Tshozoです。こないだ紹介したAkzonobelつながりで今回はドイツ特殊化学品の雄 Evonikをご紹介します。
ブンデスリーガ BVB ドルトムントの公式スポンサーとしても有名
同社のこちらのサイトより引用
いちおう某サイト(こちら)である程度まとめられていますが筆者的にはこの適当っぷりに共感やや疑問を覚えたため、やはりその成り立ちからきちんと追って調べてみることにしました。お付き合いください。
Evonik 歴史(日本国内含む)
Web上だと同社サイトにこういう感じ、日本語ページだとこういう感じに掲載されていました。これを時系列にまとめなおすと下記のようになります。
実際にはもう少し複雑なはずだが、前回のAkzonobelに比べるとだいぶシンプルな流れ
“Evonik”という名前が付いたのは2006年のRAGとの合併のタイミング
同社の現在の核となっているのは現在の同社の大株主であるR.A.G.(Ruhrkohle Aktiengesellschaft:ルール石炭株式会社・現在は財団?の形態をとる)と、同じくルール地方に本拠地を置いていた”Degussa“(Deutsche Gold‐ und Silber‐Scheideanstalt:無理矢理訳すとドイツ金銀精錬公団? 短期の歴史はここに詳しい)の2社ということになります。
特にRAGと合併した経緯からEvonik社は発電部門・不動産部門を抱えているのが面白いところですが、何故石炭会社が純然たる化学会社のDegussaと合流したのかは大人の事情というか社会情勢のためということのようで。この点はあまり化学とは関係が無いですので、ここでは特に主体となる化学品を取り扱っていた高齢者には懐かしい名前であるDegussaを中心に話を進めましょう(なお現在RAGがEvonik社の株式の7割近くを握っているという構図になっていますが、詳細背景はまだ調べが足らないので判明次第別途書いてみようと思います)。
もともと、Degussa社はRoessler兄弟商会を基礎とする、電解精錬の会社でした。この副産物である化学品やより高度な貴金属精錬に不可欠なシアン化合物など色々と合成して商売を拡げるようになり、同社は発展していくことになります。そしてこのDegussaも合併により事業拡大を進めていくのですが、そのうち主力となった会社は2つあり、一つはHeuls社、もう一つはRoehm社でした。Huels社の方はいわゆる欧州最大の化学トラスト”I.G.Farben”により、輸送機に必須なタイヤなどの原料となる戦略物質「ゴム」を製造するため国策企業として設立された会社です。この複雑な経緯を持ちますが、この会社を引き継いだ現Evonik社は同事業を会社事業の屋台骨、特に低燃費タイヤ原料として様々な企業へ供給を進めています(なおナチス関係の件については『人と包丁』議論になるので突っ込むのは止めます/そもそもドイツの化学会社で戦時中この国策に全く協力していなかったところは皆無に等しいと思いますから、同社だけが、というわけではありません)。
Huels社のメイン合成物「Buna-S(スチレンブタジエン共重合体)」要は合成ゴム原料
ButylとStyreneを金属Naで合成したからBuna-Sと言う安直な名前
(写真については引用元を忘れました・・・申し訳ありません)
またもう一つのRoehm社は、2006年あたりにDow社に買収された米国無機化学の巨大化学企業 Roehm $ Haas社と源流を同じくする会社。こちらはドイツに残ったメンバが中心となった組織で、アクリル系ポリマーを中心とする合成物を中心に製造していた歴史を持ち、現在でもPLEXIGLASという非常に高いブランド力を持つ透明板を製造しています。
Roehm社の主力商品「PLEXIGLAS」[文献4]より引用
写真は断熱構造を組み込んだ住居用の光採部品で現在でもそのブランドは健在
同社はこの2分野以外にも色々強みを抱えているのですが、それは次の項でのお話に。
Evonik 会社概要
ようやく、現在の概要です。幸い同社はあちこちでプレゼンをされており、その資料を色々とお借りしてまとめてみることにしました。
