世界はバイオテクノロジーに革命をもたらす遺伝子編集ツール「CRISPR」に群がっているが、それがどのように働き、何に由来するのかという基礎的な問題は、今なお大きな謎となっている。
タイトルおよび説明はシュプリンガー・ネイチャーの出版している日本語の科学まとめ雑誌である「Natureダイジェスト」3月号から(画像:TESSA QUAX/DAVID PRANGISHVILI/GERARD PEHAU-ARNAUDET/JEAN-MARC PANAUDのクレジット「CRISPRの謎」より)。最新サイエンスを日本語で読める本雑誌から個人的に興味を持った記事をピックアップして紹介しています。過去の記事は「Nature ダイジェストまとめ」を御覧ください。
CRISPRの謎
どこを眺めても科学の最注目キーワードは「CRISPER」ですね。
実際にその注目度はこのNatureダイジェストのCRISPERおよびそれを使った研究の記事をみても以下の通り。この単語だけならば毎号掲載されているといっても過言ではありません。
- CRISPRに対する懸念 | Vol. 14 No. 1 |
- 標的遺伝子だけオンに! エピゲノム編集登場 | Vol. 13 No. 11 |
- 初のCRISPR臨床試験は中国のチーム | Vol. 13 No. 10 |
- CRISPRマッシュルームは米国では規制対象外に | Vol. 13 No. 7 |
- 遺伝子を限界まで削ぎ落とした人工生命 | Vol. 13 No. 6 |
- 巨大ウイルスにもCRISPR様の「免疫系」が! | Vol. 13 No. 6 | (無料購読)
- オフターゲット効果が最小のCas9酵素 | Vol. 13 No. 4 |
- 遺伝子ドライブの安全対策 | Vol. 13 No. 2 |
- 遺伝子ドライブでマラリアと闘う | Vol. 13 No. 2 |
- ヒトゲノム編集の世界情勢 | Vol. 13 No. 2 |
- 「遺伝子ドライブ」の進歩に遅れるな | Vol. 12 No. 11 |
- マンモスのゲノムは、「北極ゾウ」のレシピとなるか? | Vol. 12 No. 8 |
- より小さなCas9酵素を発見 | Vol. 12 No. 7 |
- ヒト胚ゲノム編集の波紋 | Vol. 12 No. 7 |
- CRISPR法が世界を変える! | Vol. 11 No. 4 |
- 遺伝子改変技術に新時代到来! | Vol. 11 No. 2 |
2017年の日本国際賞もCRISPR/Cas9開発者である エマニュエル・シャルパンティエ博士、ジェニファー・ダウドナ博士の受賞が決まり、来年度のノーベル賞も最有力候補の1つです。
そのため、CRISPR/Cas系の遺伝子改変技術に関しては、ですでに多くの解説記事やわかりやすい動画までインターネット上にも溢れています。
一方で、関連の基礎的生物学についてはまだまだ明らかにされていないことばかりであるといいます。本記事では、「CRISPR」の基礎的な研究に焦点をあて、どこから来たのか、どうやって働くのか、他にどんな役割があるのか、なぜ一部の生物だけがりようしているのかなどについて6ページに渡り紹介しています。記事の主役はスペイン・アリカンテ大学のFrancisco Mojica教授。“CRISPRに最初に惚れ込んだ男”と称されています。
ツールとして実用化される技術に対して、基礎的な研究へはずっと少ない。彼は、以下のように記事中で述べています。
「それが偉大なツールであることは分かっています。素晴らしいものです。病気を治すのにも使うことができるかもしれません」「でも、それは私の仕事ではないのです。私は、その系がどのように働いているのか、その仕組みの全過程を知りたいのです」
機構解明はどの分野においても次のステップへつながる重要な試みだと思います。これまでと異なる記事の方向性で興味深く読むことができました。
EU が軍事研究に研究費助成
EUが軍事技術研究に研究費を助成し始めた。国際情勢の変化とテロの脅威に対応するためだ。
軍事研究の研究の是非については、ここでは述べません。しかし、ヨーロッパでのテロは最近頻繁に起こっており、「危険な地域」といったイメージがついていますね。防衛という観点では必要なのかもしれません。
