs.orglett.6b02265
関連リンク
研究者の略歴
名前: 瀧瀬瞭介
所属: 名古屋大学大学院理学研究科 伊丹研究室 博士後期課程2年
研究テーマ: 不活性結合を活性化する新触媒・新反応の開発