現在の同社の明確なプレーグラウンドは6分野、「栄養食(動物用含む)」「機能栄養品」「ヘルスケア(包錠剤とか)」「コスメ(化粧品類)」「分離膜」「機能性化学品」という、現在もDSMなど他の大規模化学会社が群雄割拠するエリアを主戦場としています。同社の保有するキー技術はポリマー、無機材、界面活性剤、コート材、触媒、バイテクの6つで、これらを組み合わせて世界中で活躍する、ドイツを代表する化学メーカですね。日本で言うと歴史的な成り立ちから考えてみて宇部興産殿&日本ゼオン殿&信越化学殿&味の素殿、といった感じでしょうか。
[文献1]より引用 中央部が同社の主戦場で、非常にわかりやすい
毎回思うがプレゼン紙面専門のデザイナーが居るのだろうか・・・
同社の製品は極めて多岐にわたるため全部を紹介するわけにはいかないのですが、実に様々な分野で活躍しています。たとえば[文献3]に載っていた「自動車を中心とした生活のなかのEvonik」という図を見てみると面白い。
“Evonik Inside”という題で紹介されていたプレゼン資料[文献3]より引用
筆者が全く知らなかった製品は8割ほど
ということで、「生活の中のEvonik」という視点から同社の商品を3点だけ採り上げることにしましょう。
①シリカフィラー(とシランカップリング)
ひとつはゴム(特にタイヤ関係)に含まれるガラス材料「ULTRASIL」です。Huels時代から育んできた原料合成技術に加えて、ゴムに実用に足る強靭さを持たせて低燃費化に貢献しうるタイヤを実現するのが混合物である「フィラー」と呼ばれる粉末材料なのですが、Evonik社はガラス系フィラーとその表面処理剤であるシランカップリングの分野で大きな存在感を発揮しています。現在も同社は欧州の名だたるタイヤメーカに原料類の供給を行っており、特に世界トップクラスのタイヤメーカであるミシュランとは共同開発により「ゴム+シリカ+新規シランカップリング表面処理剤」の組み合わせを市場に問い(1990年代)成功させたという意味で、この分野の開拓者でもあります。この系統のタイヤはいわゆる「エコタイヤ」として現在数多くの車両に適用され、燃費拡大に大きな成果を挙げています。現在はガラス粉末最大手のSolvayに次いで2番目のシェアに居りますが、ここ数年の傾向を見ていると増産を繰り返しており、大きな需要増に対応していこうという意図が感じられます。
タイヤの図は[文献4]より引用
Evonik社はシリカとカップリング、及びポリマー(ゴム)を提供
もともとEvonik社はDegussa時代にカーボンブラックを供給しており、コンシューマ用においては当時はまだゴム+カーボンブラックが主流で、ガラスを加えたタイヤは高負荷を受ける産業用のもののみに限られていました。この状況において特殊な表面処理剤を開発し高燃費化するという開発の方向性は「従来技術に工夫して低燃費という機能を創り上げる」というものでしたが、こういうの聞くにつけ「混ぜる&混ざる」はやはり化学の基本であるなぁと感じずにはいられません。なおここらへんの技術の詳細は、ブリヂストンに関するトピックを採り上げる際にまた紹介するとしましょう。
②機能飼料添加剤「メチオニン」
一般には耳慣れない材料名ですが、動物用飼料における補助栄養剤としてアジアを中心に需要が爆発的に拡大しています。メチオニンは基本的に動物の体内で合成が出来ないタイプのアミノ酸(のもよう)で、摂食によってしか得ることができないのに必須アミノ酸(のもよう)ですので、この類の化学物質供給を握る=食料生産の根幹の一端を握る、ですから商売としての意義が非常に高いわけで。日本ですと住友化学殿が主要生産者ですが、同事業は既に同社の屋台骨を支えるレベルにまで成長していると言って過言ではないでしょう。今や世界年間生産量が120万トン以上に達し(2015年推定値)、Evonik社はその半分を供給している同分野の強力なリーダでもあります。
L-メチオニンの分子構造(実際にはD/Lどっちも供給しています)
Evonik社ではNG由来のメチルメルカプタンとアクロレインを原料としているのが従来技術だが、
一昨年には発酵法の技術も買い取りその技術レンジを拡大していっている
またDupontやMonsantoがスピンアウトや事業整理などで看板を変えたり下げたりしていく中、Evonik社は1950年代から供給を続けている実質唯一の会社であり、看板は実質そのままに世界トップクラスの生産量を守り続けています。加えて昨年、さらに15万トン/年の生産増(総生産量で2位の中国メーカの倍以上となる)を行って後続を突き放しにかかっており、同社が継続的なリーダとして市場を率いていくことの意思の表れではないかと思われます。