最近、防衛技術研究費として2017年に2500ユーロ(約31億円)の支出が承認されたそうです。現在計画している「欧州防衛基金」の一部としての計画で、対称はエレクトロニクス、先端材料、暗号化ソフトウエア、ロボット工学など。記事では試験的にすでにはじめている具体的な研究(国境監視などに使用できる小型自律ドローンの研究など)とその助成に関して延べています。また、防衛に関する研究が積極的な軍事研究につながる可能性についても議論しています。
その他の記事
前回の紹介記事でたまたま少し取り上げましたが、「ゴムでくるくるまわすおもちゃ」を簡易の遠心分離機にしてしまった研究が取り上げられています(記事:「ぶんぶんゴマ」が遠心分離機に)。というか、これ「ぶんぶんゴマ」っていうんですね。Web版の記事には以下の実際つかっている動画もあり、無料記事ですのでぜひ読んでみてはいかがでしょうか。
また、今回のNature系の雑誌に掲載された著者を紹介するJapanese Authorは東京工業大学の河野行雄准教授。「テラヘルツ波」という電磁波と光の間の比較的未開拓な電磁を利用した、カーボン・ナノチューブ製スキャナー開発に関する結果です(記事:360 度曲がる携帯型テラヘルツ波スキャナー)。以下の動画では本人がその技術について説明されています。
論文やプレスリリースはこちら
- “A flexible and wearable terahertz scanner” Daichi Suzuki, Shunri Oda, and Yukio Kawano, Nature Photonics, DOI :10.1038/NPHOTON.2016.209
- カーボンナノチューブを使い、折れ曲がるテラヘルツカメラを開発―非破壊・非接触検査における新たな手法として期待(東工大プレスリリース)
最新サイエンスを楽しもう
2月下旬科学誌「Newton」のニュートンプレスが民事再生法の適用を申請したのは衝撃的なニュースでした。私も子供のときに読んでいた記憶があります。今後も「Newton」は続けていく努力をするようですが、日本を代表する一般科学誌が危機に瀕していることは間違いないようです。出版不況による部数の激減が直接の原因ではないですが、それを打開しようとした目策の誤りが引き金になっています。
形あるもの生き残るためには変わっていく、変わるべきであると思いますが、我々の科学への興味は変わらないんですよね。その興味を満たすコンテンツがなくなる状況だけは避けなければいけません。
さて、このNatureダイジェストもすでに13年ほど続いている、ハイエンドな科学雑誌です。出版部数など現状はわかりませんが、できるだけ高い品質を保ちつつ長期間継続してくれることを期待します。
応援する意味もこめて、私の研究室でも4月から、ついに研究室購読を開始することとしました(前回も述べましたが、Natureダイジェストは研究室購読キャンペーンを行っています)。学生は化学は好きで、自分の化学はより詳しく好きだと思います(そう期待しています)。しかし、遡ると多くの人がサイエンス(理科)好きであった人が多いのではないでしょうか。
目の前の化学に集中するのはとっても良いことですが、最新注目サイエンスはしっておくべきだと思います。この雑誌を読むときだけは、一歩引いた視点から面白いサイエンスを眺めてみてください。
Natureダイジェスト編集長と話そう
話はかわりますが、来週から開催される日本化学会年会でNatureダイジェストの編集長も参加されるようで、情報交換の場として期待しているそうです。ピンポイントな時間ですが、可能であれば読者の方々はぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。
Meet the editor 2017年3月17日 11:30-13:30
日本化学会 第97春季年会、付設展示会シュプリンガー・ネイチャーブースにてNatureダイジェスト編集長のMeet the editorを開催。皆さんとの情報交換を楽しみにしています。