③特殊アミド系樹脂「VESTAMID」&「VESTAMELT」
最後に特殊樹脂「VESTAMID」。いわゆるナイロン系の樹脂なのですが、ちょっと違うのがその接着機能を向上させられる「VESTAMELT」という高温で溶けて接着剤化する材料とセットで使った場合の効果。
なんと表面処理無しに金属にくっつき、しかも熱や振動にも耐えられて、酸化や腐食にも極めて強い。そして上手く使えばネジやクランプが要らなくなるので軽量化可能。・・・そんな都合の良い機能材料があるわきゃない、と思うのですが、実際に量産されてます↓。
車の「ビーム」という部品(いわゆる”突っ張り棒”)に適用されたVESTAMELT
樹脂部分(黒色)と金属部分をくっつけてしかも強度を出すのに使ったもよう
高級車の代名詞であるベンツのある車両に使われたそうです(が、どの車種かがはっきりわかりません・・・)。ただ、この材料がどこをどういじってそこまで金属との接着について強度を維持できるようになったのか、同社のパテントを見てもなかなかつかみきれないことばかり。意図的な技術的な工夫はあんまり積極的に開示していないようにしているせいなのかはたまた筆者の能力不足か、どういう系統の材料なのかすら不明なまんま、というのが若干消化不良的なところですがこればっかりは現在はどうしようもないですね。またわかりましたら詳細を書いてみようと思います。
もちろんEvonik社はこれ以外にも様々な機能製品を供給されており、興味のある方は文献先のプレゼン資料をよく読まれてみると良いと思います。
日本での同社の存在感
同社は1960年代から既に日本市場に参入しており、ちょうど一昨年に発表された同社のプレゼン資料にうまくまとめられていたので引用させていただきます。
このうち、特に1970年代に設立されたダイセルエボニック社(こちら)は単純な材料の供給だけではなく開発拠点としても活躍しており、衣料品から靴、機械類、自動車等幅広く同社の材料が日本で活躍する端緒になっています。筆者の居る業界でもあちこちからダイセルエボニック社の名前は耳にしますので、おそらく一般の方が知らないところでも相当数同社の材料が適用されているのでしょう。なお上記のVESTAMELTもダイセルエボニック社を通して販路開拓を行っているようですから、もしかすると既に皆さんの身の回りのものに適用されたケースがあるかもしれませんよ。
おわりに
色々今まで海外の企業情報をまとめて紹介したりしておりますが、こうした企業群に関する歴史や詳細な情報が日本ではあまりWeb上で伝わってこない、というのが主な動機です。書物だと結構まとめてあるものは目につくのですが(自粛)の関係上や情報が少し古くなっていたりしてなかなか現在のめまぐるしい状況は反映できていない。特にその歴史と合従連衡の様子は海外の企業ほど複雑なケースが多いため、正確に把握しなければいけないと感じ、今回のようなシリーズを継続しています。今後も予告としてSolvay、Arkema, Hoechst, Henkelなど独特の色のある会社を紹介していければと思っております。
ちなみにこれまで行ったこともないのにドイツをやたら推しているのは、やっぱり石炭関係材料の有効活用に端を発するドイツの化学思想と技術の発展が、近代化学における色々なものの基礎になっている、と感じておるためです。もっとも、「歴史にしろ何にしろ何事にも源流に触れることが大切だ」とこの齢になって判った時にゃあもう遅い。ということで学生含む若人諸氏には是非とも記憶力と柔軟性が確かなうちに色々なものの基礎概念に触れることのできる機会が得られるように祈りつつ、今回はこんなところで。
【参考文献】
1. 同社投資家用発表資料 “Evonik Industries” こちら
2. 同社社外発表資料 “Evonik Power to Create” こちら
3. 同社社外発表資料 “Innovationen in China – fuer China; Ein Beispiel aus der Biotechnologie” こちら
4. 同社社外発表資料 “EVONIK for Automotive” こちら
5. 同社社外発表資料 ”Innovation – Strategic Success Factor for Evonik” こちら